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30話 クライテリオンのお茶会

「身体中、酷いあざだね。でも骨が折れたりはしてないのは良かった。防御が上手いじゃない」

「いてて……そんな褒められ方されても嬉しくないですよ……」

「その返事ができるなら大丈夫そうだね。次は殴られないように気をつけてね」


 それより捕虜に暴行を加えた見張り連中を咎めろよと疑問に思いながら、ミィルは軍医の手当てを受けた。話に聞いた通り、捕虜というものに対して人間らしい最低限度の扱いをする意識が帝国には欠けている。あるいは本当に人間だとは思っていないのかもしれない。


「それで、ミィルくん。陛下との謁見から数日経ちます。君の考えは変わりましたか」


 医務室の椅子に座って優雅に紅茶を飲みながら、クライテリオンは極めて冷静に言った。手当てを受けている間になにかを取りに行ったと思ったら、持ってきたのはティーセットだった。ティーカップは軍医とミィルの分もあり、カップの中にある深い赤色からは微かな湯気が出ている。


 良い香りだ。帝国産の茶葉だろう。帝国は貴族にも平民にも紅茶文化が根付いており、国民一人あたりの紅茶消費量は世界一だと聞いたことがある。ミィルも人並みに紅茶ぐらい飲むが、ただ紅茶を飲むときは砂糖とミルクを入れたくなる派閥の人間だった。


 クライテリオンはストレートを好んで飲むようだ。もちろんミィルだってそのまま飲むこともできる。だが幼い頃、紅茶をミルクティーにして母親や友達とお茶菓子を食べた思い出があり、彼らが生きていた頃の、懐かしい記憶を思い出したくて砂糖もミルクも外せない。砂糖壺とミルクピッチャーに視線を向けると、クライテリオンは微かに笑って言った。


「ああ。砂糖とミルクは自由に使ってください。そのために持ってきたのですから」

「……ありがとうございます。それじゃあ、遠慮なく」


 このクライテリオンという男、常に冷たいくらいの無表情だが、こんな柔らかい表情をするのかとミィルは内心で意外に思った。他人に振舞うくらいだから、きっと紅茶が好きなのだろう。機械のように冷徹な軍人にも人間らしい一面はどこかに潜んでいるようだ。


 角砂糖を2個溶かし、ミルクを入れてかき混ぜる。そして一口飲むと、まろやかな甘みと香ばしさが口の中に広がった。紅茶の渋みがミルクによって抑えられ、むしろコクの深い味わいとなっている。美味しい。ミルクが茶葉にもよく合っている。


「……美味しいです。この紅茶」

「それは良かった。ミィルくんは私と好みが合うようですね」

「悪いけど私はコーヒー派なんだよねぇ。まぁせっかくだしたまにはいいか……」


 軍医も独り言を呟きながら紅茶を飲むと「これ、絶対に茶葉が高い奴でしょ」と言った。


「いいの。こんな高いもの捕虜に振舞っちゃって。この子、一応連合軍のパイロットなんでしょ」

「構いません。陛下からは丁重に扱ってやれと言われていますので。私なりに陛下のご意思を汲んでいるつもりです」

「ふーん……そうなんだ。まぁ私には関係ないけどもね」


 ゆっくり紅茶を飲み干してから、ミィルはクライテリオンの問いに答えた。


「……すみません。さっきの話ですが、まだ頷く気持ちにはなれません」

「そうですか。時間の問題でしかない気もしますが……もうしばらく君の気持ちが変わるのを待ちましょう」

「あの……クライテリオン大佐。なぜそこまで俺を。もし俺が首を縦に振っても、連合軍のパイロットだった奴なんて疎まれるだけでしょう。そんな奴を帝国軍に入れるなんて、本当は大佐だって嫌なんじゃないですか」


 クライテリオンは最後の一口を飲み込むと、ティーポットを傾けてカップに再び紅茶を注ぎながら言った。


「もし君が陛下の誘いを迷わず受け入れる人物なら、そうだったかもしれませんね。簡単に心変わりする軍人など信用できません。それに……一部始終を見ていましたが、君は独房で他の捕虜を守ろうとした。言葉だけとはいえ、危険を顧みずに助けようとした姿には好感が持てます」

