20話 溟海の妖精
突撃槍の一撃をミィルは盾で防御するつもりだった。それは深く考えずに選んだ反射的な行動だ。しかし通信から響いた声がその選択肢を強引に変えさせる。声の主はミィルが守ろうとしたハーバードであり、咄嗟だったためか、めずらしく荒っぽい喋り方だった。
「違うミィル!! 半身になって避けろ!!」
「!? は、はいっ!!」
士官学校時代に教官に怒られた記憶がフラッシュバックする。ミィルはその声の通りに盾を引っ込めて半身になって突撃槍を避けた。槍の先端がフローレスの肩を掠め、装甲の一部を削り取る。突撃槍の餌食になったのは、やはりハーバードを守ろうとミィルのやや後方にいた友軍機だ。槍は操縦席を貫通して胴体部を吹っ飛ばす。中のパイロットは確実に死んでいる。
その突撃の威力を見てミィルは確信した。盾で受けていたらフローレスの胴体が確実にバラバラになっていた。いかに高性能でも使っている装甲の堅さは普通のアクトフレームと大差ないのだ。守るべきハーバードに助けられたのは皮肉な話だが、内心では感謝するばかりだ。
「あららぁ~。別の敵を殺しちゃったかぁ。あ、でもラッキー。フローレスのパイロットはなるべく殺さず捕獲するんだった。僕ったらおっちょこちょいなんだから~。第1部隊に連絡入れとかないと。僕はデキる副隊長だから報連相もちゃんとするんだよね~♪」
通信から遊びに興じる子ども染みた声が響く。ミィルはコントロール・スフィアを操作し、狙いを定めて突撃銃を発砲した。通信越しにけらけらと笑い声が響くと、水色の機体は左手の盾で防御しながら、スラスターを吹かして回避行動。弾は避けられてしまう。
「自己紹介でもしとく? 僕はマナリル・ウンディーネ。帝国軍第2部隊の副隊長だよ、覚えておきたまえ。フローレスのパイロット君はなんていうの?」
「え……あ、俺はミィル・ライズベールだけど……」
「ミィル君って言うんだ。かわいい名前だね。でも、ごめんね。やっぱり第1部隊が来るまでに君には死んでもらおうかな。可能な限り確保しろって命令だけど、戦闘中には何が起こるか分からないし~。不慮の事故でうっかり撃墜しちゃってもしょうがないよね?」
第2部隊の副隊長の話はミィルも聞いたことがある。連合軍では〈溟海の妖精〉という異名で知られるパイロットだ。海戦が得意なことで有名な第2部隊らしく、水中戦で多大な戦果を挙げており、殺された連合軍の兵士は数知れない。そんな人物がまさか陸に上がっていようとは。
「なんのことか分からないけど、敵である以上戦うだけだ!」
「いいねぇ~。そういうシンプルな思想好きだよ。それじゃあ僕のコーラルリーフと踊ってもらおうかな」
ミィルは応戦すべく再びフローレスに突撃銃を構えさせる。周囲の友軍機も同様だ。ここにはミィルに所属するアークルス小隊やハーバード機も含めて11機もいる。対して相手は単機で突っ込んできたマナリル1機のみ。数だけを見れば有利なのはこちら側。だがミィルは甘く見ていた。異名を持つほどに恐れられたエースパイロットの真価を。
一斉に放たれた弾丸に対して水色の機体、コーラルリーフは盾で操縦席を守りながら一時後退。霧の中に姿を隠しつつ肩から何かを発射した。濃霧に紛れているため避けることは難しく、3機の頭部を破壊する。ミィルは破壊された友軍機の頭部を見ると、太い針が刺さっているのを確認した。
ニードルガンだ。鋭い針を発射するこの装備は、水中でも陸上でも使うことができ、戦闘領域を選ばない。水陸両用であろうマナリルの機体ならではの装備だ。そしてコーラルリーフは視界が潰され隙ができた3機めがけて背面からミサイルを発射し、まとめて撃墜した。
「フレディ、気をつけろ! 俺たちの方に〈溟海の妖精〉が来るぞ!!」
「くっ……すみません、霧でよく見えなくて対応が……うわぁっ!?」
通信でリンドとフレディの声が響く。マナリルは視界の悪い濃霧を活かしてこちらの部隊を翻弄しながら、確実に数を減らしてくる。しかも視界不良のためにミィルたちは友軍機への誤射を恐れて思うように銃を使えない。次の狙いはミィルと離れた位置にいたフレディだったようで、さらに向こうの攻撃を食らったようだ。ミィルは思わず声を発した。
「フレディっ。大丈夫か!?」
「大丈夫、直撃は避けた。けど機体の右腕がやられたみたい……それよりミィル、敵がそっちに行った。また攻撃が来るよ!」
