違和感
「うおっ。すげぇ音」
一瞬見えた映像を頼りに学校に走っていると、丘の上にある学校の方から何かが激しくぶつかる音、物が砕ける音などが耳に届く
「しかし、ここまでの音に振動が響いてるのに誰も気にも留めてないのはなんでだ?」
俺が辺りを見ながら呟く。
いくら今が深夜だとしても工事現場よりも激しい騒音が鳴り響いているのに家や店から出てくる住人たちが全く見られない。
それどころかまるでこの近辺だけ時が止まったかのように人の気配が全く感じられない。
「それに、だ」
本来なら歩いていても10数分、それに今は家やマンションの屋根伝いに真っ直ぐ走っているはずなのでもっと早く着いてもいいはずなのに未だに学校に近づいている感じかしない。
むしろ徐々に離れていっているような錯覚さえ感じる。
1度地面に着地するとさらに違和感が増した。
「ここ、こんなにマンションとかあったか?」
夜で明かりが少ないのもあるが、昔からいつも通っている通学路だ。
何処に何が建っているかはほぼ熟知している。
だからこそ見覚えのない建物を見てひとつの答えにたどり着く。
普段なら荒唐無稽な話だがこれも『百鬼』絡みなのだとしたら。
俺はそんな違和感を知るため、地面からここら一帯でいちばん高いビルの屋上に跳躍した。
「な、なんだこりゃ!?」
高いところに登って初めて見る光景に俺は驚きを隠せず大声を上げてしまった。
「道が……広がっていく?」
道路や壁、民家など視界にあるあらゆる物が学校を中心としてまるで作り替えられたように広さも建物の種類も変容し数を増やしていく。
しかもそれが現在進行形で変容し続けている。
自身の人生においてありえない現象に、ただただ口をあんぐりと開け声を出すことすら忘れてしまった。
「霧みたいなものが見えるけど、あれが原因なのか?」
下からではあまり気にも止めていなかったが、よく目を凝らしてみると辺り一面が薄っすらと霧がかっていた。
あれが『百鬼』なのだとしたら町ひとつを包み込んでいるバカでかいやつってことになる。
「『百鬼』ってこんなことも出来るのか」
今まで出会ったどんな『百鬼』ともスケールが違いすぎてそうつぶやくのが精一杯であった。
「やはり来てしまったようだね」
「うおっ!?」
不意に背後から声をかけられ思わず驚きの声を出してしまい振り向くと、いつからいたのかヴァンが真後ろに立って微笑んでいた。
「その様子だと、頭は冷静になったようだね」
「あぁ。あんたが気絶するほど殴ってくれたおかげでな」
皮肉を込めた言葉をぶつけるがヴァンはふふっと微笑みを崩すことは無かった。
「人の気配がないのはあんたの仕業か?」
「大規模な戦いになるだろうから人払いを手配した。急だから集めるのに苦労はしたがね」
「普段からそういうの呼んでたら警察沙汰になるのも少なくなるんじゃないの?」
「この手の能力を持ってる『百鬼使い』は貴重でね。普段は違うお勤めもしてるからおいそれと呼べないんだ。……あいつに借りを作りたくはなかったんだがね」
ヴァンは苦笑しながら頬をかく。
どことなく疲れたような顔をしているところを見るにかなり頑張ったのだろうことは何となく予想は出来る。
最後にボソリと呟いた言葉が今までより重苦しいものに聞こえたことは黙っておいた方が良いだろう。
「じゃ、今学校で戦ってるのは……」
「お察しの通り、るな君だ」
「だよな」
ヴァンがここにいる時点でそれは察することは出来たが一応確認をこめて聞くと彼は正直に頷いた。
「一応聞くけど、俺行っていいよな?」
ちらりとヴァンの顔を伺いながら尋ねるとヴァンはしばし考え込むような仕草をした。
「今の落ち着いた凛なら間違いはそうそう起こらないだろうが……先程同様、感情に支配されるなよ」
「……分かってる」
ヴァンの言葉に背中を押されうなずき校舎を見る。すると遠ざかっていたはずの校舎までの道が普段見慣れている距離にいつの間にか戻っていた。
「ところでさ、これはあんたの『百鬼』の仕業なのかい?」
質問を投げかけ振り向くと彼の姿もまたいつの間にかいなくなっていた。
(そういえばヴァンだけまだ分からないことが多いな)
『百鬼』のことが見えているから『百鬼使い』であることは間違いないのだが、彼が現出させているところを一度も見た事がない。
それどころか訓練と称してのリンチ以外で戦闘に参加しているところも見た事がない。
「まぁ、今はあっちの方が先だ」
タイムリミットまであまり時間の猶予はなく。
興味を振り払うように首を振り凛は校舎へと再び向かうため電柱から飛び立った。
ーーーーーーーーーー
「行ったかい?」
凛が飛び去ったあと、違うビルに移っていて微笑ましく彼を見送る私に屋上の影から声を掛ける者がすっと現れた。
「驚いたよ。君が空気を読んでくれるとは思わなかったのでね」
「なに。私のことは上手くぼかしてくれてたからその返礼さ」
ヴァンは振り返らず人影の女性に返答すると、くっくっと小さく笑う声が聞こえる。
「改めて感謝をさせてもらうよ。急な要件だというのに何も聞かず協力をしてくれて」
「それこそ野暮というものだ。元々ここ近辺は私の管轄でもある。それにその分の特別報酬もいただいたことだしね」
シシッとイタズラな声を上げる影にふぅと息を吐いた。
「がめついとろくな死に方しないのだがね」
「金は私のためだけに使うわけじゃない。維持するには色々物入りなのさ」
ああ言えばこう言うという風にこちらの言葉もどこまで通じているか分からず再び嘆息する。
「しかし、行かせてよかったのかい?」
「それは今更ではないかね。私が行けない以上彼女のストッパーは必要だ。彼は素質含めて適任だろうさ」
「君がやれれば問題ない……と言うのは野暮と言うものだろうね」
「たらればの話に救いなどない。見つめるはあくまで現実だよ」
「君も丸くなったもんだねぇ」
「茶化さないでいただきたい。……では私は行きます。引き続き頼みますよ」
やり取りを終えるとヴァンは跳躍しその姿を消した。
残ったのは影のみ。
「……無茶だけはしないことだよぉ。さて、こちらも仕事を続けようかね」
既に見えなくなった旧友を思って影はつぶやくと自身の持ち場へとてこてこと歩いていった。




