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28話 皇帝陛下との謁見

 その部屋はまるでおとぎ話の王様が待つ、謁見の間のようだった。権威を示すかのように豪華な装飾が施され、頭上に並ぶのは幾つものシャンデリア。


 部屋の中央に敷かれた赤い絨毯の最奥には、贅を極めたかのように大きな椅子が置かれている。そしてその左右に三人ずつ小銃を肩にかけた兵士が立っており、全員が無表情ながら殺気を滲ませていた。


 兵士が守るのは、大きな椅子に座る女性であろう。美しい金色の髪をなびかせ、すっと通った鼻筋に切れ長の目。気品を感じさせる整った容貌は部屋の雰囲気も合わさって、煌めく財宝と対面したかのような感覚を抱かせた。女性は椅子の肘かけに肘を乗せ、頬杖を突いたままミィルの顔を見て微笑を浮かべる。


「皇帝陛下、連合軍でフローレスを操縦していたパイロットをお連れしました」


 ミィルの斜め前に立つクライテリオンが流れるような所作で深々と頭を垂れる。彼から紡ぎ出されたその単語の意味を受け止めるのに数秒の時間を要した。連合軍と戦争をしているデュクス帝国の頂点に立つ皇帝が、今こうして目の前にいるという事実を。本当にさっきの言葉が皇帝陛下で正しかったか、自分の聴覚の異常を信じたくなった。


「いい。楽にしろ、ハース。公式の場でもないのだ、改まった礼儀などいらん」

「は……失礼しました。陛下」


 クライテリオンが頭を上げる。皇帝はそれを待ってから、ゆっくりと言葉を発した。


「まだ名乗っていなかったな。私はデュクス帝国の現皇帝、セルネリア・メディナ・ローデンヴァイン。ミィルよ、私と直接対面できたことを光栄に思うがいい」

「なんで……俺の名前を」

「それくらい知っているさ。私が連れてこいと命令したのだから、報告は受けている」


 ミィルは次々と頭の中に浮かぶ疑問を飲み込む。迂闊に質問をして皇帝を不愉快にさせるわけにはいかなかった。今の状態は綱渡りに近い。相手は惑星で最大の版図を誇る巨大国家の君主であり、気分次第でミィルの命なんてどうにでもできる存在だ。


「緊張しているな。警戒心も強い。無理もないか……では最初に、なぜお前をわざわざ捕虜にしてここまで連行させたのか、その理由を話そう。理由は単純なのだ。お前が特別な人間だったから、興味を持った。それだけのことだ」

「その特別っていうのは……俺がフローレスを動かせること、ですか」

「分かっているじゃないか。そうだ。単純な動作くらいなら探せば他にできる奴もいるだろうが、あれの性能を完全に引き出せるのは選ばれたものだけ。私が知る限り、それは我がローデンヴァイン王家の者のみのはずだったのだ」


 皇帝セルネリアはミィルの反応を窺いつつも、微笑を浮かべたまま話を続ける。


「少し昔話をしよう。私たち人類は、元々地球という星に住んでいた。その星で穏やかに平和を享受していたある時、私たちの先祖は突然現れた侵略者に敗北した。先祖は種を残すため母なる地球を去り、この惑星アルフに住み着いてゼロから文明を築き直した……そして長い年月を経てこの星の環境に適応した人類はある特殊な力を得た」

「それが……俺たちの持つアクトを生み出す力……ですか」


 学校で歴史の授業を真面目に受けていれば、誰でも知っている話だ。アクトフレームをはじめとして、特定の電化製品やら乗り物やらを動かすのに使っているアクト。それは人類が最初から備えていた能力ではなかった。もし地球に住む同族がまだいるのなら、彼らにはアクトを使うことができないだろう。


「その通りだ。そして我が王家がこの帝国を築けたのも、アクトのおかげだ。人々がアクトを使って争いを始めた時、我が王家の者は気づいたのだ。自分たちのアクトは特別だということに。アクトフレームが生み出される遥か前は、その力で一騎当千の活躍をしたという。まぁ真実かどうかは知らんがな。ともかくそう言われているのだ」

