26話 リザルト
マスドライバーを巡るフェンサリル基地での戦いは、連合軍側の勝利で幕を閉じた。基地の北側、東側、南東側の三か所から攻めた連合軍は、第1部隊の手によって南東側は全滅、東側も大きな被害をこうむるも、北側が司令部まで進軍し、包囲・制圧した。
司令部を制圧したハーバード隊は指揮を執っていた帝国軍の第2部隊隊長、アイアロン・グレイシャー大佐を拘束、捕虜にしようとしたが、発見時には自決していた。残る第2部隊と第1部隊の戦力は、連合軍の更なる増援が現れると海上戦艦や輸送機を使って基地から撤退。こうして無事にマスドライバーと基地を奪い返したのである。
結果だけ見れば大成功の奪還作戦だが、連合軍側はこの作戦によって多くの戦力を失っており、手放しで喜ぶことはできなかった。その失われた戦力の中にはフローレスを駆るパイロット、ミィル・ライズベールも含まれている。それでも連合軍は進まなくてはならない。帝国軍が建造している宇宙要塞を破壊するために。
「気が重い……な」
戦闘が終わり、陸上戦艦へ戻る途中。ハーバードは誰に言うでもなくそんなことを呟いていた。ミィルの帰りを待つリンドやフレディ、セリアたちにどう言えばいいのか思いつかない。もちろん自分は上官なのだから、第1部隊の隊長との戦闘を任せた後、行方不明になったとありのままの事実を淡々と話せば十分だろう。
だが、ハーバードにとってもミィルは仲の良い関係だった。しかもミィルの身柄がフローレスと共になぜか帝国軍に狙われているということも知っていた。知っていてなお、あのときミィルを単機で第1部隊の隊長と戦わせてしまった。だからこの結果を招いたのは自分の過ちだったと思えてならないのだ。合わせる顔がない。
シアーフラムを陸上戦艦の格納庫に収容して操縦席から降りると、想像通りリンド、フレディ、セリア、整備班のメイカなどが集まってきた。みんな不思議に思っているのだろう。なぜミィルだけが帰ってこないのかと。格納庫の端にあるフローレスが収容されるべきスペースは空っぽのままだ。
「ハーバード中佐、ミィルさんがまだ戻ってきていないのですが……なにか知りませんか?」
不安の色を声に滲ませて、セリアが真っ先にミィルの所在を聞いてくる。思わず「ああ……」と曖昧に返しながら、丸眼鏡を外し、目頭を揉む。そして丸眼鏡をかけ直す。上官としてはっきり言わなければならない。ハーバードは努めて冷静な態度で答えた。
「……第1部隊の隊長と交戦してから行方が分からない。おそらく帝国軍に捕まった」
「え……?」
「帝国軍はなぜかフローレスと、ミィルの身柄を確保しようとしていた。理由は私にも分からないが」
中性的で整ったセリアの顔が呆気に取られた表情になる。ハーバードから見ればまだまだ若い年齢だが、そのときのセリアの顔はよりいっそう幼いものに見えた。きっとハーバードの答えは彼女にとって意外なものだったから、つい無防備を晒してしまったのだろう。
「本当なんですか、中佐。確かに敵はなぜかミィルを捕獲しようとしてましたが……」
「実際に見たわけではないが、そうとしか思えん。撃墜された痕跡はなかった」
ハーバードの返答を聞いてリンドが渋い顔つきをしている。それも無理のないことだ。帝国が捕虜を取らないというのは広く知られた話であり、仮に捕虜となってもその扱いは家畜以下とさえ言われている。そして用済みとなれば結局殺される。帝国軍に所属していたセリアなら、ハーバードたちよりもよほどそのことに詳しいだろう。
「ミィルさんが……そんな……」
「あ……セリアさん、大丈夫ですかっ」
「すみません……ちょっと眩暈がして」
ふらつくセリアを小柄な身体でメイカが支える。ミィルは高い可能性で捕虜となっている。すぐに殺されるわけではないだろう。個人的な心情としてできるなら助け出してやりたいが、どこへ連れて行かれたのか、ハーバードには皆目見当もつかない。
それに、自分たちにはそのような猶予もなかった。マスドライバーを奪還した今、いよいよ帝国が建造している宇宙要塞、〈フィアット・ルクス〉へ部隊を送り出せるようになったのだ。本当の戦いはこれから始まる。
◆
帝国軍第1部隊の損害は、それほど大きなものではなかった。数十機ほど撃墜されたのは事実だが、第2部隊に比べればまだ許容範囲内と言える。どちらにせよ戦力の大部分は、防衛を任されている〈フィアット・ルクス〉に残してあるのだ。
