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25話 銀の軍神イルミナーヤ

 強力な装備を持つケルレウスの存在や、途中から現れた〈赤き翼〉により、不利な戦況を迎えたハーバード隊だったが、ミィルがケルレウスを、指揮官のハーバードが〈赤き翼〉を撃破したこともあって、フェンサリル基地の北側の戦いは決した。敵部隊を一掃し、ハーバード隊は王手を取るために基地の司令部へと向かい始める。


「……ミィル。これはどうしようもないことだ。先に進むぞ」


 ハーバード中佐からの通信でミィルはようやく我に返った。自分では数十秒程度のことだと思っていたのだが、どうにも数分以上は動かないケルレウスの前に立ち尽くしていたらしい。こうなるのは分かっていたつもりだ。ミィルはようやく思考を切り替え、自分の本来の役割を果たすべく基地の司令部を目指して機体を動かす。


「……リンド隊長はどうしたんですか?」

「〈赤き翼〉との戦闘で機体がやられてしまった。本人はピンピンしてるが、あれではもう戦えん。他の機体が損傷して戦えない連中と一緒に後方の陸上戦艦まで撤退させた」


 ミィルの質問にハーバードが淀みなく答える。現在の戦況は、当初想定されていたより順調に推移している、と思う。懸念があるとすれば南東側から基地に進軍していたロダン隊を全滅に追い込んだ敵部隊だ。指揮官は銀色の機体に乗っていたとのことだが、おそらく専用機の類だと思われる。司令部に向かえば、戦闘は避けて通れないだろう。


「……待てミィル。今、報告が入った。東側で戦闘中のデルフィーニ中佐が撃破された。撃破したのは……第1部隊の隊長だ。銀色の機体に乗っていたそうだ。単機でこっちに向かってくる……!」

「え……!?」


 やがてレーダーに敵機を示す光点が映る。とてつもない速度だ。これは地面を歩行して近づいてくるというより、飛行していると考えていい。モニターに映し出されたのは銀色で彩られた機体。ただ装甲の一部や盾は赤色だ。しかもパイロットは第1部隊の隊長。


 ハーバード隊で飛行能力を持つアクトフレームはミィルのフローレス以外に存在しない。飛行できる機体とそうでない機体では、飛行できる機体が圧倒的に優位なのは言うまでもないだろう。


「ハーバード中佐! ここは俺が受け持ちます! 中佐は先へ進んで下さい!!」


 撃墜されて持ち主を失ったエリテイルの剣を拾い上げる。アクティブウィングを展開し、フローレスは上空へと飛翔した。剣を抜いて接近する銀色の機体に合わせて剣を振るう。剣同士が激突し、空中で鍔迫り合いになった。


「しかし……いや、分かった。ここは任せよう。私たちは速やかに司令部を制圧する。それまで持ちこたえてくれ」

「はい! お願いします、ハーバード中佐っ!」


 ハーバードの乗るシアーフラムが司令部へと向かっていく。それを見届けた後、ミィルの意識は銀色の機体へと向けられた。鍔迫り合いは拮抗しているように見えるが、アクトの余計な消耗を避けて出力を全開にしていないだけだ。その気になれば力技で押し込める。ミィルがアクトをさらに込めようとした瞬間、敵機は剣の押し合いを止めて後方へと下がった。


「間違いない。フローレスですね。メリオネート大尉は失敗してしまいましたか……仕方がありません。私一人で捕獲任務を実行するとしましょう。私と、私のこの機体……イルミナーヤで」


 通信から響いてきたのはまるで戦場にいるとは思えない、落ち着いた声だった。目の前にいる銀色の機体はイルミナーヤという名称らしい。その名は、ミィルも聞き覚えがあった。デュクス帝国が建国された頃、皇帝の右腕として力を振るった軍人の名だ。常勝無敗、将としても兵としても最強と謳われ、遂には〈軍神〉とさえ崇められた、その人物の名がイルミナーヤ。


 すなわち、銀色の機体は軍神の名を冠するほどに優れた機体であるということ。もちろんそんな機体のパイロットに選ばれた人物も、並みの腕前ではないだろう。第1部隊の隊長であることも踏まえると、〈赤き翼〉の異名を持つアルヴィスより強いかもしれない。


