22話 常識を超える機体
入り乱れるビームの雨をミィルは空へ逃れることで回避した。アクティブウィングを展開し、空中へと飛び上がる。照射されたビームはすべて地表を焼くのみに終わり、機体の損傷は避けられた。
ミィルは反撃のつもりで突撃銃を発射した。他の友軍機も一斉に銃撃を放ち、滞空しているケルレウスは集中砲火を受けることになる。結果から言えば弾丸の一発もケルレウスには命中しなかった。球状に展開されたエナジーシールドによりすべて弾かれてしまったのだ。
「全身を覆うエナジーシールド……!? あんなの普通の装備じゃあ突破できないぞ……!」
思わず心の声を口に出してしまう。だがミィルがそう言ってしまうのも無理はない。随伴機もつけず単独で現れた理由は、相手が防御力に自信があったからだ。突撃銃や通常のエナジーライフル程度では障壁を突破するのは難しいだろう。
「俺に任せろ! エナジーランチャーで障壁をぶち抜いてやる!!」
通信が入り声が響く。友軍機の声だ。下にいるライトフラムの一機がエナジーランチャーを構えて照準を定めている。戦艦の装甲にも通用する火力だ。もしかしたらケルレウスのエナジーシールドも貫通できるかもしれない。ミィルはそんな淡い期待を抱いた。
エネジーランチャーの砲身から放たれた光の奔流がケルレウスに迫る。今度は部分的にエナジーシールドを展開し、ビームを完全に遮断した。その間にケルレウスは肩に展開しているエナジーキャノンをランチャー持ちのライトフラムに向け、すぐさま発射する。
ランチャー持ちのライトフラムは射撃後の隙を突かれ、周囲の味方機と一緒に光の中へと消えた。この一撃で10機近くの戦力が失われたことになる。なんと常識を超えた機体だろうか。少なくともライトフラムの装備では撃破する術がない。
「くっ……それならフローレスのエナジーパニッシャーを試して……」
「私になにか撃つ気のようだなミィル。そんなことはさせない! 叩き落としてやる!!」
再び肩や脛からビームを照射。フローレスに襲いかかる。ミィルを殺す気はないようで手足や頭だけを狙ったものだが、ミィルはアクティブウィングの機動力に任せて回避する。駄目だ。エナジーパニッシャーを撃つ暇がない。発射にはエネルギーの収束に足を止める必要があるため、避けながらでは使えないのだ。
「ミィル、その敵機から離れろ! デルフィーニ隊の陸上戦艦が支援砲撃をしてくれることになった。近くにいると巻き込まれるぞ!」
「っ……了解しました、ハーバード中佐!」
ケルレウスの周囲をちょこまかと飛んでいたミィルは後退し、一度距離を置いた。直後、激しい艦砲射撃がケルレウスに降り注ぐ。ハーバード隊の望む結果は訪れず、ケルレウスはエナジーシールドを展開して砲撃を完全に防ぎ切っていた。
それだけではない。ケルレウスが装備するユニットが両腕を前方に突き出すと、エネルギーの力場が出現。徐々に球状へ収束されていく。間違いない。これはフローレスと同じエナジーパニッシャーだ。考えてみれば開発元はどちらも帝国。敵がその機能を内蔵していても不思議ではなかった。
やがて形成されたエネルギーの球体が射出されると、それは一直線に飛翔して陸上戦艦に被弾した。ドーム状めいた爆発が生じて戦艦一隻が跡形もなく消滅する。アクトフレームが生み出す破壊力の中で、おそらく最大級の規模であろう。
「たった一人のアクト量でここまでやれるのか……もう普通の奴に扱えるアクトフレームじゃない……」
「その通りだミィル。このエクステンドアーマーは並みのアクト量のパイロットでは動かせない。一部のパイロットにだけ許された……量産には不向きな兵器だ。この機体が恐ろしいのなら投降しろ。捕まえる手間が省ける」
「よく言うな……帝国は捕虜を取らないじゃないか。投降してもろくなことにならないのは分かってるよ」
「……今回ばかりは特別なんだ。なるべく殺すなと命令を受けている」
だとしても投降する気はまったくなかった。それにケルレウスがいくら無敵の防御力を誇ると言っても、まだ試していないことだってある。諦めない。たとえ撃墜されるその瞬間まで戦い続ける覚悟だ。
