16話 別たれた道
「その声……セリア……なのか……?」
間違いない。ウルスラの声だ。しかし、セリアの口からはそれから先の言葉が出てこなかった。帝国を裏切って連合軍に投降した自分が、今さら何を言えよう。それなのになぜ迷っているんだ、とセリアは心の中で自身を責めた。たとえかつての仲間だったとしても、引き金を引く覚悟で裏切ったはずだ。
「どうして……どうしてお前がここにいる。帝国を裏切っただけでは飽き足らず、仲間だった者たちの命まで奪おうと言うのか……! なんなんだ、お前は! なぜ連合軍の機体に乗って戦っているんだ! ふざけるなぁぁぁぁ!!」
ウルスラの乗る青い機体が、剣を振り上げ斬りかかってきた。通信越しに響く怒声に胸を締めつけられる。頭では覚悟を決めているようでも、感情は正直だ。自分は親友と戦いたくないのだと、本心はそう思っている。
セリア機は青い機体の斬撃を回避すると、武器を剣から突撃銃に持ち替えて足を撃った。しかし、両肩の盾を前方に向けてエナジーシールドを張られたので銃弾は命中せず防がれてしまう。
「今までずっと嘘だと信じたかった! 真面目でいつも優秀なセリアがそんなことをするはずないって! 初めて脱走した話を聞いたときは質の悪い冗談だと思った。でも、本当に私たちを裏切ったんだな……! どうしてなんだ……死ぬ前に理由ぐらい言え!!」
青い機体が武器を剣から銃に持ち替える。旧式のエナジーライフルだ。威力は新型とそう変わらないだろうが、古いモデルなのでその分サイズが大きくて取り回しが悪い。青い機体がビームを撃ち出したので、セリア機も盾を突き出して防御する。ビームの熱で盾が少しずつ溶解していく。
「それは帝国が正しいことをしていると思えないからよ……! いくら戦争でも私たちは明らかにやり過ぎてる。民間人を意味もなく殺したり、投降した捕虜を遊び半分で処刑する。そして帝国はもっと大きな過ちを犯そうとしている。そんなことをやる国にはついて行けない……!」
「セリア、ふざけたことを言うな! 帝国はいつだって正しい。帝国はこの星を統一して争いのない世界を作るため戦っているんだ! 多少の犠牲はやむを得ない。後の世は必ず帝国が為した偉業を認めるはずだ! 私たちはそう教わったじゃないか!」
さらにビームを撃ち込んでくる。盾の損傷を考慮するといつまでも防御し続けることはできない。セリアは回避運動を取りながら射撃を行うが、そのすべてはエナジーシールドに阻まれてしまう。見えてこない。勝ち筋が。
「その教わったことがそもそも間違ってるのよ……あれは偏向教育だった。帝国に都合の良い人間を作るための……」
「もういい、軍を裏切ったお前に待っているのは死だけだ。それなら他の誰かではなく……この私の手で……!」
ウルスラの青い機体がビームを撃った。盾で防御するものの、熱ですり減った盾に穴が開き、左腕に命中する。運悪く駆動系をやられてしまったようで、左腕が反応してくれない。片腕でウルスラに勝つのは難しいな、とセリアは奇妙なほど冷静に思った。
士官学校を首席で卒業したセリアだが、次席は今相手をしているウルスラだった。彼女は座学が苦手だったのでそこで成績の差をつけられたのだが、操縦技術は僅差でウルスラが上だ。お互いに戦いの癖を理解しあっているうえ、機体の性能差も考慮すると、この状態で勝てる可能性は低い。
「死ぃぃぃぃ、ねぇぇぇぇぇぇっ!!」
かつての親友の咆哮と共に青い機体がエナジーライフルの照準をセリア機に合わせている。狙うのは操縦席のある胸部だろう。これも正当な罰なのかもしれない。正しいと信じてこそいたが、セリアは生まれた国と軍を裏切ったのだ。今まで仲間だった者たちも殺した。でも後悔はしていない。
ビームの熱線が放たれた瞬間、セリア機とウルスラ機の間に割って入るように上空からアクトフレームが落ちてきた。その純白の機体色に特徴的な外観。フローレスだ。フローレスはビームをアクティブウィングで防御すると、ウルスラの青い機体に突撃銃を撃ち返す。