「さっきのウルスラといい……俺を捕まえて何をしようっていうんだ。目的はなんだ……!?」

「それを貴方が知る必要はない……と言いたいところですが。正直なところ、私も詳しく知らないんです」

「は……?」


 通信の相手の声は、さざ波ひとつない透き通った湖面のように落ち着いていたが、どこか自嘲的な気配も漂わせていた。イルミナーヤの背部が展開して、右肩にエナジーキャノンが乗る。砲身はビームの光を噴き上げて、絶妙な間隔で三発放った。ミィルはそれを回避しようとするが、まるでその回避運動を読んでいたかのようにビームが置かれている。


「くっ……防御しないと……!!」


 アクティブウィングを閉じて簡易的な盾にし、ビームを防御。速射性は高いが、威力は通常のエナジーライフルよりやや高い程度だ。これなら無理に回避しなくてもなんとかなる。そう安心していたところ、イルミナーヤは背部からグレネードランチャーを抜き放った。


「陛下にも困ったものです。後で理由を話すとおっしゃっていましたが、どうにも不可解で……まあ、そういった任務を私に命令することは過去にもありました。だとしても解せない……やはりその機体を動かせる者は、特別な人間ということでしょうか?」


 時間差で二発のグレネードが発射された。ミィルは一発目を回避するも、二発目は避けきれず、やはりアクティブウィングを閉じて盾とする。生じる爆発が僅かな時間、視界を埋め尽くし、衝撃によって機体が高度を下げる。地面すれすれを飛びながら、光の翼を広げて姿勢を取り戻したとき。


「ハサミか……!?」


 イルミナーヤが盾の先端をフローレスに向けたかと思うと、先端が変形して鋏の形となる。その鋏が分離して飛んできた。鋏はワイヤーで繋がっている。アクティブウィングをまた閉じている暇はない。ミィルは左腕を捨てる覚悟で鋏から操縦席を守った。鋏が左腕を挟み込む。しかし、ミィルが恐れていたような、左腕が切断されるといった事態には陥っていない。


「食らいついた。どうやらこの戦い、私の勝ちで決着のようですね」


 上空を飛んでいたイルミナーヤが地面に着地する。パイロットである第1部隊の隊長はそれがまるで当然の成り行きであることのように、至極平坦な声色で勝利を宣言した。ミィルはフローレスを着地させながら腕を後ろに引っ張るが、かなりの強度があるようで、鋏もワイヤーも腕から離れない。


「まだ戦いは終わってない。こんな拘束、剣で斬っちまえば……」

「それほど容易く斬れる代物ではありませんよ。それに、イルミナーヤの盾にはこんな機能もあります」


 次の瞬間、フローレスが糸の切れた人形のように動かなくなった。モニターといった電子機器も完全にダウンし、コントロール・スフィアを動かしてもまったく反応しない。故障、のわけがなかった。今まで動作に何の異常もなかったのだ。このままでは本当に捕まってしまう。その後のことなど考えるだけで恐ろしい。


「電磁パルスを流し込んで電子機器をダウンさせました。しばらくその機体は動かせません。こういう搦め手の装備が存在しているということも、覚えておいた方が身のためです。これで宣言した通り、捕獲完了といったところですね」

「くそ……くそっ。動けよ。動いてくれ、フローレス。こんなところで負けてる場合じゃないんだ……!!」


 まるで死肉に群がるハイエナのように、どこからかエリテイルが数機集まってくる。動かないフローレスを取り囲みながら、通信でなにかを話している。専用の回線で話しているようなので内容を聞き取ることはできなかった。いや、そもそも電子機器が機能しておらず、通信もできないため、どちらにせよ話を聞くことはできないのだが、イルミナーヤに乗る敵の隊長がなにか指示を出して数分後、上空に輸送機が現れた。


 大局的な戦いはまだ終わっていないと思われるが、おそらく第1部隊は撤退するつもりなのだろう。フローレスが輸送機の中に回収されると、操縦席からむりやり引きずり出されたミィルは、手枷を着けられ、捕虜の身分となった。

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