29話 戦争を終わらせる方法
皇帝の発言にいち早く反応したのはクライテリオンだった。胸に手を当て、深くを頭下げながら彼は言う。
「失礼ながら、陛下……話が飛躍しすぎています。まずはご友人から始めてはいかがでしょうか」
「私は思春期か? だが、そうだな。もう少し段階を踏もう。ミィル、我が国の軍人になり、私の剣として生きるがいい。お前は選ばれた存在なのだ。同じプライムアクトの持ち主として、お前の価値を理解できるのは私をおいて他にはいない」
ミィルはこの提案に乗るつもりはなかった。とはいえ素直に断ればその場で即座に殺されるかもしれない。だからといって良い返事は思いつかず、結局自分の気持ちに従うまま、本心で答えることにした。
「……皇帝が直々に俺なんかを評価してくれたことは嬉しいです。でも、すみませんが連合を裏切る気はありません」
「ほう。やはり断るか。そんな気はしていた。ではひとつ質問しよう。お前はなぜ軍人になった?」
「……この戦争を少しでも早く終わらせたかったからです。俺の力がその助けになるなら、と思って……」
「そうか。では、お前はなおさら帝国軍に入るべきだな。理由を教えてやろう。それはこの戦争で、最後に勝つのは我が帝国だと断言できるからだ」
皇帝は足を組み直しながら話を続ける。
「連合軍は必死に抵抗しているが、俯瞰して見れば戦争をただ長引かせているだけだ。どちらにせよ我々は勝つ。勝利が早いか遅いか……それが違うだけだ。で、あるならば。お前も帝国の人間なった方が得であろう。わざわざ負ける側に居続ける必要もない」
「……この宇宙要塞もそのために造ったんですか。戦争を早く終わらせるために」
「その通りだ。私もこんな戦争はさっさと終わらせたいと思っている。我が父、先代の皇帝から引き継いだものでしかないのでな」
確かにその発想はなかった。だからといって連合軍を裏切る気は微塵も起きない。それは帝国が侵略し、植民地にした国の末路を見れば分かる。資源は奪われ、現地の住民は奴隷のように扱われ、その国の文化すらも破壊されていく。帝国人の差別は酷く、現地の市民はまともな教育や医療も受けられない。そうなることを知っておきながら、帝国に与することなどできるわけがない。
そして帝国のやり方が一層過激になったのは、今の皇帝に代替わりしてからだった。その理由は現皇帝が過剰なまでの実力主義を掲げているためだ。能力の低い者はもちろん、植民地になった現地民のような弱者の立場など一切考慮しない。そういう考え方が、ミィルには理解できなかった。
「……すみませんが、その話はなかったことにしてください」
「本当にいいのか? その答えで。お前が意地を張ったところで戦争の大局は変えられん」
「……はい」
微笑を浮かべていた皇帝の顔が一瞬、真顔になった。それから白い細指で肘掛けを何度か叩く。
「まぁよかろう。いきなり味方を裏切れと言われても難しい話だ。時間をやる。どちらにしても〈フィアット・ルクス〉が完全稼働すれば連合は降伏するしか道はないがな。運命はすでに決まっているのだ、ミィル。お前はもう私のものなんだよ。それが理解できるまで、独房でよく考えるがいい。連れて行け」
背後にいる兵士に小銃で背中を突っつかれ、ミィルは振り返り、部屋から退出した。そのまま独房まで連れて行かれると、戦艦内の独房とそう変わらない狭い部屋の中に放り込まれる。戦艦の独房との違いは、他の独房にもたくさんの人が押し込まれているところだ。部屋数もやたらと多い。要塞の中というより刑務所にでもいるような気分だ。
壁が薄いせいか、隣の独房の話し声が微かに聞こえてくる。時にはすすり泣く声も響いてくる。他の虜囚たちの声に耳を澄ませていると、植民地から強制的に連れてこられた民間人が多いようだ。何のためにそんなことをするのか。この要塞に備わる兵器を動かすためだ。彼らからアクトを死ぬまで絞り出し、戦略兵器を稼働させる。格納庫で見た民間人たちも同じ虜囚だったのだろう。
〈フィアット・ルクス〉が非人道的な計画の下に生み出されたのは情報として知っていたが、その計画は遂に実行される段階まで来ているらしい。帝国の、あの皇帝の狂気を見せつけられた気分だ。こんなことは許しちゃいけない。何もできない独房の中で、ミィルはただそう思った。
