23話 正しい軍人
「ちぃっ……私の周りをいつまでもちょこまかと飛び回って……遊んでいるつもりかぁ!!」
苛立つウルスラの声が通信越しに聞こえてくる。わざと周りを飛び回って邪魔をしているのは、言うまでもない。ミィルは自分がなぜか狙われており、なるべく生きたまま捕えようとする相手の思惑を逆手にとって、高威力の武装を使わせないよう、ウルスラの妨害に徹していた。
ハーバード中佐からもケルレウスの相手を任されている。ハーバード隊と敵部隊の戦闘はほぼ拮抗しているものの、ここでウルスラのケルレウスに戦力を大きく削られると、確実に押し負けてしまう。それだけは阻止しなくてはならない。
ケルレウスから合計12発のビームがまた照射された。フローレスはアクティブウィングを羽ばたかせて、機動力任せに回避しつつ接近を試みる。今のケルレウスはエナジーランチャーも易々と防ぐエナジーシールドという障壁を展開できる。そのため決定打を与えることが難しく、ミィルは攻めあぐねていた。
だが。もし障壁の内側に入ることができれば、強固なエナジーシールドも無用の長物となるはずだ。勝機は接近戦しかない。そう考えたミィルはフローレスをケルレウスへと突っ込ませる。当然だが相手は迎撃としてビームを撃ってくる。しかし、強大な威力のエナジーキャノンやエナジーパニッシャーは絶対に使わない。機体ごとミィルを殺す可能性があるからだ。そこに付け入る隙がある。
「近づけば倒せると思ったか! このエクステンドアーマーは砲撃だけが取り柄ではない!」
本体のケルレウスが纏う外装の腕部分が可動する。腕は巨大な爪状のマニピュレーターを備えており、爪はおそらく高周波振動している。触れるだけでアクトフレームの装甲を切り裂くことができるだろう。この爪に当たってはならない。
相手の右腕が上から振り下ろされた。ミィルは装備した盾でそれを受け流そうとしたが、爪の先端が盾に当たり簡単に破壊された。もう使い物にならない。腕に接続されていた盾を捨て、それでもなお接近しようとする。剣が届く距離まで、もう少し。
続けて左腕による突きが迫る。爪を用いた貫き手だ。咄嗟に剣で受け止める。機体出力という面だけで言えばフローレスも負けていなかったが、剣の刀身の強度が足りなかった。ケルレウスの貫き手の威力に耐えられず、根元からへし折れてしまう。
剣と盾を犠牲に、フローレスはエナジーシールドの間合いの内側に入った。これで攻撃を防ぐものはなにもない。ミィルは腰にマウントしていた突撃銃を右手で装備すると、至近距離から容赦なしに連射した。いくらミィルの射撃が下手でも、もう手を伸ばせば触れるほどの距離だ。外しようがない。
ウルスラも咄嗟にまずいと思ったのか、外装の腕で胸部を覆い、突撃銃から操縦席を守った。ミィルの放った操縦席への銃弾は防がれてしまったが、ケルレウスの頭部や関節を狙った弾は命中し、少なくない損傷を負わせることに成功する。
「まだだ! エクステンドアーマーとかいう装備は完全に壊させてもらう!!」
左の手刀が光を纏う。フローレスの隠し武装であるプラズマ・マニピュレーターことイノセンスセイバーがケルレウスの背負うエナジーキャノンを破壊する。手刀を何度も繰り出し、その絶大な破壊力によって装甲を次々に引き剥がす。さらに頭部へ手刀を食らわせようとしたとき、エクステンドアーマーが収めていたケルレウス本体が飛び出し、スラスターで姿勢を制御しつつ地面に落ちていく。
強力な装備の塊である外装を捨てた。逃げる気か。ここまで来て見逃す道理はない。ミィルはアクティブウィングを畳みつつ、フローレスを地面に着地させてケルレウスを追いかける。その圧倒的な機動力は逃走を許さず、すぐさまに接近戦の距離となる。
