変化
「なっ!?」
「あーあ」
俺の驚いた声とは違い、るなは面倒そうにため息ひとつ吐いた。
「ギギッ。ギギギギッ」
そんな俺たちを他所に大蜘蛛は自身の主人である真闇を貪り食らっている。
顔面から食われたからか悲鳴をあげることもなく、最初はビクッビクッと小刻みに動いていた真闇だったがついには息絶えたのかピクリとも動かなくなった。
「お、おい。あれ、どうなってんだ?」
「どうって?」
「なんで『百鬼使い』が『百鬼』に喰われてんだよ!」
「おっちゃんがあえて言わなかったことあるの、覚えてる?」
「ヴァンが?」
そう言われ思い返してみるのだが、どれのことなのか分からず、頭に疑問符を浮かべ首を傾げた。
「すまん。どの話のことだ?」
「……ヒャッキはヒャッキ使いに絶対服従って訳じゃないの」
るなはアホなのこいつと言わんばかりに大きくため息を吐いてから喰われている真闇を見据え淡々と話す。
「『ヒャッキ』と『ヒャッキ使い』はある種のソーゴカンケーってやつなの。『ヒャッキ』のバケモノじみた力を使える代わりに『ヒャッキ使い』は餌を与えるギムを負ってるってわけね」
「あぁ、それはわかってる」
るなの言葉に俺はうなずく。
それがここ数日の異常なほどの空腹感と食欲なのだ。
「お腹がすくだけだったならまだマシ。だって食べればいいだけだもん。感情の爆発だってなんとか耐えられるの。問題なのは食べたい欲求の食べたいモノが違ってきた時ね」
「……・・・・・・」
「それはあのお兄ちゃんを見てれば分かるよね?」
「……まぁ、な」
感情の抑制が効かなくなり、人が普段食べるものから人肉を襲い喰らう獣になる。
「それが第二段階」
「つまり、あれがその次の段階ってことか?」
俺の言葉にるながうなずき返答する。
「ヒトの肉を食べ続けて。食べても食べても満足できなくて。そして『ヒャッキ』がもう満足しなくなった時に今まで人肉を体内に溜め込んだ『ヒャッキ使い』を食べるの。そしてーーー」
るなが言い終わる前に真倉を食べきった大蜘蛛の身体が眩く輝き始めた。
「なっ!?」
「『ヒャッキ』が"進化"するの」
数秒ほど光ったあと目を開けると目の前にいた大蜘蛛は先程までと何もかもが違っていた。
まずは体長が今までより一回り大きくなり、体表も白を基調にしていたのが赤黒く、所々血管のようなものが脈打っている。
足もより太く大きく、中でも前足2本が死神の鎌を連想させるほどに鋭利な形をしている。
口も同様に幾重の刃が重なっているようでガシャガシャと金属が擦れ合うような音が聞こえる。
全体的に禍々しく、また今までよりも数段強烈な威圧感を感じる。
「おっちゃん。おっちゃんの予想通り大グモが"ヌエ"になっちゃったよ」
『やはり、か。この短期間で本能にまかせて使いすぎたのだろうことは予見できていたがね』
「ヌエ?」
聞きなれない言葉をインカム越しに話し合うふたりに俺は問いかけた。
「るな説明すんのめんどーい。おっちゃんが話してよ」
そう言ってるなはポイッとインカムをこちらに投げてよこした。
それを耳につけるとデジタル越しにくっくっとヴァンの小さな笑い声が聞こえてきた。
「やれやれ。るな君にも困ったものだね」
「目の前の大蜘蛛が今にも襲いかかってきそうだから手短に話してくれると助かるんだが」
大蜘蛛はこちらを見据えながらも自身の今の身体の確認をしているのその場で鎌を振るったり軽くジャンプしてみたりしている。
だが、軽く鎌を振っただけで地面は斬り抉られ、跳躍は校舎の屋上を軽く飛び越してしまうほどの高さと正しく化け物と呼ぶにふさわしいスペックだ。
正直あれと正面から立ち向かえば秒で死は確実だろう。
