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格差

「ホホッ。まさかヌエとなった大蜘蛛をたった2人の小童だけで倒すとは。予想外じゃったわい」


 目の前にいる老人は俺とるなを見て楽しそうに喉を震わせ笑う。

 それだけのはずなのに背筋に氷を突っ込まれたかのように冷たく、それでいて汗が吹き出すのが止まらない。


「じゃが・・・・・・なんとも小さい核じゃて。ヌエになるまでに食うた質も量も、なんなら遣い手も粗悪品じゃしこのようなものか」


 老人はつまらなそうに手に取った『百鬼』の核を少し手の平で転がしたあとそれを口に放り込みゴクリと飲み込んだ。


「やはりのぅ。所詮出来たての3流ではな。腹の足しにもならんて」


 ふんと鼻を鳴らし呟く老人に俺は先程の恐怖など忘れ自分でも知らぬ間に『百鬼 』を発動し、拳を振り上げ殴りつけていた。


「取り消せよ、今の言葉」


 そこまで親しいわけではない。

 それこそ今の今まで死闘を繰り広げていたばかりの敵であった。

 だけどほんの少しでも話をした、出会った真闇のことをバカにされるのは我慢ができなかった。


「・・・・・・ふむ。良い拳撃じゃ」

「なっ!?」


 だが俺の拳は老人の左人差し指1本によって軽々と止められ顔面を捉えることはできなかった。


「成る程成る程。中にいるのは貴(・)様(・)か。それに小童の力もまた特異なことよ」

「はな、せよこの、ジジィ!!」


 今度は蹴りあげようと脚を振り上げるがまた人差し指だけで止められた。


「くっ! このぉっ!!」

「ほっほっ。童はこれくらい元気があるほうが良いのぅ」


 何度も蹴りや拳を繰り出すが、どれも笑って簡単に受け止め、いなされていく。

 あれだけ強力な大蜘蛛にすら通じた攻撃が、この細身の老人にはまるで歯が立たない。

 まさしくこいつにとっての俺の攻撃は児戯にも等しい行為でしかないようだ。


「ほれ、これはどうじゃ?」

「っ!?」


 ノイズと共に俺の顔面が破裂し吹き飛ぶ映像が見え、それと同時に首を横に全速で傾けると頬をなにかが掠めた。

 掠めた部分が熱く、液体が滴り落ちるのを感じた。

 どうやら避けきれずに皮膚が裂かれ血が出たのだろう。


「ほっほっほっ。手を抜いたとはいえ避けおったわ。反応とは違う。これは未来予知かのぅ?」


 自身の攻撃を避けられたのにも関わらずくっくっと楽しそうに笑う老人。

 その間も何度もジャブのように何度も即死級の攻撃を繰り返し放たれるのを予知で察知し避け続ける。

 だが視えてから避けるためその度に反応に遅れ、身体がついていかずあちこち肉を削がれて体力を消耗させられていく。


「凛から離れろ、外道がっ!」


 老人の攻勢に手も足も出ず逃げることもできずにいる俺に、奴の真横から現れたヴァンの掌底が脇腹にヒットし吹き飛び、その隙にるなを抱きかかえすぐに全力で後退した。


「大丈夫か、凛」

「あぁ。助かったぜヴァン」


 ヴァンもすぐに横に来て体制を立て直す。

 老人はヴァンの直撃を受けたにもかかわらずまるで意に介しておらず、打たれた箇所を手で軽く払うくらいだった。


「ふんっ。生身の攻撃しかしてこんとか本当につまらんヤツめ。本能に蓋し使命から逃げ出す臆病者に用はないわ」


 ヴァンに対してしっしっと小虫を払うような仕草を見せる。


「だったらこれならどうかね?」


 ふっと上空が薄暗くなり地面に影がさした。

 上を見上げるとそこには数メートルはあろうバカでかい棒、いや腕が宙を浮いていた。

 恐らくあれがヴァンの『百鬼』なのだろうが、あまりの規格外な大きさに俺はただ呆然とそれを見上げることしか出来なかった。


「ふんっ!」


 ヴァンは掛け声とともに右腕を振り下ろすと中空にある腕も同じように落下し老人目掛けて押し潰した。

 地面と衝突した巨腕の一撃で豪風が吹き荒れ、地面は大きく陥没した。


「ぐぅっ!?」


 俺はるなが吹き飛ばないようにしっかり守り、こちら自身も飛ばされないように必死に踏ん張った。


(なんて威力だ。俺の最大威力の拳とレベルが違う)


