戻道
「うーわー。マージでかー」
ほぼ丸1日ヴァンたちのマンションで寝て(ちなみに姉にはヴァンからどうやったかは知らないが話をつけてくれたみたいで、夜に外出した件なども含めてのお仕置は不問とされた)いつものように朝早くに学校に着いて思わず声を漏らした。
ほぼ全壊と言って差し支えないほどめちゃくちゃになっていた校舎、グラウンド、その他もろもろの施設がまるで何事も無かったこのように修復されていたからだ。
もちろん朝練できている生徒や教職員もあれだけのことがあったことなど知る由もなく、普段と変わらない日常を過ごしていた。
「白鐘くーん。君がいないと私たちは食事も何も出来ないことを考慮して欲しいものだよ」
「俺が休んだ心配より自分たちの心配ですか」
生物準備室で動物たちと望月先生に餌付けをする。
彼女たちは本当に食事を摂っていないようでものすごい勢いでガツガツと貪り食っていた。
(俺が来るまでこの人どうやって生活していたのかものすごく気になるな)
「ふぁふぃふぁふぇ?」
「・・・・・・なんでもないです。ちゃんと噛んで食べてくださいね」
この人のダメっぷりに呆れながら熱いお茶をカップに注ぎ先生の近くに置く。
置かれた瞬間に彼女はカップを手に一気にそれを喉に流し入れた。
「あっちょ、それまだ淹れたてっ」
「ぷはーっ。やっと一息ついたよ」
俺の制止を無視しにこやかに飲み干した先生に呆気にとられてしまった。
「どうかしたかい白鐘君」
「あ、いえ。先生に何もないならなんでもないです、ハイ」
「うーん? まぁ、何もないなら構わないよ。それでは私はシャワーを浴びてくるとしようか」
頭にはてなマークを浮かべる先生に、俺はそれ以上何も言わずにいるとしばらく不思議そうにこちらを見たあといつものシャワー室へと向かって言ってしまった。
まぁ熱いのとか辛いの得意な人っているだろうし先生はそういう類の人なのだろうと納得することにした。
「ほーら。お前らも水分もちゃんと取るんだぞ」
水の入った器を複数置くと動物たちはそれも一心不乱に飲んでいった。
(そういえば、校舎とかのモノはそうだけどこいつらはなんで無事なんだ? 誰か保護してくれたのかな?)
「浴びてきたぞー。いつものように髪を整えてくれたまえー」
俺が疑問に思っていると髪から雫がぽたぽたと滴り落ちながら部屋に入りドライヤー片手にソファーに座った先生によって思考が断ち切られてしまった。
「あのですね、それくらい自分でやってと何度ーーー」
と途中で言葉が途切れてしまった。
ソファーに座り見下ろす形になったためか胸の谷間がモロで見えてたり、その間に水が溜まっているのを確認できてしまったからだ。
何度も言うが、俺だって思春期真っ只中の高校生男子。
人並みにそういうことには興味があったりするもんだ。
「くっふふふ。視線でバレバレだぞ」
「うっ」
こちらを向いてもいない先生がすっと俺にドライヤーを渡してくる。
これは暗に黙っててやるからやれと言っているのだろう。
弱みを握られてしまった俺にはもう選択権も拒否権もなく、渋々それを受け取り先生の髪を乾かす。
「そーいえばね」
先生の髪は長く毛量も多いため指を入れ奥までドライヤーを当てていると、彼女はポチポチとスマホを弄りながら口を開いた。
「猫宮君たち姉妹、先日事故に巻き込まれたらしいのよね」
「あぁ。そうらしいですね」
ヴァンに全てを任せていたが、後から聞いた話ではどうやらそういう「処置」をしたとかで記憶が改ざんされたとか。
さらっと某黒服の調査員みたいなことが出来ることを笑顔で言うものだから心底寒気を覚えた。
そんなやり取りを思い出しながら俺は知らぬ存ぜぬを貫くため適当に相槌を打つ。
「奇跡的にすぐに回復して君と同様今日から登校してるらしいからお昼辺りに挨拶でもしてきたらいいさ」
「別にいつも挨拶はしてますし、わざわざ改まってする必要ないんじゃ」
俺の言葉に先生は肩をすくめ大袈裟にため息を吐いた。
「やれやれ。これだから鈍感系主人公ってやつ、わ!」
ふぅやれやれと言わんばかりの態度で尚もスマホを操作しつつ苦言を呈してくる。
「いいかい。彼女たちは軽微とはいえ事故で心身を傷つけられた。そんな弱ってる時に優しく甘い言葉を掛ければどうなると思う?」
「どうなるんですかおしえてくださいもちづきせんせい」
完全なフリにあえてノってあげる。
でなければ今以上にめんどくさくなる予感が『予知の映像』を見ずとも分かってしまう。