だが当たらない。青い機体が両肩のエナジーシールドを展開し、銃弾はすべて防がれた。フローレスはそのままセリアが乗るライトフラムを守るかのように立ち塞がる。助かった、と安堵しているうちに通信が入る。ミィルの声だ。
「そこのライトフラム、大丈夫か? 一人で頑張らせてすまない、俺以外にも援護が来る予定だ。君は後ろに下がってくれ。こいつらは俺たちで引き受ける!」
「ミィルさん……助かりました。良かったです。私はちゃんと時間を稼げたんですね……」
一瞬の間を置いて、ミィルが変なトーンの声で喋った。
「セリアさん? な、なんでセリアさんがライトフラムに乗ってるんだよ……!?」
「私が言い出したんです。緊急事態だったので、少しでも助けになりたくて……」
「そ、そうだったのか。いやでもっ、左腕も損傷してるみたいだし下がってくれ。ここは俺が……」
「何をぼーっとしている、白いアクトフレーム!! 私とケルレウスの邪魔をするなぁぁぁぁぁっ!!」
ウルスラ機がエナジーライフルを連射する。ミィルは熱線の雨に対し、再びアクティブウィングを前方に展開して防ぐ。盾を持っていないのが気になったが、ちゃんと装備を使いこなしているようだ。フローレスはそのまま前進し、距離を詰める。
対してウルスラの青い機体、ケルレウスは武器を剣に変更しつつエナジーシールドを展開。それでフローレスの攻撃を防ぎ、即座に剣で反撃しようという考えなのだろう。フローレスは突撃銃をマウントして、手刀でケルレウスの光の障壁を突いた。
「……そんなっ!?」
通信越しにウルスラの声が響く。プラズマを帯びた手刀が光の障壁を貫通し、シールドを発生させる基部を破壊する。フローレスの隠し武装のひとつ、イノセンスセイバー。近接装備というより、もはや格闘装備とでも表現すべき武装だが、その威力は絶大なものがある。
「そうか……こいつがフローレスか! メリオネート大尉をも退けたという、あの……!」
なにかを納得するかのようにウルスラが独り言を呟いている。彼女の乗るケルレウスは近接戦を危険と判断し、距離を空けようとした。フローレス、というよりミィルはそれを許したようだ。深追いする必要がない。
後ろに下がりすぎれば陸上戦艦の弾幕の餌食となり、片方の盾を失ったケルレウスでは完全な防御は不可能。かといって近づけばミィルは遠慮なく近接戦でケルレウスを撃墜しようとするはずだ。それでも後ろに逃げるのは、撤退を選んだからだろう。
「……通信が入った。我々は撤退する。セリア、覚えていろ。次に会うことがあれば確実に落とす……!」
その捨て台詞を最後に、ウルスラは戦艦をちまちまと撃っていた味方を連れて逃げ去った。これで陸上戦艦は守り切れた。エナジーランチャーが被弾した艦もあれど、一隻も撃沈していないのは運が良かったというべきだ。セリアの頭には作戦のことなどなく、ただ多くの死人が出なかったことに安心を覚えていた。
「遅れてすまない、援護に来たぞ……って、もう敵軍は追い返しちまったのか?」
少ししてからリンドが通信を送ってきた。リンドとフレディを含むライトフラムが8機到着したものの、まったく遅れた援軍であった。その後、連合軍は陸上戦艦の火砲を活かしてバルダー要塞を陥落させ、帝国軍は要塞を放棄。残存戦力はフェンサリル基地へと撤退した。
結果だけ見れば勝利だが、連合軍が被った損害は決して少なくなかった。300機近いアクトフレームがこの攻略作戦のために投入されたが、そのうち三分の二を失うことになった。
当然ながらこの攻略作戦は前哨戦に過ぎず、本命はフェンサリル基地のマスドライバー奪還作戦なのだ。帝国軍が今回とは比較にならない戦力を用意することは想像に難くない。状況は未だに連合軍が不利だと言えた。




