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13話 灰色の空の下で

 ミィルとアルヴィスが空中で戦闘を繰り広げていた頃、ハーバードたちもまた厳しい戦いを強いられていた。幾度となく発射される要塞砲。空から止め処なく落ちてくるエアドルートのミサイル。そして要塞砲に近づけまいとする敵アクトフレーム部隊の銃撃、砲撃、爆撃。


 もう少しで要塞砲を攻撃できる距離に達するところで、ハーバードの部隊はすでに半数近くが撃墜された状態となっていた。いや戦闘の激しさを考えれば、半数も残っていると表現した方が正確なのかもしれない。まだ少し遠いが、ハーバードはバックパックに装備していた無反動砲を構え、照準を要塞砲に合わせた。


 この無反動砲はハーバードの乗るシアーフラムの標準装備ではない。要塞砲の破壊や、盾や重装甲のアクトフレーム対策として装備したものだ。使い勝手のよい突撃銃だが、装甲の厚い機体や盾には通用しない面もある。帝国軍にとっては拠点防衛の戦いだ。そういう防御に重きを置いた機体もいると踏んだのだが、その予想は的中していた。


 敵のアクトフレーム部隊はエリテイルに混じってベルグアも多数いる。ベルグアはエリテイルが配備されるまで帝国軍の主力アクトフレームだった機体だ。今や旧式機という扱いだが、重装甲による防御性能だけは未だ新型機にも負けていない。


「さて……当たるかな。少しは損傷を与えられるといいのだが」


 自然と紡がれる独白。コントロール・スフィアを操作して引き金を引く。無反動砲から発射された砲弾が、要塞砲めがけて飛翔した。要塞砲から見てやや斜めの位置から放たれたそれは、要塞砲そのものには直撃せず、それを操作する三機のベルグアのうち一機に命中した。重装甲のベルグアでも、無反動砲の威力には敵わず一発で爆散する。


「外したか。だがこれで少しの間は要塞砲も撃てん。今のうちに接近するぞ、全員私に続け!」


 要塞砲は三機の機体からアクトの供給を受けてビームを発射する。一機でも欠けてしまえば、新しい機体に交代するまでは撃てないというわけだ。わずかばかりの時間だが、ハーバードたちが切り込むのに十分の猶予が与えられた。


 敵の部隊もこのままでは要塞砲を破壊されると判断したようで、要塞から飛び出してハーバードたちを迎え撃った。二つの軍勢が入り乱れて銃を撃ち合い、あるいは近接武器で斬り合うという純粋なアクトフレーム同士の戦闘が開始される。


 数は相手の方がやや多いか。それでも今のところは五分に渡り合えている。先頭で戦うハーバードを援護するのはアークルス小隊のリンド機とフレディ機だ。リンドは雪崩のように襲ってくる敵機を剣で捻じ伏せ、フレディ機はロングレンジライフルを使って後方から敵の数を減らしていく。特に空中のエアドルートも牽制してくれるのはありがたい。


 無反動砲を構えたまま、絶え間なく挑んでくるエリテイルを的確に砲撃し、一機、また一機と撃墜。今なら、行けるか。わずかな隙を見つけたハーバードは再び要塞砲への攻撃を試みる。その瞬間、突撃銃による射撃に見舞われ、仕方なく砲撃を中止して盾で防御する。


「指揮官機……か?」


 その機体はエリテイルのように見えるが、各部の意匠が通常の機体と異なっている。よりシャープで研ぎ澄まされた外観。左腕には盾によく似た巨大な基部を装着している。おそらくエナジーシールドだ。アクトでエネルギーの障壁を形成する盾で、実弾、ビーム、近接武器問わず、あらゆる攻撃から身を守ってくれる。


 連合軍ではまだ試作の段階で実用化には至っていないが、帝国軍は遂に完成させたという話を耳にしたことがある。ただしその完成品とやらは莫大なアクトを消費するため使い手を選び、とても量産化できない代物だったはず。ここまで思考を巡らせたところでハーバードはこの眼前の相手が誰か分かった。


「分かったぞ。こいつは〈灰の氷壁〉か……!」


 無反動砲を指揮官型エリテイルに向けて発射する。砲の後方から燃焼ガスが噴き出し、砲弾が飛んでいく。指揮官型は左腕を構えて基部からエナジーシールドを展開した。やはり、とハーバードは思った。光の障壁は砲弾を受けとめ、発生する爆風を受け流してそのまま突撃銃を撃ってきた。


