表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/41

27話 脈動の宇宙要塞

 帝国軍の戦艦、その独房内。部屋の中は薄暗く、ベッドとお手洗い、洗面台という最低限のもの以外は何もない。しかし、衛生的には丁寧に掃除され清潔さが保たれており、閉じ込められてはいるものの、不快な感情は湧いてこない。というより、この独房は使われた形跡があまりない。一応存在しているだけ、という印象を受ける。


 食事は朝昼晩しっかり運ばれてくる。最初は豚の餌でも持って来るのかと思っていたが、たぶん戦艦のクルーの食事と同じものだ。帝国軍は捕虜を取ることが少ないので、いざ捕虜を取っても捕虜用の食事を別に作るのが面倒なのかもしれない。それに酷い扱いをしたければ単純に減らすか食事抜きにすれば済むことだろう。


 手枷を着けられた状態で食事をするのにも慣れた。ベッドに座ったまま、角型のランチプレートの中に入った料理を綺麗に平らげると、テーブルの類がないので床に置いて寝転がる。とにもかくにも、やることがない。あまりにも退屈だ。考えることは、どうやって逃げ出すかという空想だけ。このまま大人しくしていても、近い将来に殺されるからだ。


 ミィルは士官学校に入り軍人になる前から、帝国軍のそういう評判は嫌というほど聞いた。いや軍人になる以前からの方がむしろよく聞いていたかもしれない。帝国軍に捕まれば、嗜虐趣味の見張り番に殺されるまで虐められるだとか、拷問より酷い目に遭うだとか、帝国の軍人は人食いをするので脳みそを啜られて殺されるとか、尾鰭(おひれ)のついた話ならいくらでも知っている。


 軍人になってからそういう盛られた話は聞かなくなったが、尾鰭がつくだけの理由はあるのだと思った。事実として、帝国軍は敵国に苛烈なほど容赦がない。敵に優しさや情は決して見せず、理由もなく捕虜を取るくらいなら絶対に殺す。ミィルの戦っている相手とはそういう国なのだ。


「理由か……俺を捕まえる理由っていうのは、なんだ?」


 浮かんだ疑問をあえて言葉にしてみても、答えは出てこない。答えを求めたわけじゃない。そうでもしないと孤独な独房生活で喋り方を忘れそうな気がしたからだ。それに、自分を捕虜にした理由はいずれ判明するだろう。わざわざどこかへ運ぼうとしているのだ。その行き先へ到着すればある程度の答え合わせができるはずだ。


 そんなことを迷路で迷った探索者のように、ぐるぐると頭の中で考え続けていた。すると不意に独房のスライド式の扉が開き、光が差し込んだ。小銃を持った見張り番の軍人と共に一人の男性が独房内に入ってくる。


 艶のある黒髪をオールバックで固めた、品のある男性だ。物静かそうで理知的な雰囲気を漂わせており、前線で戦うタイプの軍人には見えない。指揮官、ないしは、戦艦の艦長といった立場の人物なのだろうか、とミィルはぼんやり推測していた。


「顔を合わせるのは初めてですね、ミィル・ライズベール少尉。私は帝国軍第1部隊の隊長、ハース・クライテリオンです。記憶の片隅にでも留めておいてください」


 ベッドの横たわる身体を起こして、クライテリオンと名乗った男の顔を見た。この男が、自分を捕獲した相手その人。銀色のアクトフレーム、イルミナーヤを操縦していたパイロットなのだ。一度戦った相手とはいえ、わざわざ独房にまで足を運ぶなどご苦労なことだ。勝ち誇りにでも来たのだろうか。


「……ご丁寧にありがとうございます。でも、どうせなら差し入れでも持ってきて欲しいな。退屈だから『ラスト・クロニクル』がいい」

「なんですか、それは?」

「漫画です。俺が生まれる前から連載してる。途中からアニメを観ていたけど、最初の話を知らないんだ。単行本も100巻以上あって子どもの頃は手が出せなかった。捕虜の身分なら読破するだけの暇もありそうだ」


 見張り番の男が眉を寄せて怒鳴り声を上げた。


「貴様、ふざけているのか! 本来なら貴様はすでに死んでいる身! 捕虜として生かしてもらっているだけ……」

「そこまでに。君は面白いことを言いますね。これから宇宙に上がりますから、残念なことに漫画の差し入れは難しいですが」


 クライテリオンの発言で、ミィルはようやく乗せられた戦艦の行く先を知った。ということは今乗っているのは宇宙戦艦ということになる。帝国軍の保有するマスドライバーで打ち上げられるのだろう。そして、その宇宙戦艦はどこへ到着するのか。考えを巡らせようとすると、クライテリオンが口を開く。


