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正しく生きた先に  作者: まゆ


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5/9

楽園の崩壊と解放

 あの日の言葉が定かなのかはわからないけれど、変わらず虐げられる日々は続いた。それでも、ノイアの言葉が忘れられずいつもよりも気持ちは晴れていた。

 

 ライラへの報復を恐れて彼女への面会を避けていたが、あの日から見るノイアは少し違って見える。彼は何も思わない顔をしていたから見過ごしていたけれど、顔を出すのは決まって彼女の機嫌が悪い時だ。大抵そんなときは使用人や俺に当たる。それを彼は止めていたのかもしれない。そのおかげで必然的に俺達への折檻が早くに収まるし、彼女の機嫌はすこぶる良くなる。

 

 日に日に彼女のノイアに対するのめり込み様は目に見えて深まっていくがそれもすぐに終わった。突然王都が攻め入られたのだ。本来ならありえない話だが長い間王宮内に飼われた俺には外交的な話は全く分からないゆえに起こり得たことなのだろう。それに加えて王宮内には敵兵が忍び込み、爆発も起きた。


「早くして!私のお気に入りのものは全部入れるの!」

「それは無理にございます!」

「いいから早く入れなさいっ!」

「お逃げくださいませ!」


 わがままな殿下に使用人達が戸惑い、俺は動けないながらもライラの心配をしていた。そんなときにノイアが顔を出したことで彼女の視線が彼に集中した。


「ミネルヴァっ!!早く逃げようっ!」

「でも――っ」

「お前を失いたくないっ!」

「っわかったわ……っ」


 ノイアの言葉に従う彼女だが、俺には見えた。ノイアの瞳があの日と同じように力強い輝きを宿すことに。

 彼女が使用人達に命じる中、一瞬冷たい顔になり俺と視線を合わせたのだ。彼は何かを悟っている。そう心に思うと殿下へ向かった視線とともに、彼女と彼が出ていこうとすれば彼女はわざわざ俺に振り返った。


「貴方は残りなさいっその醜い顔で兵士も怯えるでしょう……っ!」

「急げ……っ!」

「っちゃんと足止めするのよ!」


 そんな言葉を最後に消えた彼女に俺は従うわけもなく、すぐさま部屋の中にある彼女の悪趣味の宝庫の中を漁り、細身の大きな鍵を見つけ出した。以前の訪問以来、やたらと俺を挑発しようとライラを示唆する嫌味に加えて、彼女が見せてきたものだ。


 『貴方が死んだらすぐにあの子供を連れ出してあげるわ』


 得意げに笑った顔が今にも蘇り、急いで扉に走った。両扉を開けると周りに人がいないことを確認して迷い無く走り出す。

 遠くで叫び声やら何かの音がして、時折隠れながらもライラの元に走った。道中兵士が少ないのが幸いし、そう時間もかからずに檻にたどり着いた。


「ライラ……っ!」

「お兄ちゃんっ外、すごい音がしたの……っ」

「今開けるっそこで待っていろ……っ」


 他の檻の奴らが何やら騒ぐ中、鍵を開けて中に入り、ライラを抱きしめた。彼女は前よりも大きくなったというのに体はあまりにも細くてこれ以上ここにいさせれば死が近いことは容易に想像できた。


「外に行こうっ走れるか!?」

「っが、頑張る……っ!」


 ライラと手をつなぎ、細い彼女のために少し速度を抑えながら走り出すと囚人達のヤジに晒されたが止まれなかった。階段を上がり地上に上がるが、そこにはすでに多くの兵士が待ち構えていた。

 

 ここに来るまでに以上に兵士が少なかったのは彼らの誘導だったのだと悟り、急ぎ彼女を後ろに隠すと、彼らの一人が前に出た。甲と鎧に覆われた体の隙間から覗く肌がライラと同じ色だと分かり、思わず目を見開いて驚くと彼は微笑んだ。


「ご安心を。貴方方に手荒な真似はしません」

「そ、れは……一体どういう――」

「とある方から貴方方を守るように命じられております。どうか我々と共に来てください」


 そう語りかけられ改めて見れば、一人も剣を取ろうとはせず、敵意のないことはよく分かった。誰の指示なのかはわからないが丸腰の自分に選択肢はなく、おとなしく彼らについていった。


「大丈夫、かな……?」

「大丈夫。何があっても守るから手を離さないようにな」

「――うん」


 そう話しかけて歩いていると先程話しかけた人物が先頭となって俺達をとある大きな両扉の先に連れて行ってくれた。覚えのあるその扉を開くと玉座のある王の間。一度も入ることが許されなかったそこに足を踏み入れ、赤い絨毯に習って歩いていくと玉座の前で彼が止まり、横に履けた。

 