先程から未来の映像が幾通りも視えているが、どれも良くて数手先で詰んで悲惨な光景ばかり表示されている。
『ヌエとは餌となるヒトや『百鬼』もしくは『百鬼使い』を喰って進化・・・・・・いや、完成された姿の総称だ』
「完成された姿?」
『あぁ。その姿は取り込んだモノの数や性質などで変わる。主に取り込んだ能力や形が現れる。その姿が様々な動物などの性質を併せ持った妖怪からそう呼ばれているらしい』
「つまりは元々化け物がもっと厄介な化け物になったって考えでいいわけか?」
『多少語弊はあるかもだがその認識で構わないよ』
「んで、アレを倒さないと猫宮たちは助からない、と」
『……あぁなる前になんとかしたかったが、今それを言っても詮無きこと。すまないが、増援は間に合いそうもないため君たち2人でなんとかしてもらうしかない。武運を祈っているよ』
その言葉を最後に通信は切れた。
俺はインカムを外しポケットにしまった。
「るな、あいつを俺たちだけで倒してくれってさ」
「ふーん。ま、るなは最初からそのつもりだったし」
俺がヴァンと話をしている間、るなはお菓子を食べて気持ちを落ち着かせることは出来たようだ。
「で、どうすんだ? あれとまともにやり合ったら秒殺必死なんだが」
「まともにやりあえば、でしょ」
そう言ってるなはニヤリと笑う。
なにか秘策があるのだろうか?
「あっきー。モードチェンジ」
「なっ!?」
るなの言葉に赤鬼は反応し雄叫びをあげる。
すると赤鬼の体表が赤から青に変わり、盛り上がっていた筋肉が一気に凝縮され研ぎ澄まされたかのような細身になった。
その変わりように俺は呆気に取られて言葉が出なかった。
「あっきー。やっちゃって」
こちらの思いなど無視したるなは赤鬼(青鬼)に命令するとさっきの野太い声と場違い感高い声で咆哮し一瞬で視界から消え去った。
「ど、どこに行った?」
俺は必死で「糸の先の映像」を手繰りようやく捉えた。
青鬼は1足で大蜘蛛の眼下に潜り込み、蹴りを顎にヒットさせる。
大蜘蛛も捉えきれていなかったのか攻撃されてようやく認識したようだ。
だがスピードが増しているとはいえ攻撃力は低下しているようでダメージは負っていないようで、大蜘蛛は嘲笑の感情を浮かべている。
「笑ってられるのも今のうちだからね。あっきー!!」
るなの言葉に青鬼はまた蹴りを大蜘蛛に当てる。
そしてまた蹴りを入れ、また蹴りを入れと交互の足で何度も蹴り上げていく。
すると大蜘蛛の身体が少しずつ浮き始め、どんどん空へと昇っていく。
「あおおにのあっきーはスピードがめっちゃ上がるんだから。あんたごときに負けるはずないんだからね」
小さいダメージが何度も同じ箇所を攻撃されることで蓄積されてさっきまで薄ら笑いを浮かべていた大蜘蛛が次第に苦しい声を上げていく。
「ギギッ……ギシャーーーーッ!!!」
それでも1発1発の攻撃は弱く、大蜘蛛は反撃に出ようと鎌を自身の下にいる青鬼に振り上げる。
「おい。こっちだっているってことを忘れんなよ」
青鬼に集中しすぎたのか俺への注意が散漫になっていた大蜘蛛の隙を突いて思いっきり振りかぶった俺の『百鬼』の左腕がやつの顔面に突き刺さった。
「ギジャーーー!?」
赤鬼と同等のパワーがある拳をモロに食らって大蜘蛛は吹き飛び地面にぶつかると轟音が響き渡った。
「とりあえず1発。ナイスだぜるな」
「ふんっ。今回ばっかりは花持たせてあげたわよ。大人な女性のるなに感謝しなさいよね」
俺がにっと笑い右手拳をるなの方に突き出すと、彼女はぷいっとそっぽを向きつつもこつんと自身の拳を突き合わせてくれた。
「よしっ。このやり方なら何とかなるかもしれねぇ」
土煙の中、ふらついている大蜘蛛に俺は希望の映像が視えたことで闘争心が湧いてきた。