独房生活が再開されて、数日が経ったある日。そう離れていない独房から、男が泣く声が響いていた。見張り番が静かにしろと言っても聞かず、ひたすらに泣いており、見張り番たちはそれを黙らせるため、嬉々としてその男を殴り、蹴り、踏みつけ、暴行を加えた。そうしている間だけは、男は小さく呻き声を漏らすだけで静かになった。
「なぁ大丈夫か……? もう泣かない方がいい。見張り番の奴らは、目立つ捕虜を憂さ晴らしに使ってる。いつも暴力を振るう口実を探してるんだ……最低な連中だよな……」
見張り番が交代で離れた隙を突いて、ミィルは暴行を受けた男に話しかけた。男は「うん」とか「分かった」と言っているような、そうでないような、絶妙に滑舌の悪い返事をした。もしかしたら顔でも殴られて喋り辛いのかもしれない。それから男は泣き止んで大人しくなった。
次の日の朝、ミィルはその男の叫び声で目が覚めた。また見張り番の暴力を受けているらしい。今までは比較にならない、悲痛な声。これ以上続けたら男は死ぬかもしれない。そう思わせるものだった。
「おい! そのくらいにしろよ! いい加減にしないと本当にその人が死ぬぞ!! 帝国軍は捕虜の扱い方も知らないのか!?」
ミィルは反射的に叫んでいた。少しの間があって、ミィルのいる独房の扉が開く。見張り番の男が二人、乱暴に入ってきて、扉の前に立つミィルの胸倉を掴んで持ち上げるとその顔を殴り飛ばした。身体が少しよろけたものの踏ん張って耐える。見張り番はミィルの服を掴んだまま、今度は腹に拳を捻じ込む。
「捕虜の分際で俺たちに指図するのか。家畜以下のゴミが人間の言葉を喋るな!! ここでは俺たちが王様なんだよッ!!」
見張り番の一人がミィルを羽交い絞めにし、もう一人が腹に何発もボディーブローを入れる。最後に蹴りを食らわせ、ミィルは力なく硬質な床に倒れた。ミィルは見張り番に何度も頭を踏みつけられながら、愉快そうに笑い合う彼らの声を聞いた。
「後悔したか? あいつみたいに故郷に帰りたいだなんて泣き喚くなよ。みっともねぇ。どうせお前らはこの要塞の動力源になって死ぬんだからな」
あいつ、とはいつも暴力を振るわれていた男のことだろう。ミィルはか細い声で呟く。
「……ねぇよ……」
「あん? 今何か言ったか?」
「故郷なんてねぇよ……子どもの頃、お前ら帝国軍に滅ぼされちまった。帰る場所なんて俺にはない……!」
そのミィルの物言いが癇に障ったらしく、ミィルの髪を掴んで顔を床に叩きつける。
「そりゃ悪かったなぁ!! 舐めるんじゃねぇぞっ、俺がてめぇの故郷と同じところに送ってやるよ!!」
見張り番は懐から刃物を取り出し、ミィルの首筋に突きつけた。ミィルはなにも喋らない。その刃物が肌を切り裂こうとしたとき、開きっぱなしだった扉を叩く音が響いた。見張り番の視線が一気にそちらに集まる。クライテリオンが微かに眉を寄せて、そこに立っていた。
「く、クライテリオン大佐……一体何の用でこちらに?」
「私の用事をわざわざ貴方たちに伝える必要がありますか。同じ部隊の人間ですらないのに」
「は、はっ……それは……失礼致しました」
クライテリオンは倒れているミィルを起こすと、肩を貸して外に出そうとする。見張り番はその行為に異を唱えようとしたが、眼光だけで見張り番を制して、冷たい声で言った。
「多少のことなら目を瞑りますが、貴方たちはやり過ぎだ。それに彼はただの捕虜ではない。丁重に扱えと指示が出ているはずです。いったん彼は私の方で預かるので、後はいつも通り自分の役割を果たしてください」
扉を潜るついでと言わんばかりにクライテリオンは見張り番の一人へ裏拳を叩きこむと、狭い独房を後にした。長い通路を歩きながら、クライテリオンは無言でミィルを連れて歩いた。肩を借りたまま、ミィルは礼を言う。
「……助けてくれてありがとうございました。それだけは感謝します」
「礼には及びません。私も帝国軍の捕虜に対する扱いには疑問を抱いていますので。このまま医務室へ行きましょう」
「あ……分かりました。もう自分で歩けるので、大丈夫です……」
クライテリオンから無理矢理に離れたミィルは、少しふらつきながらも、自分の足で歩き始めた。