ミィルは銃で倒すことを諦めて、武器を剣に切り替えた。レーダーで背後から来るコーラルリーフを捉えはしたが、視覚でその正確な位置を把握することはできない。いつ来るのか、心臓が早鐘を打つのを感じながら盾と剣を構えて待つ。
不意に濃霧から飛び出してくる機影。来た。フローレスを動かし半身になって避けつつカウンターで剣を繰り出す。が、それを見切っていたかのようにコーラルリーフは急旋回してフローレスの後方へと抜け、剣が空を切る。狙いは初めからミィルではなかった。ミィルが守ろうとしている部隊の指揮官、ハーバードだ。
ハーバードの乗るシアーフラムは盾を斜めに傾け、敵機の放つ強烈な突きの一撃を受け流す。ミィルには真似できない、熟練の技によって為せる芸当だ。コーラルリーフは側面に跳躍して一度距離を置き、体勢を整えつつ左腕からニードルガンを放った。この武器は肩以外にも装備しているらしい。
シアーフラムは飛んでくる複数の針を盾で防御し、突撃銃で反撃したが、コーラルリーフは大樹を遮蔽物に濃霧の中へ消えてしまい、弾は一発も当たることなく白い靄に吸い込まれていく。
「……なるほど。手強いな。一機だけでここまで突っ込んでくるだけのことはある」
連合軍で名を馳せたハーバードすら認めさせる、その実力。気がつけばミィルはハーバードと背中合わせの形となって周囲を警戒していた。離れた位置で爆発音が轟いたと思ったらレーダーから友軍を示す光点が四つ消える。4機撃墜されたのだ。これで残るはミィル機、ハーバード機、リンド機、フレディ機のみ。
「……ハーバード中佐。前にいる部隊から援護を呼んだほうが。このままでは……」
「うむ……一機相手とはいえ、そうするしかないな。このままではじわじわなぶり殺しにされそうだ」
リンドの進言にハーバードが応えようとしたとき、膠着していた状況が悪い方に動いた。連合軍側が押され始めたのだ。しかもマナリルが突っ込んで陣形に開けた穴とも言える場所に、帝国の部隊が一気に雪崩れ込んでくる。このままでは全滅しかねない。
「あはっ。僕に気を取られすぎたんだよ。優秀な部下に恵まれてるからなぁ~僕は。みんな頑張ってくれたみたい」
「……だとしても、せめてお前だけは倒させてもらうぞ……!!」
「意外と勇ましいことを言うんだね、ミィル君。でも君の実力はなんとなく分かった。君じゃあ僕には勝てない!!」
霧の中でアクトフレームが動く駆動音だけが響いてくる。マナリルのコーラルリーフが動く音だ。レーダーで大まかな位置は分かる。だが、いつ攻撃が来るのか、正確な間合いやタイミングまでは視界が悪く分からない。
しかも突撃槍の一撃が強力で盾で防御することは不可能ときている。となると避けるしかないのだが、そうするとまた距離を置かれて攻めきれない。それならば。ミィルは一か八かの賭けに出ることにした。
駆動音が少しずつ大きくなってきているような気がした。レーダーが示すコーラルリーフの位置はミィルから見て右側。意識を集中させ、その時を待つ。来た。白い霧を破って現れる水色の機影。鋼鉄を穿つ突撃槍の先端がフローレスを狙っている。ミィルはすかさず左腕の盾と、右手の剣を捨てる。そして。
「俺のアクトを、全部持っていけ! フローレス!!」
コントロール・スフィアに可能な限りアクトを込める。操縦席の各部が光を放ち、フローレスの出力を最大まで引き上げた。操縦席を狙った正確な突きは、正確であるがゆえにおおよそ位置が掴める。だからマニピュレーターで突撃槍を掴み取ることもできた。
「嘘でしょぉっ!? 僕のコーラルリーフの槍を両手で抑え込むなんて!? そんな馬鹿げた出力の機体が存在するはずは……!」
「フローレスならそれができるんだ! 俺が操縦に失敗して掴み損ねたら死んでたけど、上手くいった!!」
コーラルリーフはフローレスを振り払うように盾を持った左腕を叩きつけようとする。ミィルは素早く操作して掴んでいる槍から片手を離して振り下ろされた左腕をキャッチする。機体出力はどうやってもフローレスの方が上だ。ミィルはそのまま蹴りを胴体にお見舞いした。
「ぐっ、ううぅっ!?」
マナリルの声が小さく聞こえた。最大出力のフローレスの蹴りは凄まじくコーラルリーフを遥か後方へと吹っ飛ばす。まるでボールにでもなったかのように大樹に激突して、そのまま動かなくなった。機体がどうこうというより、中身のパイロットを襲った衝撃が相当なものだったのだろう。




