17話 友を撃つ覚悟
陸上戦艦内の格納庫に機体を収容すると、ミィルはハッチを開けて操縦席から降りた。右隣にはフレディ機、リンド機、ハーバード機と続いている。みんなもう機体から降りて整備士と話し込んだり、パイロット同士でなにかの雑談をしている。
フローレスの左隣には予備機のライトフラムが立っていた。本来ならば誰も乗る予定のない機体であったが、おもむろに操縦席のハッチが開いてパイロットが出てくる。セリアだ。整備士の作業着姿のままで乗り込んでいたらしく、軍服ではない。
「ミィルさん、なにじーっとセリアさんを見てるんですかぁ? 美しすぎて見惚れちゃってるんですかぁ?」
後ろから突然、声がしてミィルはびくっと身体を震わせる。振り向くとメイカがにやにやと笑いながら立っていた。手には水の入ったドリンクボトルを持っており、押しつけるようにミィルに渡してくる。ミィルはそれを受け取りつつ、まったく言い訳にしか聞こえない弁解を始める。
「い……いや。そういうわけじゃなくて。なんでセリアさんがライトフラムに乗ってるんだよ。戦艦には護衛の部隊がいたはずだろ? 整備士なのになんで戦わされてるんだ。まさか勝手に乗ったわけじゃないよな……? それが気になってたんだ俺は」
「ちゃんと艦長の承認は得てますよ。その戦艦を守っていた部隊が全滅しちゃったんです。それでミィルさんたちが戻ってくるまで、時間稼ぎを買って出てくれたんですよ。すごいですよね。セリアさんってなんでもできちゃうんだから」
確かにセリアのパイロットとしての実力は、計り知れないものがある。戦艦からの援護があったとはいえ、たった一機で中隊規模の敵部隊を相手に時間を稼いでみせた。しかも機体性能で大きく劣るライトフラムでやり遂げたのである。ミィルが同じ条件と状況に放り込まれたら即座に撃墜されていたに違いない。
ミィルとメイカは二人揃ってセリアの方に視線を送ると、それに気づいたセリアが近づいてくる。メイカがドリンクボトルをセリアに渡しながら「セリアさん、お帰りなさい! 心配しましたよー」と言うと、セリアはぎこちなく笑ってから表情を元に戻す。さっきの戦いでなにかあったのだろうか。
「お水ありがとうございます、メイカさん。後でいただきますね」
「セリアさん、なにかあったんですか? なんというか、いつもと違うというか……」
「……すみません。久しぶりの戦闘で少し疲れちゃったのかもしれません。休めば大丈夫です」
セリアの声色は平静そのものだ。それがかえって思い詰めているようにも感じる。ミィルの思い当たる節は、さっき戦っていた青いアクトフレームのパイロットしかない。通信で会話をしていたようだから、知り合いだった可能性がある。
それなら合点がいく。いくら帝国軍を抜けたとはいえ、顔見知りと殺し合うことになれば、動揺もするだろうし迷いや葛藤もあるだろう。加えて非常事態ゆえにアクトフレームで戦っただけで、今のセリアは正式なパイロットではないのだ。
「セリアさん、身体が震えてるけど本当に大丈夫か……?」
「え……?」
ミィルに指摘されてようやく気づいたようだ。セリアは空いた左手で右腕の辺りを触る。自分の身体が微かに震えているのを確かめているようだ。個人的な事情かもしれないのでどうするか悩んだが、ミィルは青いアクトフレームとの通信について聞くことにした。セリアには出撃前に励ましてもらったし、セリアが思っている以上にそれで救われた。今度は自分が助けになる番だ。
「あの。さっきの戦いの話……していいかな。敵の青いアクトフレームと会話してただろ。知り合い……だったのか?」
ほんの少しの間、沈黙が流れた。ミィルはセリアの返事を静かに待つ。
やがてセリアは空元気を出して笑いながら言った。
「……あはは。ミィルさんには隠し事ができないですね。そうです。あの機体には私の友達だったウルスラという子が乗ってました。私が小さい頃からずっと一緒だった……一人しかいない、親友でした」
セリアは自分の手に視線落として話を続ける。
「脱走する前に仲間だった人を撃つ覚悟は、してたつもりなんです。実際にもう引き金だって引いてたのに。でも、相手がウルスラになると……なぜだか駄目になっちゃいました。私の心は、やっぱり弱かったみたいです」
「そんなことないよ、セリアさん。いくら軍人でも親友を平気で撃てる奴なんていない。心を殺さなきゃできないと思う、そんなこと。だから自分を悪く言う必要なんてない。むしろ俺たちのために頑張って戦ったんだから、褒められるべきだ」
「……ミィルさんは優しいですね。そう言われると……ちょっとだけ救われた気持ちになりました。でも……」
話を聞いていたのか、リンドとフレディもミィルたちのところに集まって言った。
「そうだな、ミィルの言う通りだ。セリアさんはよく頑張った。自分を責める必要はないさ」
「僕もそう思いますよ。セリアさんがいなかったら、今頃この艦も沈んでたかもしれないんですから」
そうして格納庫の隅で騒いでいるとハーバードまでやってきた。ミィルたちは慌てて自分たちの上官に敬礼する。ハーバードはやや下がった丸眼鏡の位置を人差し指で直しながら、セリアに話しかけた。
「セリア君。私からも言わせてくれ。さっきは戦艦を守ってくれてありがとう。おかげで一隻も沈まずに済んだ。そしてすまないことをした。戦艦を狙われて窮地だったとはいえ、非戦闘員だった君に負担をかけてしまった。謝らせてほしい」
「そんな……いいんです。私は帝国を裏切っておきながら、帝国のパイロットに引き金を引けない半端者です……」