「でも王家のアクトだけが特別なのは本当……なんでしょう?」

「ああ、そうだ。より純粋で質に優れた、高純度のアクト。それを〈プライムアクト〉と私たちは呼んでいる。〈プライムアクト〉を生み出す能力こそ、帝国の象徴たる王家の証だと考えて構わない」


 フローレスを解析したメイカが言っていた。フローレスを動かす条件は、アクトの質が高いこと。理由は知らないがミィルのアクトはたまたま高純度だったためにフローレスの性能を引き出せた。そういう話だった。ミィルにとってはそれ以上の意味を持たなかったが、皇帝の話を聞く限り、それは非常に特別なことらしい。


「王家のアクトが特別なのはいいとして……だからってなぜフローレスを造ったんですか。この時代に皇帝陛下が戦場に立つ必要なんてないでしょう。そこのクライテリオン大佐みたいに優秀な軍人が帝国には何人もいる。ですよね……?」

「おい、ハース。喜んでおいたらどうだ。敵から賞賛を浴びるのも、それはそれで悪い気がせんだろう」

「私のような凡人にはもったいない評価ですね。感謝致しましょう、ミィルくん」


 皇帝に会話を振られて、クライテリオンは恭しくミィルに感謝の意とばかりに頭を下げた。


「感情が籠ってないな。つまらんやつだ……まぁいい。話を戻す。フローレスを造った理由か……そうだな。始まりは、ただの遊び心に過ぎなかったのだ。最強の機体を造るとしたらどうするか……単機で戦局を一変させ得るような、圧倒的な性能を持つアクトフレーム。そんなものが造れるのかどうか。そんな子ども染みた話に過ぎなかった」

「陛下のその冗談話を真に受けて、実行に移したイニティウム社の技術者もまともではありません」

「私もそう思うよ。それも『最強の機体に乗る者は陛下のように特別な者が相応しい。陛下のための最強の機体を開発します』……と来たものだ。あいつらは私に何をさせる気なのだかな……」


 皇帝とクライテリオンの会話を、ミィルは黙って聞いた。会話に出てきたイニティウム社というのは主にデュクス帝国のアクトフレーム開発を担う軍事企業だ。世界で初のアクトフレームを開発したのもこのイニティウム社であり、帝国軍のアクトフレームの性能が連合軍の一歩先を行っているのは、この企業の存在が大きい。話を聞く限りは、フローレスの開発もイニティウム社のようだ。


「結局のところ、フローレスの表向きの開発目的は、私が搭乗する式典用の機体を開発する、ということだったかな。だが奴らもハリボテを造るのは技術者としての矜持が許さん。採算度外視で造られた、プライムアクトでのみ動かせる最高峰の機体。それがフローレスだ」

「その式典用の機体が連合軍の手で実戦に投入されるなどとは、誰も予想していなかったでしょう。そしてそれなりの戦果まで挙げてしまうとは」

「ハースの部下のメリオネート及び第2部隊の副隊長、それにエクステンドアーマー機の撃破か。十分だな。最強の機体を造ると意気込んだだけのことはある」


 さて、と皇帝は言って、話の本題に入るかのような素振りを見せた。


「ここまで話を聞いて理解しただろうが、フローレスに乗れる者は特別なのだ。今、我が王家の血筋の者は私しかいない。だから私以外にフローレスを完璧に乗りこなせる者はいない……はずだった。ミィル・ライズベール、お前という突然変異の存在が現れるまでは」


 なにが言いたいのか、ミィルにはよく理解できなかった。迂闊な発言もできないので、口を(つぐ)んだままでいる。


「端的に言おう。私の血統を絶やさぬためにも、お前は我が伴侶となれ。特別な者には同じ特別な者が相応しい。そのためにお前を捕虜にし、ここまで連れてこさせた。悪い話ではないと思うが?」


 その場の空気が凍りついた。ミィルは予想もしていなかった事態に目を丸くした。ミィルの斜め前に立っていたクライテリオンは、表情こそ動かさなかったが、纏う雰囲気に明らかな動揺が見て取れた。ある意味では、一触即発の空気と言えるであろう。

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