捕獲したフローレスとパイロットを輸送機から宇宙戦艦に移し、クライテリオンもまた戦艦に同乗する。連合軍にマスドライバーを奪い返されたと言っても、帝国軍の勢力下にはまだ同じ施設が幾つも残されている。宇宙へ上がるのに何の不自由もない。
ただし、最近は〈フィアット・ルクス〉に運ぶ人間の数が多い関係で、待たされることが多くなったように感じる。運ばれる人間の主な用途は〈フィアット・ルクス〉の兵器を稼働させるための電池だ。
特に内蔵している主装備のレーザー砲は一度に途方もないアクト量を消費するため、数千人規模の電池が必要になる。さらに計算上、一回の発射でそれらの電池はアクトを限界まで搾り尽くされ、死に至る。何度も撃とうと思えば、数千人どころではなく、何万人もの電池がいるというのは説明しなくても分かるだろう。
この非人道極まりない兵器に対して、個人的に思うところもあるが、それ以上に非効率的だと思う。だがそうは言ってもこの大量破壊兵器を動かせるのはアクトを除いて他にはない。通常の電力だけでは〈フィアット・ルクス〉を稼働させることなど到底不可能だ。
戦艦が宇宙を目指して発進する前に、クライテリオンは戦艦内の医務室へと向かった。そこでは部下が今も治療を受けている。フェンサリル基地における戦闘で負傷してしまったが、再生医療のおかげで一命を取り留め、今は喋れる状態まで回復している。本来なら連れて行くべきではない怪我人を連れて行くのは、本人の強い要望によるものだった。
上官として部下の我儘など許すべきではないのかもしれない。だが、武功を立てようと必死に努力をする様を見ていると、どうも応援したくなってしまう。他にもそういう者はいるのだろうが、ある種、彼の将来に期待しているがゆえなのだろう。
意外なことがひとつある。そんな彼が自分に似ていると、度々他の隊長や部下からも言われることだ。クライテリオン自身はあくまで実直に仕事を遂行しているだけなので、野心的な彼に似ていると言われても首を傾げるしかなかった。
「メリオネート大尉、体調はいかがですか」
「クライテリオン大佐……寝たままの姿で申し訳ありません。まだベッドから立ちあがるのが難しくて……」
医務室の扉を開けて中に入ると、そこにはベッドに横たわる部下、アルヴィスの姿があった。まだ身体中の至るところに包帯が巻かれており、見るだけで痛々しい。しかしこれでも順調に回復しているのだ。
アルヴィスは無反動砲の弾が機体に命中し、その爆発が操縦席にも及んだことで、全身に重い火傷を負った。機体が回収され救助されたときには死体と勘違いされたほどで、本当に生きているのが奇跡なくらいだ。
「無理はよくありません。勝手にリハビリを始めようとして軍医に怒られたそうですね。今は負傷を治すのが君の任務です。くれぐれも安静にするように」
「はい……申し訳ありません。でも……私はどうしてもまた戦場に立ちたいのです。これまで失敗を重ねすぎた。その名誉を少しでも早く回復したいのです……!」
「君らしい考え方ですね。やる気があるのはいいことだ。ですが、それはもう少し後にとっておきましょう。〈フィアット・ルクス〉が計画通り稼働すれば、戦争は終わるかもしれませんが……火種などいくらでも転がっている。新たな戦場はすぐ見つかりますよ」
アルヴィスは寝たままの状態で顔だけをこちらに向けて、クライテリオンに質問した。
「大佐、フローレスのパイロットが捕虜になったと聞きましたが……どんな人物だったのですか」
「ああ。驚いたことに、士官学校を卒業して間もない新兵でしたよ。それらしい抵抗もしませんし、大人しいものです」
「そう、ですか……私が二度も敗れた相手です。足が動けば顔くらい知っておきたかったのですが……」
残念がるアルヴィスを何も言わず見つめたまま、話題を変えようと思った。クライテリオンにとってはすでに自分が終わらせた問題であり、後のことは皇帝陛下の意思に委ねるしかない。帝国軍の傾向として、用済みになった捕虜の行く末は死だ。いずれ第1部隊の隊長に上り詰めるであろうアルヴィスが執着するほどの人間ではなかった。口を開こうとしたとき、アルヴィスが先に言葉を発する。
「大佐、見舞いに来てくださるお気持ちはありがたいのですが、ここに長居をするのもよくないでしょう。忙しい身でしょうし、ご自身のお部屋で休まれてください」
「……ふっ。怪我人に心配されてしまいましたか。では、大尉の言う通りにしておきます。次は見舞い品でも持ってくるとしましょう。それでは失礼します」
そう言ってクライテリオンは医務室を後にし、戦艦内の自分の部屋へと戻った。




