衝突
「な、なんだよこれ?」
左腕を振ってみる。
ちゃんと自分の意志どおりに動くし見え方に違いはない。
紛うことなき自分の腕である。
「いやいや、どういうことだよ!?」
自分の状況に頭が追いつかず頭を抱える。
左腕のこともそうだがさっきまでボロボロだったのに普通に今立てていることだとか、あのぬいぐるみモドキはどこ行ったんだとか、とにかく双一を助けなきゃとか、あまりにも考えることが多く脳の処理速度を遥かにオーバーしているため軽く目眩がする。
「そうだ、双一は!?」
そしてふと双一のことを思い出し赤鬼を見る。
赤鬼も俺の豹変ぶりに少なからず動揺しているのかそれとも警戒しているのか、こちらを伺うように動きが止まっている。
(なんか分からんが今がチャンスだ!!)
その止まったままの赤鬼に向かい足に力を込め一歩踏み出す。
「うおっ!?」
すると普段では考えられないほどの速度で赤鬼にぶつかり、その衝撃で赤鬼はぐらつき双一を握っていた手が緩んだのでそのまま抱え一足飛びでまた距離を取れた。
「なんなんだこの力。すげぇ」
人間の能力を遥かに超えた身体能力に自分自身で驚いた。
先程もあの速度で人や壁にぶち当たったら本来なら軽い怪我では済まないダメージを負うはずなのにそれすらまったくない。
「たぶんあのぬいぐるみモドキか原因なんだろうけど、今は考えるのは止めだ」
今はこの人外の力に感謝だ。
これでまともにやり合える、はず。
「あーあ。やっぱりるなの予感当たっちゃったぁ」
カツン、カツンっとゆっくりした足取りで階段を降りてくる少女はつまらなそうな顔をして俺を見る。
「知らないままでいたほうが幸せなのにカクセーしちゃってさ。『ヒャッキ』との戦いって、るなヤなんだけどなぁ」
はぁと深くため息を吐き、るなはうつむき両手で顔を覆う。
「い、嫌だって言うならここは見逃してくれていいんだぜ」
さっきまでの狂気じみた気配がない彼女に俺は今なら会話ができるのではないかと思い話しかける。
しかしるなは顔を上げずうつむいたままで返事はない。
「く、くくっ。くくふふふっ」
低い笑い声とともに彼女の体が震えだし、その異様な行動に背筋がぞわりと撫でられたような感覚になり冷や汗が頬を伝う。
「ヤなんだよなぁ。だってさぁーーー」
顔を覆っていた両手が離れ顔を上げた彼女を見てゾッとした。
「おんなじ『ヒャッキ』だとさぁ、もうなぶったり手加減できなくなっちゃうじゃん♡」
歯をむき出しにし狂気じみた笑みを浮かべている彼女は、まさしく人外のようでありとても年下の少女とは思えなかったからだ。
「アッキー、もう加減しなくていいよ。まずはそのお兄ちゃんからヤっちゃお♪」
「グルルアァァァァッ!!」
彼女が俺を指差し赤鬼に命令を下した。
赤鬼はそれに呼応するように雄叫びを上げると拳を振り上げる。
すると元々丸太のように太かった右腕が筋肉でさらに太くなり、まっすぐ俺に突っ込んでくる。
「くっそ。やるしかないか」
話し合いはもう無意味と知ると俺は双一を抱え直し横に飛んだ。
赤鬼は俺がいた場所を拳で撃ち抜くと床が吹き飛び、大きなクレーターが出来ていた。
(あの化け物、さっきまであれで手加減してたのか!?)
今までの威力とは桁違いなパワーに内心驚愕しながらも今の状況を冷静に考える。
(ひとまず双一をなんとかしないと。このままじゃジリ貧ですぐに詰んじまうな)
双一を抱えながらというハンデがあるため逃げるにしても戦うにしても厳しい現状に辺りを見回す。
(……仕方ないな。怪我させたらあとで謝るか)
覚悟を決め俺は全速力で赤鬼……ではなく、るなの方に突っ込んでいく。
赤鬼と戦うよりそれを指揮している彼女を倒す方が早いと思っての行動だ。
「ちっ。アッキー、るなを守って!」
予想通り彼女は自身を守るために赤鬼を呼び戻す。
俺はにやりと笑い、急ブレーキを掛けて左手を床に思い切り叩きつけた。
「なっ!?」
赤鬼ほどのパワーはないにしても床はひび割れ砕け、粉塵を辺りに巻き起こし煙幕を張った。
彼女もこちらを攻撃してくると思っていただろうが俺の行動は計算外だったのかすぐに行動できずにいた。
その隙に俺は双一を近くの窓から思いっきり投げ捨てた。
(これで身軽になれた)
守る対象がいなくなり体が空いたのでこれでようやく戦える。
俺は少し距離を置いて煙が晴れるのを待つ。
「あっれー? てっきりふたりとも逃げると思ってたのに」
「逃げたところでどうせ追っかけられてすぐふりだしだろ?」
「うんそうだよ。手間にならなくてよかった。あっちのお兄さんはキミを殺してから食べればいいからね」
赤鬼の腕の一振りで煙が一気に晴れ、るなは殺意の笑みをこちらに向ける。
俺も構え、臨戦態勢をとる。
「だから双一を逃がしたのを見逃したってことか?」
「るなね、好きなものは最初に食べちゃうの。だけどお兄さんは食べちゃうのがもったいないくらいだよ」
体は熱く、けれど頭は冷静に。
呼吸をゆっくり取り込んで。
「でももうダメ。待てない。タベタイたべたい食べたい」
舌なめずりし頬を上気させるなは恍惚とした表情を浮かべる。
その顔は歳に不釣合いな蠱惑さを帯びており、こんな状況でなければ見惚れてしまいそうなくらいだ。
そんな彼女に呼応するように赤鬼も前傾姿勢になる。
「あっきー、ヤッちゃえ♪」
その言葉を合図に俺と赤鬼は同時にお互いに肉薄し拳と拳をぶつけ合った。




