報われた想い
その後、ライラと俺は軍の方で保護されて軍の野営基地の方にまで運ばれた。そうしてヴァルガス帝国に行く前に一夜を過ごすことになったがライオネル様は忙しいようで、姿を見せない事にライラは寂しそうだった。
代わりにゆっくり話そうと提案すると喜んで自分について話してくれた。
「私ね、お外に出ちゃったの。お屋敷にいなさいって言われたのに、お勉強が嫌になって、少しだけって……でも、変なおじさん達に連れてかれたの」
「――怖かったな」
「私、悪い子だった……だから、攫われたの」
「――ちゃんと反省してるんだろ?」
「うん」
「それなら、これからは大切な家族を悲しませないように生きるんだ。そうすればいい。もう過去を悔やむことはない」
「――うん」
「大丈夫だ、ライラ」
しょんぼりとして見える姿に思わず優しく抱きしめると、ライラの方から擦り寄られ、頭をなでてやった。
「ライラはいい子だよ。悪い子じゃなち」
「――お兄ちゃん」
「ライラは強い。自慢の妹だ。お兄様にとっても、俺にとっても」
「……う、ん……っ」
涙が出てきたのか言葉が途切れはじめてしまったのを更に強く抱きしめ、ライラと最後だろう二人の時間を過ごした。
すっかり日が落ち、外が暗くなると疲れからかライラはすぐに虚ろになり、簡素なベッドに横たわり、その傍で寄り添って寝かしつけた。
(――やっと、終わったんだ)
穏やかな寝息にそう思った途端にライラの今後の姿を思い浮かべてしまう。殿下と親しい高位貴族ならば相応の教育を受けて後に令嬢として華々しくドレスを着て人々の前に姿を見せるようになるのだろう。
今まで苦痛のほうが多かった分、彼女には不自由のない人生を送ってほしい。
その時、俺は。
(父様、母様……っ)
もう二人はこの世にいない。処刑されたと聞いてもライラを守ることに頭が一杯で必死になっていた。
(会いたい……っ)
よくやった、と褒めてほしいのにもう誰もいない。
『母親と同じように苦しめて殺してや――っ』
彼女の言葉からどれ程苦しんで亡くなってしまったのだろう。ライラを守れたけれど、両親を守れないままに生き延びてしまった。
そう考えたら一度流れた涙は止まらなくて、嗚咽が聞こえないようにとベッドから離れてテントを出た。
「エリオット殿……?」
まさに今、入ろうとしていたのだろう。
涙でよく見えないけれど、白のシャツは見える。情けない顔を見られたくなくて、嗚咽を整えようとしても、すぐには出来ない。
「も、もうし、わけ……っ」
「――何があった。どこか、痛いのか?」
ひどく優しい声に尚更嗚咽が止まらなくて、首を横に振る。困らせているのが申し訳なくて彼のそばを通り過ぎようとしたら、手を掴まれてしまう。
どうしたらいいのか分からなくなって、その場で泣くしかできなくなった途端、体を抱きしめられた。
鍛えられた体は俺よりも大きく、厚みがあって父親によく似ていた。
「と、うさま……っ」
我慢しきれずに漏らした声に彼もわかったのだろう。頭の後ろを硬い手に撫でられて、心がじんわりと暖かくなって苦しい。
「良くやった、本当に……良くやってくれた……っエリオット……っ」
「――っぅあ゛……ぁああ゛……っ」
欲しかった言葉が紡がれて、喜びと、悲しみが溢れて、止まらなかった。ひとしきり泣いて、高ぶった気持ちがおちついてくるとようやく自分の状況を理解できた。
「ら、ライオネル、さま……っも、もうしわけ、あり、ません……っ」
「謝らずともいい」
「で、も……っお、おとこ、なのに、こんな……っ情け、ない……っ」
「──両親を殺された上、顔を焼かれ、体を甚振られるなど男でも耐え難い苦痛だ。それを貴方は何年も一人で耐えてきた。勇敢な貴方の涙を受け止められるなら、光栄だ」
逞しい体によく似合う、心の広さは彼の人格を思わせる。殿下に並ぶにふさわしい人にすがる自分は、とても勇敢には思えないけれど、彼は中々離してくれず、代わりに俺に優しく言葉を続けた。
「しかし、その声を他の者に聞かせるのは心苦しい」
それを聞いた途端に、ここがテントの外で、警備の兵がいるのだと思い出す。
「っは……っも、もうしわけ──」
「責めているんじゃない。貴方の声を他の者に聞かせたくないだけだ」
あの一件から彼はやたらと俺に対して好意的で、それは妹の恩人だからかと思っていたが、それとは違う何かを感じてしまう。それは勘違いだと思いたいのに、彼の柔らかい瞳に戸惑ってしまう。
「──中に入ろう。体が冷える」
そう言いながら俺を離してくれたけれど、背中には彼の手が寄り添っていて、中にはいるとすぐに濡れた頬を手で拭ってくれる。
女になったような、そんな扱いにどうしたらいいかわからなくて、彼を見るけれど、ライオネル様は微笑むだけ。
「早く休もう、明日も移動が長いからな」
「──はい」
「眠れなかったら私を呼んでほしい。どうか涙を流す時は私を傍に置いてくれ」
甘い言葉は俺にはもったいない。令嬢ならば恋に落ちただろう。
恥ずかしい気持ちからか、かすかに熱を持った頬を隠すように頷いて、急いで自分用に置かれた寝床に向かった。