 その先に兵士に左右を陣取られた陛下に並び、王妃と幼い王子、そして、赤く腫れ上がり、痣だらけで腫れ上がったひどい顔の王女の姿があった。

 彼女は他国からも美しいと称されるほどの美貌であったのにその面影はなく、俺達を見た途端に顔を歪ませて怒鳴りつけた。


「お前……っ!お前の、せいでぇっ!」


 立ち上がろうとするが縄によって後ろ手に縛り上げられた殿下は上から兵士に押さえつけられ、立ち上がれはしなかった。だが、ライラはひどく怯えてしまい俺は彼女の背を片腕に抱いた。


「ライラ、もう大丈夫だ」


 そう声をかけていると背後の扉が開き、重々しい鎧の音と足音が近づいたので振り返るとそこには褐色の男が神々しい鎧を身に着け近づいてくる。

 

 癖のある黒髪に赤色の宝石のような瞳。だが、その顔つきはノイアと全く同じで混乱のあまり声を出せない代わりにライラの困惑した声が響く。


「お、にい……さま……?」

「よく頑張ったな、ライラ」

「――っおにいさまぁあっ!」


 手を離れ走り出したライラを、彼は片膝をついて受け止めると力強く抱きしめた。その姿に混乱した心が一気に安堵の色に変え、不覚にも涙が滲んだ。


「おにい、ざまっおにいざまぁっ」

「よく耐えた……っ」

「ごめ、んなさぃ……っごめん、なさぃ……っ」


 彼の兄について、保護した時に話してくれた。ライラにとっていつも優しく、強くあった兄なのだと。まさか自国に攻めいった一人、兵士たちを従えるような立場の人とは思わなかったが、彼女が幸せになれると思うと俺は心残りはなかった。


 しかし、ひとしきり再会を喜ぶこの穏やかな空気を、彼女の声が切り裂いた。


「ふざけんじゃないわよっ!そんな子よりも私のがきれいなの゛にぃっ!ぃいっ!」


 醜い声にライラがこちらを見ると兄が何かを話し、彼が自ら俺の方へ歩み寄り前に立つと優しい声で話し始めた。


「ライラのためその身をかけて守ってくれたこと、心から感謝する。貴方がいなければ私が行く前に彼女は死んでいたかもしれない」

「わ、私は何も、していません。幼い彼女がどんな困難にも耐え抜いたからです。そんな彼女がいたから、私も耐えられたのです。それに、今までも貴方様に救われておりました……本当に、ありがとうございました」

「私にできたことなど貴方のしてきたことに比べれば小さい」

「そんな、ことは――」

「どうか貴方自身も、貴方の功績を認めてほしい。貴方は本当に、よくやってくれた」

「――はい」


 力強い瞳と優しい微笑みに、こんな顔で申し訳ないが微笑んだ。それに、彼は眉をひそめることもなく、俺に言葉を続けた。

 

「そんなあなたのためにも、とある方を連れてきた」

「と、ある、方……?」

「殿下をこちらにお呼びしろ」


 そう声を張ると兵士の数人が扉を開けてくれ、姿を表したのは明らかに我々とは品格の違う男性。並び立つ兵士とノイアが頭を下げて迎える彼の威厳を感じる鋭い瞳と端正な顔立ちに息を飲みながら頭を下げた。


 そんな俺を前にして彼は「これはひどいな」と呟いた。その声に顔を上げられないのに「顔を上げてくれ」と言われてしまい、恐る恐る顔を上げると彼は俺に名を教えてくれた。


「私はヴァルガス帝国、第二王子のサリヴァンだ」

「あ、お、お初にお目にかかります……わ、私は――」

「君の名前は、その顔が治ってから聞こう」

 

 そう言いながら彼は俺の頬に両手を添えた。


「身を委ねろ。すぐに良くなる」


 彼の手から輝きが放たれ、暖かなものに顔が包まれ、思わず目を閉じた。顔の痛みが引いてゆき、心地よさを覚えて身を委ねた。

 

 そして、両手が離れると彼がフードをおろしてしまい思わず顔を向けると小さく見開いていた。


「ほお、これは驚いたな」

「え、あの――」

「彼らにも見せてやってくれ」


 そうして、目の前から退いた彼の先に驚いたライラの声が響いた。


「すごいっお兄ちゃんの顔、戻ったよ……っ!」


 その言葉に顔を触るとはれぼったさなどなくなり、久しぶりに顔が軽かった。

 

 (顔が、軽い……っあぁ、本当に……戻ったんだ……っ)

 

 今までの苦しみが喜びとなってあふれ出して来て、思いのままに彼らに言葉を伝えた。


「ありがとうございます……ありがとう、ございます……っ」

「――っ」

「いや、まさかここまでとは――」


 バタバタとかけてきた足音ともに足にライラがしがみついた。


「お兄ちゃん、大丈夫?お顔痛い?」

「いたく、ない……っすごく、うれ、しいんだ……っ」

「よかったぁ……っ」

「ありがとう……ありがとう、ライラ……っ」


 抱きしめた小柄な体に感謝を伝えながら、俺と同じく涙を流し始めたライラを愛おしく思った。


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