「見てたんですか……恥ずかしいです……」

「それにフローレスに乗った君は、エースパイロットに匹敵する実力者だ。私の信頼する部下に二度も勝ったのですから、まぐれや偶然でないのは明らかです」


 その信頼する部下、が〈赤き翼〉の異名で呼ばれるアルヴィス・メリオネートであるのは確かだ。思えば数奇な縁である。戦場で同じ相手と二度戦う機会など少ない。大抵は一度戦えばどちらかが死ぬだろう。クライテリオンは二杯目の紅茶を飲みながら話を続ける。


「判断材料はその程度です。ですが、そこから導き出される君という人物像が、私は個人的に嫌いではない。もし帝国軍に入れば、陛下は君を手元に置くために私の第1部隊配属にするでしょう。そのときは、相手が誰でも余計な手出しをさせないとお約束します」


 どういうわけか、好ましい印象を持たれているらしい。しかしそれは自分の感情に従っただけの結果であり、嬉しさよりも申し訳なさの方が勝ってしまう。どれだけ良く思われても、ミィルは連合軍の兵士として彼らと敵対するつもりだったからだ。


「そう言われて……悪い気は、しません……」


 歯切れの悪い返事しかできないまま、ティーカップをソーサーに戻した。



 ◆



 宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉の応接室。皇帝陛下や貴族に応対するために作られたこの部屋は、謁見の間ほどではないが、落ち着いた雰囲気の中に確かな上品さを感じさせる室内に仕上がっている。調度品や照明などは派手な装飾を避け、無地のものや直線を活かしたデザインのものが多い。


 クライテリオンはテーブルの上に自前のティーセットを置き、茶葉を入れたティーポットにお湯を注いで蓋をするところだった。一人用のソファに座る第1部隊の副隊長、モーゼフ・アドラメレク中佐が出し抜けに口を開いた。


「ハース、君は本当に好きだな。まさかここで紅茶が飲めるとは思っていなかったよ」


 モーゼフは豊かな口髭を動かしながら、いつもと変わらぬ調子で言った。自分が若く見られがちなのでこれを言うと驚かれるが、モーゼフとは同期であり、士官学校からの数少ない友人だ。普段はハースが上官という立場であるものの、二人だけのときやプライベートでは階級抜きの気安い関係だった。


「モーゼフ、君はあまり宇宙に来ないからな。まだ宇宙に対して旧態依然としたイメージを持っている。この〈フィアット・ルクス〉や月面都市に来れば、重力制御の備わった区画があるから、地上と同じように紅茶を淹れて飲むくらいはできるよ」

「お茶菓子のクッキーやらはどこで買ったんだね。帝都の行きつけの店かい?」

「これは自分で作ったんだ。最近はただ紅茶を飲むだけでは物足りなくなってね……お菓子作りが趣味になりつつある」


 はじめは娘がお菓子を作りたいと言ったので、一緒に作ったのがきっかけだった。それから娘が「お父様の作るお菓子は美味しい」と褒めてくれるのに気を良くしてしまい、休日の合間に試行錯誤しては家族に披露するようになり、そこから段々とのめり込んで遂には密かな趣味のひとつになってしまったのである。


「このクッキー、ひとつもらっていいかな? 客人に振舞う前に毒見は必要だろう?」

「君も酷い奴だな。家族からは美味しいって評判なんだ。もちろん構わないよ」


 モーゼフがクッキーをひとつ口に放り込むと、味を確かめながら首を縦に振って「想像より美味しいよ」と言った。それから雑談のように何気なくあの話を尋ねてきた。


「そういえば陛下が連合軍のパイロットに求婚をしたという話は本当なのかい」

「……事実だよ。私も驚いた。ただよく考えてみると、未だに結婚されていないというのも問題だからね。特別な者同士、惹かれるものがあったのだと思う」

「まぁ……陛下の型破りな考えは今に始まったことではないからいいとして……その話が一部に広まっている。私も偶然うわさという形で知ったくらいだ」

「まだ公に知られるのは早いな。少なくとも相手が了承してからでなければ。陛下も騒がれるのは嫌うはず……少し強引にでも口止めを……」


 言い終わるより先に部屋の自動扉のドアホンが鳴った。カメラを通じてドアホンに映し出される相手の顔をモーゼフが確認すると、クライテリオンの方へ振り返り「お客さんがいらっしゃったようだよ」と告げた。クライテリオンが頷くと、モーゼフの手で自動扉のロックが解除される。