 〈灰の氷壁〉キーニス。バルダー要塞のアクトフレーム部隊の指揮官とされるパイロットだ。今までも要塞を陥落させるべく連合軍が兵を送ったことはあったが、すべてこの男の存在によって失敗に終わったという。


 〈灰の氷壁〉の特徴は先端をブレード状に尖らせた衝角のような盾を用いた近接戦にある。その盾で銃弾を防ぎつつ、スムーズに肉薄して盾と剣による近接攻撃を行う。シンプルだが無駄の少ない戦い方だ。盾がそのまま武器になるので装備変更時に生じる隙も減る。


 だが今はその代名詞とも呼べる盾がエナジーシールドに代わっていたため、ハーバードも気づくのが遅れた。他に指揮官型らしきエリテイルはいないので、まず間違いないはずだ。


 突撃銃から放たれた弾丸を盾で防ぎつつ、武装を変更。右腕の無反動砲をバックパックにマウントしてロングソードを抜き放つ。〈灰の氷壁〉は変わらず撃ってくる。ハーバードは意にも返さず盾で防御を固めたまま接近する。


 相手もハーバードの接近に合わせて武器を突撃銃からロングソードに持ち替えようとしている。だが遅い。そのまま剣を振り下ろす。〈灰の氷壁〉はその斬撃をエナジーシールドで受け流した。相手はまだ武器を変更する途中だ。反撃は来ないはず。そう高を括っていたのが誤りだった。


 ハニカム構造状だったエナジーシールドが形を変えて先端を剣状に尖らせたのである。〈灰の氷壁〉が受け流した動作から流れるようにエナジーシールドで突きを放ち、シアーフラムの胸部に迫る。操縦席狙いだ。ハーバードは久方ぶりに死の恐怖を感じた。その間にも手は反射的に回避動作を行っている。それは蓄積されてきた戦闘経験の賜物という他ない。


 咄嗟に蹴りを放って〈灰の氷壁〉が駆る指揮官型を押し退けつつ、スラスターを全開で吹かして自身も後方へ下がる。結果としてエナジーシールドの先端は胸部装甲をわずかに抉り取るだけに留まり、ハーバードは死から逃れることに成功した。


「……随分と便利なエナジーシールドじゃないか。近接武器としても使えるのか」


 呟いた後に、通信が入る。敵からだ。


「随分荒っぽい避け方でしたな。自分はキーニス・エスカルチャ。その機体から察するに連合軍のエースとお見受けする。貴方のような強者と戦えること、光栄に思います」

「やはり〈灰の氷壁〉だったか。ならば私も名乗ろう。名前はローウェン・ハーバードだ。悪いがこの氷壁、乗り越えさせてもらう」

「その名前、存じています。第8部隊の隊長と宿敵という、あの……やはり強者でしたか」


 このような名乗り合いは稀に起きる。相手が異名で呼ばれたり専用機に乗るようなエースパイロット同士だった場合は顕著である。それは長く続く泥沼の戦争の中で、人間に残された良心からくる一種の礼儀であった。


 〈灰の氷壁〉キーニスとハーバードを邪魔する者はいない。狙ってやっているわけではないだろうが、部下は部下同士で戦いを繰り広げている。ハーバードを援護していたリンドとフレディも、今は他のエリテイルと戦闘中だ。援護は期待できない。


 先に仕掛けたのは〈灰の氷壁〉ことキーニスだ。すでに武器は剣に持ち替えており、剣状のエナジーシールドとの二刀流でハーバードのシアーフラムに対して真正面から突っ込んでくる。一方のハーバードは動かずに受けて立つ構えだ。


 エナジーシールドを水平に振り、薙ぎ払うかのような一撃。ハーバードは剣を逆手に持ち、高速振動を切って左手を刀身に添えて防御した。新型のエリテイルと旧式のシアーフラムでは機体に出力差がある。両腕で支えなければ剣で受けても強引に押し込まれてしまうためだ。


 そして両腕でエナジーシールドを防いだため、左側ががら空きになっている。キーニスはそこに剣で突きを入れようとするが、それより先にハーバードがスラスターを吹かしてさらに距離を詰めた。キーニスの指揮官型エリテイルとシアーフラムが密着状態になる。


「……そこだ!」


 密着したことで腕の内側に入られた指揮官型は、いったん離れなければ盾でも剣でも攻撃できない。ハーバードはマウントしていたコンバットナイフを左手に持ち、横腹から操縦席を狙って突き刺そうとする。だがキーニスが機体の出力に任せて密着するシアーフラムを引き剥がして距離を取ったため、コンバットナイフは空を切った。


 こいつは強い。簡単に倒せなさそうだ。ハーバードは頭の中でただ、そう思った。

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