固めた決意 (???視点)
暴力的な表現があります。苦手な方は不快な思いをさせてしまうと思いますので、お読みの際はご注意ください。
うす暗く静まり返る廊下に彼女のヒールの音はよく響いた。彼女を止めたかった使用人は頭を下げて、王女の夜間の外出を止めることはできない。
あの扉の前につき、彼女は眉を顰めていたが俺が先導して手を取れば、頬をかすかに赤らめて中に進む。そして、初めてその部屋が何なのかを見た。
異臭の漂う中には檻が並び、簡素な服しか与えられていない罪人らしき者たちが収監されていた。しかも、ミネルヴァを見る彼らは顔を歪めて彼女を殺さんとばかりに睨むのだ。
そんな中を赤らめた頬で歩く彼女は気持ちの悪いものだった。そして、やっとたどり着いた先にいたのはあの醜い男。ローブのおかげで顔はよく見えないが、檻の中を隠すように立っている。ミネルヴァは俺の手を離すと前に出て、扇で口元を隠すと男を見下ろした。
「あら、本当にここにいたのね」
男は顔を伏せながらも檻の中を一向に見せようとしない。ここに来るのは想定外だったのだろう、彼女の命令になかなか答えようとはしなかった。ようやく、その背後を見せた途端、懐かしい記憶が呼び起こされた。
『おにいさまっ!』
呼びかけるライラの柔らかな頬はコケてしまい、髪もあれだけ柔らかいウェーブだったのに痛みがひどく遠目に見てもひどく荒れてしまっていた。
それでもあの宝石のような淡い瞳は輝きを失っていなかった。
「こんな子のどこがいいのかしら。薄汚れた肌なんて触れたくもない。瞳はえぐり出せばきれいでしょうけれど……ねぇノイアもそう思わない?」
「――そうだな」
背後で握りしめた拳でミネルヴァを殴り殺してやろうかと考えた。ライラを甚振ったらしいその男も、ここで殺してやりたくて仕方がなかった。
だが、そんな俺の気持ちを無視してミネルヴァは想定外の行動に出た。普段から持ち歩いていたのかドレスの中に仕込んだ薬を投げやがった。
距離が遠くてとても間に合わない。だが、それをあの男は受け止めたのだ。
「お兄ちゃんっ!!」
「――っ下が、ってろ……っ」
ローブが濡れ、液体の掛かった肌が痛むのか唸り声を漏らしている。それでも彼はライラを守ろうと耐えたのだ。
「あらやだっ体まで醜くなっちゃったわねぇ?」
そんな彼を罵る彼女から語られた言葉からこの男がライラのために奴隷に堕ちたのは容易に想像できた。
全く違う人種の、赤の他人。そんなライラのために彼は顔も体も全てをかけて救ってくれている。ライラの瞳の輝きが生きているのは間違いなく、彼のおかげだ。それなのに、猶も彼はその場に頭を伏せ、額を地面につけてライラの帰国を懇願したのだ。顔が床にめり込むように靴で頭を押し付けられ、何度も何度も踏まれても彼は懇願した。
そんな彼の姿を哀れなどとは思わなかった。
誰よりも勇敢で、尊い。
剣で守ることしか頭にない自分とは違う形で命をかけてライラを守る姿に誰にも感じたことのない気持ちの高ぶりを抑えられなかった。
今すぐにでも彼に手を伸ばしたい。
そんな気持ちを抑えてミネルヴァを連れ出した。
「あの男はねぇ、昔はとても顔が良かったの。だから、この私の従者にしてあげると言ったのに、あんな子がいいって言うの。そんな彼に相応しい顔にしてあげたけれど、ふふ……っあの体じゃ、もう死んじゃうかもしれないわね」
ひどく楽しげな声は俺の憎悪を掻き立てる。
あの男は彼女が気に入る程に見目が良かったにもかかわらず、それすらも利用しない誠実な人間だったらしい。そんな人間を玩具のように食い漁る様はまさに悪魔だった。
「あの子の瞳は素敵だから、片方は抉って、そしたら、彼と同じ薬を――」
これ以上、耐えられなかった。殺したい気持ちを抑えて、半ばぶつかるように奪った唇は、すぐに応えるように舌を伸ばして、媚びてきた。
この悪魔を一時でも黙らせることが出来るなら安い。そう何度も頭の中で繰り返して耐えた。そのまま、寝室に誘い、思いやるように水を用意させたが、手渡された後に隠し持っていた睡眠薬を混入させた。数少ない貴重な薬は調査のために使う物だったがそれも厭わない程に彼のもとに行きたかった。
簡単にドレスを脱がせれば眠気で目がうつろい、ひどく憎たらしい顔を緩ませて眠りについた。起こさぬように慎重にしつつも、簡単にブランケットをかけてすぐに行動に移した。一度与えられた自室に立ち寄り、万が一のためと持たされていた高度な薬。呪いに精通する彼から貰い受けたそれは、呪いを強制的に解除する力を宿したものだ。
悪趣味にも呪いに興味を持つ王女には最大限警戒をしていた。そのためのものを手に同じ道を辿っていくと、ローブをはおった彼が壁に持たれて倒れているのを見て血の気が引いた。
「薬品が掛かった場所はどこだ……っ!?」
この国に来て初めて自分らしく話したと思う。幸い彼は大人しく従ってくれ、腕と足を見せてきたがそのあまりの細さに内心驚いた。骨が見えるほどにやせ細った彼はどれ程の苦痛を耐えたのかと思うと胸が苦しい。
ライラのために手の中に収まるような小袋に入れた菓子一つを持ち出してくれたのに、俺が彼女に告げたせいで苦しめてしまった。
「どうして……あ、なたが……?」
顔ばかりを見ていたせいか、彼の声を初めてちゃんと聞いた気がする。とても優しい声は彼の人格が現れている。
これ以上彼を苦しめることを許せないと、決意を固めた。
「――もう少しだ」
「え……?」
「間もなく、終わる。それまで耐えろ」
口にした言葉は嘘だった。ライラの救出計画など見つかった今、まだ先の話だ。だが、彼の命が失われる前に終えねばならない。
必ず、ライラと共に彼を救い出す。
そして、彼を知りたい。
彼の本来の顔も、全て。