「くっ……この化け物がぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴じみた声を発しながら伸縮式の剣を抜いて、フローレスの操縦席めがけて突き。ミィルはコントロール・スフィアにアクトを込めて、その機体出力を一気に上げる。向けられた剣の切っ先を手で掴み、剣を奪い取ると、両手で木の枝みたいに軽くへし折った。その気になればこれぐらいのことはフローレスなら簡単にできる。
「もう諦めてくれ。勝負はついた。それでもまだ……続ける気なのか?」
「黙れ! 帝国の軍人である私に、敗北は許されない……許されないんだ!!」
ケルレウスが苦し紛れに蹴りを繰り出すが、フローレスはそれを左手で受け止めてイノセンスセイバーを起動。プラズマの熱で足を溶断し、バランスを崩したケルレウスは仰向けに転倒した。武器もない。自立もできない。完全に戦闘能力を失った状態。このまま操縦席に一撃入れてウルスラを殺すのは簡単だ。それでもミィルは、諦めきれずに通信を入れた。
「……一度だけ言うぞ。投降しろ。もうそのアクトフレームは戦えない。君も分かってるだろう、それぐらい」
「はっ。なんだそれは。情けをかける必要などあるのか。勝利を確信したのなら黙って私を殺せばいい」
「そうかもしれないな。でも、セリアさんが言ってたんだよ。君を殺したくないって。そのことで苦しんでた。だからつい、言っちまったんだ」
ウルスラは一瞬言葉に詰まった様子だった。少しの間を置いて、通信が届く。
「……そんなわけない。セリアは軍を裏切って……私はセリアを殺そうとした。私は奴が死んだってもう悲しくないし、友達なんかじゃない。セリアだって……そのはずだろう」
「最初はそうやって割り切ってたつもりだったのかも知れない。でも人間の心ってそんな上手く切り分けられるものじゃないだろ。覚悟してるつもりでも、苦しいものは苦しいし、嫌なものは嫌なんだよ。セリアさんにとって、それだけ君が大切な存在だったんだと思う」
「……だから私に投降しろと言うのか? こうなるように手心を加えたとでも……?」
「いや、こうなったのは完全な偶然だ。俺は君を殺す気で戦った。手加減なんてしてたら死んでたと思う」
吐き捨てるように、ウルスラは言った。
「……だとしても、お前は馬鹿だよ。お前もセリアも本当に馬鹿だ。軍人として甘すぎる。お前たちみたいに優しい奴がなんで軍人なんかになっちゃったんだ……」
通信越しに、引き金に手をかける音が微かに聴こえた。それが何を示すのか、ミィルにはすぐ分かった。帝国軍は捕虜を取らず、また捕虜となることを良しとしない。投降するぐらいなら自決を強要する。そういう教育を施している。
「……待て! 自決なんてやめろ! なにも自分で死ぬ必要はないだろ!!」
「これでも私は帝国軍の軍人だ。投降などしない。かといって助けも期待できん。だから……こうするしかないんだ」
ウルスラの声は震えていた。当たり前だ。誰だって死ぬのは怖い。
だとしても帝国軍の軍人として正しくあろうとするウルスラは、その道を選ぶしかないのだろう。
ミィルはフローレスのハッチを開けようとした。ケルレウスの操縦席をこじ開けて、自決を止めるために。
「……セリアに言ってくれ。私のことは忘れろって。そして戦争とは関係ない世界で暮らして欲しい、って……」
通信から響いたのは乾いた銃声。操縦席を飛び出そうとした身体から力が抜けて、座席にもたれかかるように脱力した。結局、自分が反射的に投降を促したのは無意味だった。帝国軍の軍人がそうすることは分かっていたのに。それでもミィルの胸中には、言葉では言い表せない澱みのようなものが残った。