 物量は大きければそれだけ攻撃力は増す。

 当たり前ではあるがいざ目の当たりにすると今の力がどんな敵にも通じると勘違いしていたのが少し恥ずかしく思う。


「やった、のか?」


 土煙が舞っているため老人の状況が分からずヴァンに聞く。

 彼はこちらに顔を向かず敵を見据えながら口を開いた。


「これしきのことでやれるのであれば苦労はしないのだがね」

「ぬるい。温すぎる」

「嘘、だろ?」


 土煙の向こう側で老人の声が耳に響く。

 少しして視界が晴れるとそこには驚愕の光景があった。

 それはヴァンの出した『百鬼』の巨腕を片手で掴んでいる奴の姿があった。


「儂相手に手加減ができるほどいつから貴様は偉くなったんじゃ?」


 俺には充分に強力なヴァンの一撃でもあの老人には傷どころかダメージすら与えられていないことに自分の事のようにショックを受ける。


(今のでまったくダメージがないってことは、このままじゃここにいるみんなーーー)

「【儂は、誰じゃ? 】」


 短く呟いた老人の言葉に上から重く見えない何かが降り掛かり、俺は押し潰されそうになった。


「がっ、ぐぅっ!」


 すんでのところで左腕を支えになんとか膝をつき持ちこたえたがそれ以上身動きが出来なかった。

 ヴァンは流石に踏ん張っていられたようだが、俺同様に動くことは困難なようでその場で立ち尽くしていた。


「・・・・・・ほぅ。まだ儂の言霊に耐えられるだけの気概は残っておるようじゃな」


 俺たち、主にヴァンを見ながら予想外に持ちこたえている現状を見て片眉を上げ少しばかり評価を改めたように感じた。

 だがそれで何かが好転した訳ではなく、状況は再び最悪なことに変わりはない。


「まぁよいわ。朝日も登ってきておることじゃし面白いものも見れた。幕引きにはちょうど良かろうて」


 そう言いながら老人はこちらをちらりと視線を送りながらくるりと俺たちに背中を向けて歩き出した。

 それと同時に身体を押さえつけている圧力が消えたのを感じ俺は立ち上がる。


「待ちやがれ。お前いったい何者なんだよ」


 本来留めるべきは危険なのは百も承知なのだが、どうしてもそれだけは聞きたくなりつい口から言葉が出てしまった。

 老人はピタリと歩みを止めこちらに振り向いた。


「そうじゃな。名を言わぬは無礼じゃったか」


 不敵な笑みをして老人はさらに口を開き言葉を紡ぐ。


「儂の名はぬらりひょん。今後とも何かと縁もあろうて。それで、主の名は?」

「・・・・・・凛。白鐘凛だ」

「ふむ。その名、覚えておこう」


 視線を逸らさずお互いに名乗りをあげる。

 数秒目を合わせあったあと老人、ぬらりひょんは踵を返し朝日の陽光とともに蜃気楼のように揺らめき消えていった。


「・・・・・・ふぅ〜」


 しばらく警戒したがもう何の気配もしなくなったのを本能で確信し俺は『百鬼』を解除し地面に倒れた。


「もう、本当に精も根も尽き果てたよ」


 声を出すのも億劫で出てくる言葉も弱々しく、それだけ消耗しきったことを自覚する。


「良く耐えてくれた、凛」


 ヴァンは俺に微笑みかけるとるなを胸に抱き上げ、俺も背負うという見た目アレな格好になりながらも助け起こしてくれた。


「さぁ、とりあえずここを離れよう。ここから先は処理班に任せようじゃないか」

「あぁ。今日は力を使い、すぎて。眠くて、仕方が、な、い・・・・・・」


 今度こそ全てが終わった開放感からか急激な眠気に襲われまぶたが重くて意識を保ってられない。


「今はゆっくり休みたまえ。よく頑張ったな」


 ヴァンの労いの言葉、そして人肌の温もりも手伝ったのか俺は安心して目を閉じる。


(本当に、今日は長く疲れた日だな)


 ここ数日のことを考えながら、俺はゆっくりと眠りへ落ちていった。


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