「君の移送先は、我々が建造した宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉です。名前ぐらいなら君も聞いたことがあるでしょう」

「……あります。でも帝国軍の捕虜として一足早く行けるなんて思ってませんでした。皮肉な話だな……」


 連合軍の今までの努力は、その宇宙要塞を破壊するための努力だ。要塞が備える戦略兵器のレーザー砲は、ミィルたちが暮らす惑星アルフにまで届き、一方的に街や基地を吹き飛ばすことができる。もし完成してしまえば、連合軍に残された道は降伏のみだ。


「……それで、用事はそれだけですか」

「ええ。自分の行き先くらい知りたいだろうと思ったもので。それに、君の様子も確認しておく必要がありました。五体満足、健康的な状態で連れてこいという命令だったものですから」


 ミィルは返事をせず、ただじっと相手の顔を見た。クライテリオンは構わず話を続ける。


「……念のために言っておきます。逃げようとは思わないでください。何もしなければこちらも人道的に扱うつもりです。他の者に手出しはさせません。では……失礼しました」


 そう言い残して、クライテリオンは独房から立ち去った。開いていた扉が閉じて、部屋の中に薄暗さが戻ってくる。ミィルはごろんとベッドに寝転んで何もない天井を眺めた。殺されずに〈フィアット・ルクス〉で捕虜を続けていれば、いずれ連合軍が攻めてきて助けてくれるかもしれない。そんな一縷の望みを抱いた。


 今、縋れるものはたったそれだけ。でもその望みに賭けるしかない。ミィルにとって、それはいずれ殺されるかもしれないという絶望を拭い去るのに十分な希望だった。それから先は、独房内でひたすら暇を持て余す日々を過ごした。独房内には窓も何もなく、外の様子はまったく分からない。


 独房の扉が再び開かれたとき、ミィルはクライテリオンと三人の兵士に連れられてようやく外に出た。ようやく移送先である宇宙要塞〈フィアット・ルクス〉に到着したらしい。戦艦の外まで移動するとそこは巨大な格納庫の中だった。何隻もの戦艦が収容されていて、離れたところにはアクトフレームも並んでいる。


 格納庫の中は重力がない。こんな状況なのに、ふわりと浮く無重力の感覚がミィルには不思議と面白かった。士官学校で疑似的な無重力下での戦闘訓練を受けたことはあったが、宇宙で本当の無重力を体験したのはこれが初めてだった。


 離れた場所に視線を向けると、何人もの民間人らしき人たちが手枷をつけられた状態でどこかへ連れて行かれるのが見える。時間にして数秒、ミィルはその様子に釘付けとなったが、兵士の一人から「早く歩け」と後ろから小銃で突っつかれたので、仕方なしに先頭のクライテリオンの背中を追う。


 この宇宙要塞について、格納庫の中と通路の一部ぐらいしか見ていないが、どうも建造中といった様子は見られず、すでに完成している、あるいは完成間近ではないのかという疑念を抱かせた。連合軍側では、まだ完成はしていないという認識だったのである。外から来る者を受け付ける格納庫の様子は、要塞が脈動し生きているかのように思わせた。


 もし完成していたのだとしたら。連合軍はほぼ詰んでいる。しかし完成していないのだとすれば、時間との勝負になるだろう。せめてこの要塞の状況を調べて伝えることができれば、と思いはするのだが、ただの捕虜でしかないミィルにそこまでの力はない。


「今から君を連れて来いと命じた御方に会います。高貴な身分の方ですので、くれぐれも失礼のないように気をつけてください」


 要塞内を歩きながら、クライテリオンはミィルの顔も見ずにそれだけを告げる。高貴な身分と言われても、そんな人間と付き合った経験がない。上官に対しての接し方をするのがせいぜいだ。デュクス帝国は貴族制の国家なので、貴族出身の上官でもいるのだろうか。


 ある部屋の扉でクライテリオンが立ち止まると、扉の前で「クライテリオンです」と短く伝える。やがてロックが自動で開き、扉が横にスライドして開かれた。後ろの兵士に追い立てられるように中へ入る。部屋の中でミィルを待っていたのは一人の女性だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