逃走
「冗談じゃねぇ。あんなバケモンとまともにやり合うほうがどうかしてる」
俺は向かってくる赤鬼に背を向けて双一をおぶりながら階段の方へ走る。
先程吹き飛ばされたことで階段に近い場所にいたため、奴が攻撃するより先に逃げられるはずだ。
「ゴガアァァァァァッ!!」
咆哮し拳を振り下ろす。
図体がでかいからかパワーはあるが動きは単調だ。
予備動作さえ確認できれば手立てはある。
「よっと」
階段にたどり着いたと同時に拳が壁に当たり、まるでクッキーかと思えるほどいともたやすく粉々に粉砕される。
「とにかく距離を取らないとな」
階段を降りてすぐに出入り口に向かう。
向こうはそこまで速いわけでは無いがこっちも双一をおぶっているため素早い動きができるわけじゃない。
(それに、あの映像のこともあるからここを離れないと)
双一がこの廃ビルで殺される幻想映像。
未だにあれが自分の妄想によるものなのかお告げ的なものかは分からないが、ここにいるとマズいことだけは感覚で分かるため一刻も早くここから離れたい。
「わりぃな、白鐘」
「こっから出れたら奢りだかんな」
「1000円以内でおなしゃす」
弱々しい声で謝る双一に俺は軽口で返す。
出入り口はもうすぐそこだ。
奴が近づいている気配らしきものはないし、このままなら逃げ切れる。
そんな安堵感からかほんの少し気を緩めた瞬間ーーー
「なっ!?」
轟音が響き出入り口前の天井が崩れ、煙が辺りに立ち込める。
そしてその粉塵の中から風を切るように赤く丸太のような太い腕がこちらに襲いかかってくる。
(やばっ。避け……無理だっ。でも動け身体っ!)
思考は数瞬。足に力を込めバックステップをするが、ほんの少し防御の構えを取った腕に掠ったようで俺たちは回転しながら思い切り吹き飛ばされた。
「げほっ!?」
掠っただけなのに大型のトラックに轢かれたと思ってしまうような衝撃と痛みが体中に走り吐血した。
体が動かそうにも動けず、顔だけ出入り口に向けると粉塵が晴れた中、赤鬼がそこに立っていた。
どうやら俺たちを追いかけると間に合わないと判断し床をぶち抜いて最短距離で来たようだ。
「は、はは。嘘だろオイ」
赤鬼のなんとも脳筋的な発想に、俺は乾いた笑いしか出てこない。
「そうだ、双一は!?」
顔をあちこちに向けると最悪なことに赤鬼と俺の中間にいた。
「双一! おい、双一!!」
「う、うぅ」
俺が叫ぶように双一に声をかけると微かにうめき声を上げるが返事がない。
どうやらほぼ気を失っているのだろう。
(だけど、これはかなりマズいっ!)
俺の脳裏にあるのはあのときの映像。
まさに今の状況が視ていた景色にほぼ似ているからだ。
「グゥガァァァァッ」
赤鬼は低い唸り声を上げて双一に近づく。
「おい待てよ。バケモン、俺からだ。俺からかかってこい」
あらん限りの声を張り上げて赤鬼に吼えるも声が思うように出せず、赤鬼は俺のことは無視して一歩、また一歩と距離を詰める。
「待てっ、て言ってん、だろ」
俺は体を無理やり起こそうとし腕を支えに立ち上がろうとしたがどれだけ力を込めても腕が動かない。
「……は?」
ちらりと腕の方を見ると防御した左腕は見るも無惨な形にひしゃげていた。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
その状態を視認するとようやく脳が認識したようで。グチャグチャにされた腕周辺は真っ赤に熱した棒を入れたように熱く、激しい痛みに俺は叫び声を上げてしまう。
(痛い。痛いけど違うだろ。今は叫ぶよりもやらなきゃいけないことがあるだろっ)
激痛の中俺は自分を鼓舞し、限界を超えた体を引きずり双一の下へ向かう。
それでもやはり俺が動くよりも早く赤鬼が射程圏内に入ってしまった。
「グルルルルルッ」
「や、止めろ」
俺の静止の声も聞こえていないのか双一を掴み、大口を開け今まさに食べられそうになっている。
「止めろーーー!!!」
『キュルルルッ』
「え?」
なにかの音が鳴り、赤鬼の動きがピタリと止まった。
音、というより鳴き声に近いそれは俺の近くから聞こえた。
首を動かしてみると視界にもぞもぞと動くモノが見えた。
『キュル、キュルルルッ』
それは今まで鞄に潜り込んでいたあのぬいぐるみモドキだった。
こいつ、鳴けるんだという場に相応しくない感想が頭に浮かんだがそんな俺の思いなど知る由もないぬいぐるみモドキは赤鬼に威嚇(?)するような声を出したあと俺の方に振り向く。
『キュゥゥゥッ』
「・・・・・・?」
そいつと目が合う。
表情は変わらないのにその瞳と声音から何かを逡巡したように揺れているのがなんとなく分かって。
『キュウルルルルゥッ』
だけどそれも数瞬で、ぬいぐるみモドキは覚悟のような雄叫びを上げると俺に向かって飛びついてきた。
「なっ!?」
瞬間、ぬいぐるみモドキから光が迸り、辺りは真っ白な閃光に包まれた。
『ゴメンネ』
ふと、脳内に誰かの悲痛な謝罪の声が聞こえた気がした。
しばらくして光が収まると俺は体に違和感を覚えた。
痛みによる熱とは違うナニカで体が熱い。
先程まで指一本動かすのも辛かったのにそれが今ではそれがなにもない。
ゆっくりと体を起こし、俺は熱の根源である左腕を見る。
ぐちゃぐちゃに潰れていた腕は完全に治っていた。
いやーーー
「なんだ、これ?」
俺の左腕は夜より黒い闇色をした異形の腕へと変形しており、呼吸しているように脈動していた。