 部屋の中に入ってきたのは三人の人物。一人は常に険しい顔つきをしている強面の中年男性で、軍人を絵に描いたような男だ。第8部隊の隊長、カイゼル・ドルヴァドス大佐である。


 彼の後ろに付き従うように立っているのは、ドルヴァドスの部下にあたる二人。一人はどこか頼り気のない茶髪の若い男だが、これでも副隊長を務めている。名は確かアスク・ヴァリエール少佐といったはずだ。ちゃんと顔を合わせるのはこれが初めてだった。もう一人は第8部隊の母艦の副艦長を務める女性で、名前はエムブラ・ハーヴェスト少佐。彼女には一度だけ会っているので、顔は知っている。


「第8部隊隊長のカイゼル・ドルヴァドス及び、部下のアスク・ヴァリエールとエムブラ・ハーヴェストだ。本日付で要塞の防衛任務に着任する。先任であるクライテリオン大佐には、よろしくお願い申し上げる」


 第8部隊の三人が一斉に敬礼をしたので、クライテリオンとモーゼフも半ば癖のように敬礼で返した。部隊こそ違えど、階級も役職も同じであるがゆえに敬語ではないものの、これはドルヴァドスなりに筋を通したということなのだろう。着任の挨拶をさせるために呼んだわけではないのだが。


「ああ、すみません。話した通り、別に挨拶をさせるために呼んだわけではないのです。ただ以前、お茶をご馳走になったお返しがしたいと思いましてね。着任祝いというほどではないのですが……これから同じ要塞で任務にあたる者同士、仲を深めるのも悪くないと思ったもので」


 敬礼を解いたドルヴァドスはふてぶてしい様子で言った。


「クライテリオン大佐、私は遊びにきたわけではないのだ。貴官と慣れ合うつもりなど毛頭ない。第1部隊はご令嬢の真似事で時間を潰すのが仕事なのか? 悪いがこれで失礼させて……」

「わぁっ! ありがとうございます。以前のこと、覚えていてくださったんですね。紅茶の良い香りがします……! お茶菓子も美味しそう。いただいてもよろしいんですか?」


 踵を返して退出しようとしたドルヴァドスの襟首を掴みながら、エムブラが笑顔で言った。ドルヴァドスは「ぐえっ」と声を漏らして手をばたばたと動かして抵抗しているが、エムブラの力が強いらしく、コミカルな動きを披露しているだけにしか見えない。


「エムブラやめろっ。首が締まって苦しいではないかっ。お前、上官をなんだと思って……」

「いいじゃありませんか大佐。こんなに準備していただいているのに、折角のお誘いを断るなんて失礼です。それに違う部隊がひとつの拠点に居座るんですから、親交を深めようとするのは良いことだと私は思います。険悪な仲だと任務に支障が出るかもしれませんよ」

「むぐっ……しかしだなぁ。私はこういうことは好かんのだ。部屋でくつろいでいる方が……」

「大佐、エムブラの言う通りです。他の部隊同士だと慣れない相手で連携も取りにくい。味方の結束力を高めるのも職務の一環……じゃあありませんか?」

「アスクっ。お前まで……ここに私の味方はいないのか……!?」


 クライテリオンはティーポットを傾けてカップにお茶を注いでいく。モーゼフが両の手のひらを上にして差し出し「どうぞ」と言わんばかりに着席を促している。エムブラとアスクは促されるままソファに座り、お茶を飲み始めた。


「このお茶菓子、すごく美味しいですね。帝都で買ったんですか?」

「お恥ずかしながら、私が作りました」

「クライテリオン大佐が? お金取れますよこれ……!」

「紅茶も上品な味がしますね。こんないいお茶を飲んだのは僕……じゃなかった、私は初めてです」

「くだけた話し方で構いませんよ。今は階級や立場は忘れてください」


 ドルヴァドスが着席するべきかどうか悩んでいるようだが、そんなものお構いなしに副官二人と談笑が始まってしまった。ドルヴァドスは裏切り者を見るような目でエムブラとアスクを睨みつけた後、テーブルに置かれた自分の分のティーカップに視線を移し、諦めたように溜息を吐いてソファに座る。カップにはすでにお茶を淹れてある。


「……気が変わった。一杯の紅茶といえど飲食物を粗末にするのは良くない。だが本当に美味いんだろうな、そのお茶菓子は」


 結局この時間で一番飲み食いをしてお茶会を満喫したのはドルヴァドスだった。

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