「それについてはミィルも言ったが、私も同感だ。仲間を……かつての親友をその手で撃ち殺せと命じるほど、私は鬼畜ではないよ」
だが、とハーバードはこうも話す。
「ただ……君も理解していると思うが、私たちは帝国軍と戦っている。君の親友だった人物と相対すれば、殺すことになるだろう。恨んでくれてもいい。許さなくてもいい。それでも連合軍の軍人として迷いなく引き金を引く。そのことは分かっておいてほしい。私から言えるのはそれだけだ」
ハーバードの発言でミィルはそのことを改めて考えさせられた。ミィルも軍人だ。たとえセリアの親友だろうが、敵であるなら戦うのに躊躇はない。だがそうなればセリアの心にはきっと深い傷がつく。だとしても戦争である以上、迷ってはいけないということを。
「……分かってます。それは当然のことですから……覚悟してる、つもりです」
そう返事をしながらも、セリアの表情はどこか暗い。理性では理解しているのだろう。連合軍側になる道を選んだからには、かつての親友を新たな仲間が手にかけることは当然ある。でも感情が追いついていない。メイカはセリアの肩を抱いて献身的な言葉を投げかける。しかしミィルはセリアにもう何も言えなかった。ミィル自身がセリアの友を殺すかもしれないからだ。
◆
アルヴィス・メリオネートは格納庫に収容された愛機を下から眺めていた。酷い有様だ。頭と左腕は切断され、背部の大型スラスターも使い物にならない状態。それでも、このがらくた同然と化した愛機を回収してくれた味方には感謝すべきだろう。果たして連合軍がこのフェンサリル基地に進軍してくるまでに修理が間に合うのだろうか。
「駄目ですね。頭と腕はすぐ交換できますが、フライトシステムは間に合いそうになりません。重力制御用のパーツが生きていれば、なんとかなるんですが……イニティウム社からパーツを取り寄せてとなると、数日で直すのは難しいです」
「飛べなくても間に合わせでも構わない。とにかく動けるようにしてくれ。私だけ戦えずに留守番は困る」
「分かりました。それとクライテリオン大佐から、フローレス捕獲用の改修を施すよう言われているのですが、構いませんよね」
そんな話は初耳だ。いや、バルダー要塞を防衛する任務が終わったら、フローレス回収の任務が待っていたはずだから、元々その予定が入っていたのだろう。要塞でフローレスと遭遇したのが想定外だったのだ。そして、まんまと二回目も負けたことも。
メカニックの男性はタブレットを取り出すと、メリザンドの改修プランのデータを見せてくれた。少し癖はありそうだが、装備や性能は悪くない。どのみち同じ状態に修理しても同じ敗北が待っているだけであろう。アルヴィスは一通り確認してから「分かった。よろしく頼むよ」と言ってタブレットを返す。
「メリオネート大尉! ご無事でしたか!」
自分を呼ぶ声がしたので振り向くと、そこにはウルスラがいた。ウルスラの機体であるケルレウスに視線を移すと、片方のエナジーシールドを損傷しているらしい。試験ではエナジーランチャーも防ぐ防御性能を発揮したそうだが、戦艦の火砲にでもやられたのだろうか。
「スティーリア中尉。君も派手にやられたようだな。これで二度目だよ。私がフローレスに遅れを取るのは……」
「大尉もでしたか。私もフローレスと交戦しましたが、撤退を余儀なくされました。あれは恐ろしい機体です……」
「ああ。パイロットの操縦は凡庸だが、機体の性能には底知れないものがある」
普通に戦ったのでは勝ち目がない。そんな機体を可能な限り傷つけず回収する。今さらながら、とんだ無茶ぶりを要求されたものだとアルヴィスは内心で思う。だがアルヴィスにもエースパイロットとしての誇りがある。どんな無茶でも与えられた任務は確実に遂行する。
「……大尉。話は変わるのですが、フローレスに乗って脱走したセリアと会いました。連合軍のライトフラムに乗っていて……完全に敵になっていたんです。せめて私の手で撃墜したかったのですが、フローレスに邪魔をされてしまって」
「そうか。君も辛いだろうな。だが軍人としては正しい判断だ。状況的にフローレスはこの基地に進軍する部隊の中にいるだろう。奴とは確実にもう一度戦うことになる」
「だとしても……私は誰が相手だろうと、敵であるなら迷わず倒します」
まだ迷いを振り切った様子ではなかったが、それでいい。その覚悟こそ帝国の軍人に必要な気質だとアルヴィスは考える。
「ちょっと、ちょっと。第1部隊の〈赤き翼〉さん、うちのパイロットを口説くのはやめてくれないかなぁ? 風紀が乱れちゃうでしょ。そういうの、副隊長の僕としては困るんだよねぇ~~」
からかうような言い方で話に混ざってきたのは、水色の髪が特徴的な若い女性だ。その顔には覚えがある。第2部隊の副隊長、マナリル・ウンディーネ。ウルスラの上官にあたる人物で、20歳にして副隊長を任されている実力者である。
「失礼しました、ウンディーネ中佐。口説いたつもりはなかったのですが」
「もっと面白い反応してよ。メリオネート大尉は真面目すぎてつまんなぁーい。ああ、そんなことよりクライテリオン大佐から呼び出しがかかっていたよ。会議室で待ってるってさ。あとウルスラにも大事な話があるんだよね~」
ウルスラが驚いた様子で口を開く。
「私も……ですか? 一体どのような話が……?」
「うん。まあその理由は後のお楽しみってことで~。さあ行くよ。GOGO!」
後ろからウルスラの肩に両手を置いて歩かせるマナリルを見てから、アルヴィスも大佐のいる会議室へと向かった。