そんなミィルの意思とは裏腹に、事態は悪い方向へと動いていく。レーダーに視線を向けると、アクトフレームの中隊が接近しているのが分かる。その様子は空中を飛ぶフローレスのカメラでも捉えることができた。
モニターに拡大して映されたのは〈赤き翼〉の駆るメリザンド。そしてその部下と思しきエリテイルが11機。ウルスラのケルレウスだけでも厄介なのに、さらに相手をしなければならない敵が増えてしまった。
◆
現れた敵の増援、11機のエリテイルは突撃銃を撃ちながらハーバードの部隊とすぐに交戦を始めた。数ではまだこちらが上回っているものの、機体性能は敵が上。数機がかりで1機のエリテイルを相手取ることでなんとか互角に渡り合っている。残る1機、赤い機体はハーバードたちを無視して頭部カメラを上へ向けている。こいつは〈赤き翼〉だ、とハーバードは認識した。
バルダー要塞戦でも見かけたが、ミィルに撃墜されたことは知っている。運良く死なずに撤退したことも、やはりミィルの話で知っている。ここ二、三年で急速に名を広めていたエースパイロットだが、こうして直接相対するのは初めてであった。
ミィル、というかフローレスに負けたから弱いと言えばそうではない。連合軍が異名をつけた帝国のパイロットは、誰もが相応の実力を持つ。警戒すべき相手として、また畏怖の対象として異名で呼び、意図することなく自然と広まってしまうのだ。
また気になることがある。〈赤き翼〉を象徴する空戦型アクトフレームは改修が施されているのか、外観が少し変わった。左半身が暗い赤色の増加装甲に覆われており、異名に反して空も飛んでいない。バルダー要塞戦で見たときとは違う。
「狙いはミィルのようだな。リンド、私と二人で奴の相手をするぞ。ミィルにはあの青い大型アクトフレームと戦ってもらわなければならん」
「分かりました、ハーバード中佐。ミィル聞こえたか。そっちは任せるぞ。〈赤き翼〉はこっちでなんとかする!」
通信でミィルの「分かりました」という返事を聞き、ハーバードはリンドと一緒に機体を走らせ、突撃銃を撃ちながら〈赤き翼〉との距離を詰める。優れた反応速度で〈赤き翼〉は盾を構えて銃弾を防ぎ、怒声とともにエナジーライフルを撃ち返してくる。
「シアーフラム……! 連合軍のエースパイロットか! だが今は貴様と遊んでいる暇はない! 私の相手はミィル・ライズベールただ一人なのだ、邪魔を……するなぁぁぁぁっ!!」
〈赤き翼〉のビームを回避し、ハーバードは武器を突撃銃からロングソードに切り替え、さらに距離を詰める。リンドの援護射撃によって相手は反撃する隙間がなく、否応なしに装備を剣に変更しての接近戦を迎えた。
ハーバードのシアーフラムが頭上から一直線に剣を振り下ろす。頭部を叩き潰す一撃を〈赤き翼〉は僅かな後退によって回避。さすがだ。最小限の動きで躱してくる。異名を持つエースパイロットとしての実力は本物と言っていいだろう。
回避しつつ〈赤き翼〉が繰り出したのは操縦席を狙った突き。シアーフラムの左腕が間一髪、自機の胸部と相手の剣の間に盾を捻じ込んで突きを防御する。同時に、ハーバードはフットペダルで機体の足を操作し、シアーフラムは蹴りを繰り出した。
「なにっ!?」
機体の爪先が〈赤き翼〉の盾の縁に引っかかり、盾が跳ね上がって宙を舞う。無防備になったところでリンドが回り込みつつ突撃銃を撃つ。弾は余すことなく〈赤き翼〉の無防備な左半身に命中した。しかし、機体を覆う増加装甲が想像より厚く、銃弾は貫通せずに傷を残すだけに留まる。
「……はっ! 素晴らしいな。メリザンドを改修していなければその銃撃で死んでいたよ。だが今やその程度で私を撃墜することは不可能だ、たとえエースパイロットが相手でもなぁ!!」
「エースパイロット、じゃない。私の名はローウェン・ハーバードだ。死ぬ前に名前ぐらい知っておくといい」
「それは失礼をした。まさか第8部隊の隊長が敵対視している相手と戦っていたとは。少しばかり申し訳ないな!」
まさか、もう勝った気でいるのか。相手は実力こそあるがまだ若い。プライドも高そうだ。その傲慢な態度にハーバードは少しだけ眉を寄せた。少しばかりこの若造に教育を施してやる必要がありそうだ。代金は彼の命となるだろう。
