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18話 陛下の命令

 マナリルの案内で入った部屋は上官である第2部隊隊長、アイアロン・グレイシャー大佐の執務室であった。壁には本棚が並んでおり、雑多な書籍や資料がずらりと収められている。逆を言えば目を引くものはそれくらいで、後は殺風景なくらい質素に感じられた。


 長らくバルダー要塞に駐在していたウルスラからすれば、自身の所属する部隊の隊長といえど、会話はおろか顔を見たことさえほとんどない。雲の上のような人物であり、内心ではなぜ呼びつけられたのかと緊張していた。


「グレイシャー大佐、スティーリア中尉をお連れしましたよ~」

「……ああ。すまないな、使い走りをさせて」

「いえいえ。暇だったので別に」


 椅子に座って窓を眺めていたグレイシャーが振り向き、こちらに顔を向ける。痩せぎすで、どこか機械的な印象の男性。眼光は鋭く、その目で睨むように見られると、処刑台にでも立たされた気分になる。グレイシャーは机の上で手を組みながら、ウルスラに言った。


「よく来た。キーニスが死んだようだな。奴とはそれなりに長い付き合いだったが、なんの感情も湧かん。あれは軍人として甘すぎた。敵は徹底的に叩いて潰せばいいだけなのに、情けをかけようとするほどの愚か者だ。その下にいた君は、いったいどう思うね」


 キーニス・エスカルチャ。バルダー要塞におけるアクトフレーム部隊の指揮官であり、ウルスラの上官だった人物だ。先の連合軍との戦いでは敵のエースと交戦し、死亡したと聞いている。確かに仲間には底抜けに優しい人だった。面倒見が良く、ウルスラを含む部下全員から慕われていた。


 そのキーニスを悪く言われるのは、あまりいい気分ではない。だが上官に対して反抗的な態度を取るわけにもいかず、ウルスラは失礼がないように気を払いながらあくまで淡々と返答した。


「は……そのことは存じ上げませんでしたが、少なくとも部下に慕われる人物だったと記憶しています」

「そうか。君にはキーニスと同じ轍を踏んでもらいたくないな。奴はパイロットとしては優れていた。君もそうだ。良いパイロットが死んでいくのは、アクトフレーム部隊を率いる者として好ましいものではない」

「心得ておきます。グレイシャー大佐」


 そんなやり取りの後で、マナリルが愉快そうに口を挟む。この掴みどころのない副隊長がいなければ、その立場に収まっていたのはキーニスだったのに。そんな彼女はまだ20歳になったばかりだと聞く。ウルスラよりも若いのに、実戦経験は彼女の方が長いのである。


「大佐ぁ、そんな雑談は後にして本題に入りましょ~よ。中尉はこの基地を防衛するための要なんですから~」

「そうだな。中尉、なぜ君に新型であるケルレウスを任せることになったか、覚えているかね」

「私のアクト量が多かったからです。ケルレウスが装備するはずの武装ユニットは膨大なアクトを消費すると聞いています」


 ケルレウスは元々そのために開発されたのだ。アクトフレームの機能を拡張し、戦艦や要塞といった存在をも単機で破壊し得る、戦略級の機体。それがコンセプトだった。だが肝心の武装ユニットの完成が遅れてしまい、第2部隊に送られてきたのは本体のケルレウスだけ。そこで間に合わせの装備で運用していたというのが実情である。


「そうだ。その武装ユニットが遂に完成した。明日には基地に運ばれてくる。こいつは拠点防衛用に開発されていてな。基地を守るのに適任だ。ウンディーネ中佐の言う通り、君が戦いの要となるだろう」

「エクステンドアーマーが……完成したのですか。承知しました。ケルレウスのパイロットとして、全力を尽くします!」


 ウルスラは敬礼しつつ意気込んだが、話はそれで終わりではなかった。グレイシャーは表情を変えずその眼光だけさらに鋭くさせながら言う。


「ただし問題がひとつある。連合軍に奪われた試作機と、それに乗るパイロットをなるべく殺さずに捕獲しろという話だ。まったく……増援を寄こしてくれるまでは良かったが、こんな邪魔をされるとは思ってもみなかった。私には陛下の思惑が分からん」

