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宣告

「う、ううんっ……」


 目を開け辺りを見回すとそこは廃工場ではなく、ヴァンの部屋だった。


「あれ、俺、なんでここに?」

「凛、やっと起きたわね」


 声が聞こえたかと思うと俺顔を覗き込むようにして呆れ顔のるなが視界に映った。


「運ぶの大変だったんだからね(運んだのはヴァンだけど)。るなに感謝しなさいよね」

「……悪い。ありがとう」

「っ。わ、わかればいいのよ。ヴァンが凛が起きたら話したいことがあるって言ってたわよ」


 素直に礼を言う俺にるなは調子が狂ったのか顔を背けソファーから飛び降りて部屋を出ていった。


「お、ようやく起きたね凛」


 るなとすれ違いにヴァンが部屋に入ってきて椅子を俺の寝ているソファーに寄せてそこに腰掛ける。


「早速だが私達と連絡をしたあとのことを教えてくれないかね?」

「そうだ。……それよりもミクたちは!? あいつら繭にされて、ってうわっ!?」


 俺にとって一番知りたいことを聞こうと身体を起こそうとしたが首から下にうまく力が伝わらず、ソファーから転げ落ちてしまった。


「いっててて」

「落ちつきたまえ。彼女たちは生きているよ」

「……そっか。良かった」


 俺の行動に苦笑しつつヴァンは助け起こしてくれソファーに再び寝かせられた。

 そして俺はヴァン達との連絡の後からのことを話した。


「正直、あの腕はミクたちじゃないって頭では分かってたんだけど、見た瞬間に目の前が真っ赤になって」

「『百鬼』は感情を増長させる。それに抗えずに暴走した形になってしまったわけか。1度飲まれてしまうと確かに普段以上の力が出せる代わりに代償も大きい。覚えておきなさい」

「あ、あぁ。身を以て知ったよ」


 筋肉痛なら痛みを我慢すればいいのだがそんなレベルではなくまったく力が入らず大人しくしているしかないのだろう。

 奇妙な感覚に襲われているがヴァンは焦ることなく対応し再び椅子に座る。


「この状態だと数時間くらいは満足に動けないだろうがね。まぁ回復に専念すればすぐに動くくらいならばできるはずさ」

「姉ちゃんにまた地獄の折檻か。ごめん被りたいんだけどね」


 げんなりした顔をした俺にヴァンは苦笑するだけに留め何も返答はなかった。


「さて。起きてもらってすぐで悪いがいい知らせと悪い知らせがある」


 先程までと違う神妙な顔でこちらを見るヴァンに俺も(身体は動かせないが)身を正した。


「まずはいい知らせが二つだ。一つは先程言った君のお友達だが、無事に保護はできたということ。そして二つ目は私達の所属している組織と連絡が取れてね。処理班が派遣されることになった。これで蜘蛛の『百鬼使い』は処分されるだろう」

「じゃこれでこの事件も終わるってことなんだな? やっと平穏が戻るわけか」

「……………………」

「ヴァン?」


 俺の安堵した声に、だがヴァンは即答で肯定はしなかった。

 それどころか何か言い出しにくいことがあるのか目を逸らしている。

 数秒沈黙があったが、ヴァンは意を決したように息を吐き出すとこちらに向き直った。


「悪い知らせがまさにそのことだ。派遣される処理隊員だが、到着するのが早くても1日掛かってしまう。そしてーーー」

「…………え?」


 俺は一瞬彼の言うことが理解できず、間抜けな声を出すことしかできなかった。


 ーーーーーーーーーー


「落ち着いた?」


 ドアを開けると少し疲れたような顔をしてヴァンが出てきたところをあたしが聞くとふうと息をひとつ吐いた。


「あぁ。身体は動かせないというのに取り乱してまた暴れて『百鬼』を使おうとしていたから無力化した」

「悲惨だよねぇ」


 るなはケラケラと笑いながら飴を口に含む。


「仕方がないだろう。友達の命があと数時間と言われれば、ね」

「……確認はするけどさ、おねえちゃんたちは助からないの?」


 るなとヴァンは中で寝ている凛に聞こえないように小声で話し合う。


「あの蜘蛛の毒は『百鬼』特有でね。普通の治療では回復は無理だろう」


 凛に話したのはあのクレープ屋で仲の良さそうだった女性2人の残酷な余命宣告だった。

 蜘蛛は獲物を捕らえると逃げないように神経毒を打ち込んで動けないようにする。

 あの蜘蛛の『百鬼』も生態は通常の蜘蛛と変わらないようだ。

 そして問題なのはその毒だ。

 普通ならば神経毒は麻痺を起こすものでそれで死に至ることはない。

 だが『百鬼』ゆえにその毒は強化されているのか一般人にそれが耐えられるものかと言われれば違う。


「もってどれくらいなの?」

「我々の関わりがある病院に搬送して治療に当たっているが……毒の巡りを遅延させるくらいだ。恐らくはあと3時間。夜明け前がリミットと考えていいだろうね。それまでに倒せれば毒も消えると思うが」