〈赤き翼〉の機体、メリザンドが後退しつつ右腕を前方に突き出そうとしている。なにか来る。かつて彼と交戦したミィルからの戦闘報告では〈フォースブレード〉と名づけられた手裏剣型の投擲武器を内蔵しているとあった。それはアクトフレームのカメラに映らないため実質的に不可視という厄介な特性を持っている。
それを把握していたハーバードは手裏剣を警戒して盾を構える。それは思い込みによる判断ミスだった。メリザンドが右腕から繰り出した武器は手裏剣ではなく、ワイヤー。さらにワイヤーは飛来する途中で光を纏う。ビームだ。ビームを帯びたワイヤーはまるで鞭のごとくうねってシアーフラムの盾を真っ二つに切り裂く。
「なんだ……この武器は……!?」
「驚くのも無理はない、これはフローレスの捕獲用に用意された新兵器、エナジーウィップだ! 射出したワイヤーにビームを纏わせ自在に操れる! こんな風にな!!」
ワイヤーを覆うビームが消失する。メリザンドはワイヤーを一度巻き取った後、再度射出。今度はリンドのライトフラムめがけてワイヤーを飛ばす。リンドは避けようとしたが、突撃銃を持つ機体の右腕にワイヤーが絡みついた。ワイヤーは光を帯びてビームを纏い、リンド機の右腕が焼き切れて切断される。
なるほど。確かに捕獲用に向いた装備だ。単にワイヤーで拘束するだけでなく、必要となればビームを纏って攻撃もできる。加えて鞭のようにも振るえる変幻自在の動き。ベテランのパイロットでもこの武器を初見で避け切るのは難しいだろう。
「これで分かったか? 私はフローレス捕獲の任務を遂行しなければならない。貴様らと遊ぶ時間はないんだ!」
〈赤き翼〉はそう喋っているが、そんな簡単な話じゃない。フローレスは普通とは違う、常識を超える機体だ。彼自身が二度負けたことでその証明をしてしまっていることがなぜ分からないのだろう。
ビームの鞭が再びハーバード機に襲いかかる。右側から来るかと思ったら、途中で軌道が変わって左側から。盾はもう使えない以上、今度は避けるしかない。この蛇のような鞭を見切ること。それが勝利への必須条件だ。
右腕を狙った縦の一閃を紙一重で避け、腕ごと切り裂く胸部への一撃を後方へ飛び退いて躱し、頭部への一撃は屈んで難を逃れる。ハーバードがそうしてエナジーウィップを避ける間、リンド機が左手にコンバットナイフを握ってメリザンドへ接近する。
「ふん、何をするかと思えば! エナジーウィップは片腕だけではない!!」
左腕からもワイヤーを射出し、リンド機の足に絡みつく。ビームを纏い、その高熱によって脚部の膝から下が切断される。バランスを失ったリンド機は仰向けに地面へと崩れ落ちた。〈赤き翼〉のメリザンドは両腕から光の鞭を垂らしてハーバードのシアーフラムの正面に向き直る。一本でもぎりぎりの回避だったのに、これで二本。さすがのハーバードでも避けられる気がしない。
「……接近戦は無理、だな。ここは距離を空けさせてもらおう」
「愚かな。みすみす逃すと思うか!!」
右手に持っていた剣を投げつけ、ハーバードは冷静に遠距離戦を選択した。〈赤き翼〉のメリザンドは投擲された剣を軽々と避けつつ、距離を空けさせまいと突進してくる。二本のエナジーウィップが襲いかかる。奇跡的なことに、その猛攻を三度まで回避することに成功した。四度光の鞭が振るわれた時、左腕に命中して肘から先が焼き切られてしまう。
「捉えたぞ! これで終わ…………」
〈赤き翼〉がその言葉を言い終えることはなかった。背後から飛んできた弾が追加装甲のない右半身に被弾し、動きを止めざるを得なかったのだ。メリザンドが後ろを向く。そこには足を失い倒れたままの状態で、突撃銃を左手で撃ったリンド機がいた。
「倒したと思って油断したな……這って動くぐらいできるんだよ……!」
「こ、この雑兵がぁぁぁ……!! そんな不意打ちごときに……うぐぉっ!?」
リンド機に気を取られたことで、さらに前が不注意になっていた。その隙を突いたハーバードは背負っていた無反動砲を構えて、メリザンドに容赦なく砲撃を加えた。これには追加装甲も耐え切れなかったようで、被弾と共に転倒し、動かなくなった。操縦席にも砲弾のダメージが及んだのは想像に難くない。