「それはフローレスのことでしょうか。確か第1部隊の任務だと聞いています。それに機体だけでなくパイロットの方もとは……」

「ああ。任務の内容が少し変わったようだ。陛下がパイロットの方に興味を持ったのだと、クライテリオン大佐は言っていた」


 単純に考えれば任務の難易度が上がったことになる。今まではパイロットの生死は問わなかった。ある程度、機体が損傷していても良かった。しかしパイロットをなるべく生かした状態で連れてこいとは。あの機体を扱えるということに、そこまで重要な意味があるのだろうか。


「フローレスはバルダー要塞を襲った部隊の中にいたそうだな。高い可能性でこの基地の攻略にも出張ってくるだろう。となれば我々第2部隊と戦闘になることもあるはずだ。クライテリオン大佐はそれでも、私たちにも陛下から与えられた任務のことを考慮しろと言うのだ。この基地とフローレスのどちらが大事かなど、比べる必要すらないだろうにな」


 グレイシャーの言う通りだ。フローレスがどれほど特別で、それを乗りこなせるパイロットがどれほど特別でも。この戦いでマスドライバーを奪還されることの方が、よほど帝国にとって痛手となる。アクトフレームなどまた造ればいいだけではないか。それなのに第2部隊に回収任務の妨げをしないよう牽制までかけてくる。面白い話ではない。


「だからグレイシャー大佐、機嫌悪いんだよ~。大佐でも陛下の命令っていう印籠を出されたら断れないからね~。ま、クライテリオン大佐は陛下の命令絶対果たすマンだからなぁ。そのおかげで第1部隊の隊長になったようなものだし……ね」


 マナリルは面白そうに笑いながら言っていたが、目がまったく笑っていなかった。副隊長である彼女も、第1部隊の任務に足を引っ張られるのは御免といった様子だ。それでもクライテリオン大佐は譲らないだろう。だから彼は、しばしばこう呼ばれる。皇帝の犬と。


 皇帝陛下の命令を優先し過ぎるあまり、現場を掻き乱したり横やりを入れてくる。迷惑な話だが陛下にとっては重宝できる人材だ。だからこそ精鋭にして皇帝直属の第1部隊を任されていると言ってもいい。


「そういうことだ。中尉、君には基地の防衛を任せるが、フローレスだけは撃墜しないよう注意してもらいたい。発見したらすぐに第1部隊に連絡を入れろ。後は連中が勝手にやるだろう」

「は……了解しました、大佐」

「話はそれだけだ。呼びつけてすまなかったな」

「とんでもありません。それでは、失礼します」


 グレイシャーに敬礼をすると、ウルスラは部屋から退出した。なぜフローレスに乗る連合のパイロットが特別視されるのか、少しだけ気になった。それもなぜ陛下が。帝国軍は非情だ。本来なら、敵の手に渡った時点で破壊許可が下りそうなものを。


 それでも、ウルスラはその件にあまり関心を持っていなかった。頭の中にあったのはセリアのことだけだ。彼女もまた連合軍のパイロットとして戦場に立つのだろうか。腕はまったく落ちていなかった。性能の低い連合軍の量産機で、ケルレウスと互角の戦いをしてみせたのだから。


 迷う必要はない。軍人としてどうすればいいのかは、分かっているつもりだ。それでも心のどこかでもう戦場で相対したくないと思う自分を、ウルスラは心の奥底に閉じ込めて蓋をした。そんな余計なことを考えていたら、殺されるのは自分自身だ。自室に戻ってベッドに仰向けに倒れ込み、天井を見つめる。やがて呆然と呟いた。


「なんで……こんなことになっちゃったんだろう……友達だったのに……」

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