「ふーん」


 毒は『百鬼』由来のものだからあの蜘蛛を倒せば必然的に蜘蛛から生成した毒も消えるだろう。

 ヴァンがスマホを取りだし時刻を確認する。

 そこにはデジタル文字で3時近くが表示されていた。

 悠長にしている時間はあまり無さそう。


「凛のため、だけとか言うつもりは無いけどさ」

「あぁ。君が聞いた「あいつ」という言葉。そして短い期間で『百鬼』となった少年の裏、黒幕がやつである可能性はあるな」

「凛は今動けないならるなたちだけで行くんだよね?」


 るなの言葉にヴァンは静かにうなずく。

 あたしは扉越しにいる凛を見ながらふっと軽く笑った。


「手間増やしてくれちゃってさ。この借りはちゃんと返してもらうからね」


 ムカムカとか不満は相変わらずだけど、それとは別の久しぶりに味わう温かい気持ちにるなは自然と口の端が上がっていくのを感じる。

 ふとあたしは視線を感じ顔を上げると、ヴァンが口元を押さえて笑っていた。


「なによ。なんかるなに言いたいことあるわけ?」

「いや失礼。君は随分と凛を気に入ったんだなと思ってね」

「……そんなんじゃないし」


 頬を膨らませぷいっと体ごと顔を逸らすあたしにヴァンはまたふふっと薄く微笑んだ。

 そのわかってます感がある表情にあたしは苛立ちを抑えるためにチョコバーをポケットから取り出して乱暴に包みを剥がしてかぶりつく。

 甘みが口いっぱいに広がり、少しずつムカムカした気持ちが溶けて消えていくのを感じる。


「……では行くとしようか」

「凛が起きる前に、ね」


 ヴァンの言葉にあたしは頷くと凛を起こさないように静かに扉を開け家を出ていった。


 ーーーーーーーーーー



「いちちっ。くそっ、また気絶されたのか俺?」


 目を開けると体中に激痛が走る。

 ヴァンから聞いた言葉に再び激昂してしまい無理やり『百鬼』を発動させようとして彼に首を絞められ、意識を刈り取られていた。


「ヴァンたちは……いないか」


 真っ暗な部屋のなか、ゆっくりと体を起こす。

 先程は全く体を動かせなかったが、今は全身激痛が走るが最低限邪魔にはならないくらいには回復している。


「数時間はって言ってたけど、『百鬼』の回復能力は凄いもんだな」


 疑問には思いつつも俺はテーブルに置いてある大量の食料とメモ書きが置いてあるのに気づき、それを手に取った。

 メモ書きにはヴァンとるなが書いたであろう文字が書かれていた。


『私たちが全て片付ける。君は食事でもして待っていてくれ』

「そこに置いてあるごはん、しっかり食べて寝てなさい。言っとくけど貸1だからね」

「いただきます」


 俺は席に座り手を合わせたあと、おにぎりを一つ袋から取りだし頬張る。

 それを皮切りに、胃が空っぽなのを思い出したかのように大声で主張し出した。

 しばらく無心で食べ続けているとはらりとヴァンのメモとは別の紙が袋から落ちた。


「なんだ?」


 それを拾いあげ開くとそこには、


『ごはんとは別にるながチョコも恵んであげる。ありがたくいただきなさいよね』


 と丸っこい字で書かれていた。

 俺は袋を探ると奥にひと口チョコが入っていた。


「あいつなりの励まし、ってとこかな?」


 これを渡す時のるなの姿が容易に想像できて少し微笑ましい気持ちになった。

 それを口に放りこむとミルクチョコの甘い味が口の中に、そして身体中に沁み渡るのを感じる。

 あらかた食べ尽くした食料に手を合わせ俺はポケットにあるスマホを取りだし電話をかける。


『こんな時間にどうした、凛?』


 電話口から聞こえるのは俺の姉である琴子の声。


「あ、姉ちゃん今仕事?」

『そうだ。今度は廃工場で崩落事故だ。そこから行方不明になっている人間の遺体がいくつも出てきて参ったよ。今夜も徹夜になりそうだ』

「そっか。ならいいや」


 これで少なくとも姉が『百鬼』絡みに巻き込まれることはない。

 それに関して気づかれないように安堵のため息を吐く。


『……凛、なにかあったか?』


 流石の刑事としてなのか姉としての勘の良さなのか、俺の声になにか察したのか口調が鋭くなる。


『殺人鬼がこの街にいる以上は分かっているとは思うが、外出は控えろ。決して首を突っ込もうなんて考えるな。もし破ったらこの前の日では無い折檻だからな』

「こえぇよ姉ちゃん」

『……茶化さないでくれ。家族はもうお前しかいないんだ。お前にまで何かあったら私は』


 誤魔化すために軽口を叩いたのが裏目に出てしまった。

 鼻をすする姉に言葉選びを間違ったことを後悔した。

 だが、今はやらなきゃいけない事があるため手短に話を続ける。


「悪い、姉ちゃん。でも、これは俺じゃないとダメみたいだからさ。帰ったら話すよ。うまく説明できるかわかんないけどね」

『…………』


 俺の嘘偽りのない言葉に琴子は数秒沈黙した。


『……必ずだからな』


 そう言うと通話は切れた。

 姉としては思うところはあるだろうが、あえて聞かずにおいてくれた。

 それを今あえて追求しないのは俺を信用してのことだろうことは彼自身何となく感じた。


「ありがとう、姉さん」


 俺はここにはいない姉に礼を言うと携帯をポケットにしまい、体の調子を確認した。


「よしっ。問題ないな」


 完調したとは言えないが今の状態なら問題なく戦えると感じ、俺は部屋を出ていった。

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