「そりゃもう一気にフラグビンビンに立って姉妹ハーレムエンドルート解放、てなもんですなー」
「今度はどんなゲームに毒されましたかー?」
「昨日のゲームはシナリオよし、エロシーンよしの超良作だったね」
「さいですかー」
大体そんなところだろうなと思った。
その後も先生によるエロゲー・・・・・・もといギャルゲーがいかに素晴らしいかを髪が乾き切るまでの間ずっと聞かされていたのである。
ーーーーーーーーーー
「あっはっはー。それは災難だったねー」
「白鐘凛、不憫。頭をなでなでしてやろう」
お昼休み。
先生の話を鵜呑みにしてはいないがあれから会っておらず、容態が気にかかっていたので2人を誘って食堂に来ていた。
未来も天先輩もいつもと変わらずの様子を見れて内心ほっとしている。
「でもびっくりだよね。あたしたちが帰宅途中で事故にあったところで偶然通りがかった凛が助けてくれたんだってね」
「・・・・・・そう。白鐘凛には感謝している」
「いや。本当に偶然だっただけだし、助けるのは当たり前だろ?」
こちらもヴァン曰く色々と「処置」はしており、俺が2人を助けたってことになっているようだ。
事前にそういう話を聞かせれていたので俺はそれに合わせて会話をしていく。
嘘をつくことには多少罪悪感があったが、要らぬ心配や危ないことを思い出させないように配慮する方に専念した。
ふと視線を感じその方を向くと天先輩がこちらをいつもの気だるげながらも何かを探るようにこちらを凝視していた。
「あの、天先輩。なにか?」
「・・・・・・んーん。なんでもない」
話しかけるも天先輩は首を横に振りまたこちらを見つめる。
彼女の奇行は今に始まったことではないが今日に限っては何か腑に落ちないという表情をしているように感じた。
(いや、無表情だからどうか分からんがな)
だが、そのことに触れてもおそらく「なんでもない」としか返ってこないだろう。
天先輩もなかなかに頑固なところがあるし、本人が納得するまでは口にはしないタイプだから聞くだけ野暮というものだ。
こちらが聞かずとも彼女的に筋が通れば喋ってくれるだろうし、それまで待っていよう。
「・・・・・・なぁ。なんで誰も俺の話題を出してくれないわけ?」
「うおっ!?」
急に肩を叩かれ思わず驚いた声を出してしまった。
振り向くとそこには入院していてここしばらく学校に来てなかった双一が涙目で恨めしそうに立っていた。
「あ、瑚々無くんだ。やっほー」
「・・・・・・久しぶり、少年」
「先輩、俺の事完全に忘れてましたよね」
「・・・・・・勘違い」
「ちくしょう。なんだよ皆さぁ。入院してる間だーれも来てくんねーしさぁ」
「あー」
二重の意味でさめざめと泣く双一。
ここのところ『百鬼』関連でバタバタと慌ただしかったから記憶からすっぽり抜けていた。
「それどころかクラスの奴らも、担任ですら「あれ、いつ来たのお前?」みたいな微妙な表情で誰も喜んでくれねーし。俺が何したってんだよぉっ」
俺の隣の席に座り黒いオーラを全身から漂わせ俺をじーっと睨む。
「あ、え、えーっと。あ、そう言えばさー。今度商店街に新しいショップが出来てね。出来たら凛と瑚々無くんも一緒に行こうよ。ね、お姉ちゃん!」
「う、うむ。そうしよう」
そんな双一に気遣いミクは今度できるというお店に行こうと提案し、天先輩もそれに同意する。
そして猫宮姉妹両方から「行くよね?」という無言のメッセージをこちらに目で送ってきた。
「ま、なら双一と猫宮姉妹の快気祝いも合同でやるってことでな」
「っしゃおらーっ!! 美人姉妹とデートじゃヒャッハー!!」
先程までのどん底不幸オーラはどこへやら。
双一は席を生き良いよく立ち上がりガッツポーズをした。
「いや、デートとかそんなんじゃーーー」
「調子に乗るのはいけない・・・・・・」
双一のデート発言に顔を真っ赤にしながら時折チラチラとこちらを見て否定するミクと、氷点下の目で冷たく言い放つ天先輩。
そんなことなどお構い無しに、やつは変なダンスを踊り喜びを表している。
そんな光景を見ながら俺はあの時の死闘から嘘のような日常に戻ってきたと思い人知れず微笑んだ。
と、その時ポケットに入れているスマホのバイブ音が鳴った。
それに気づき画面を開くとそこにはヴァンからのメッセージが1件表情されていた。
『すまないが、今日の夕方に我が家に来てくれないか。話したいことがある』




