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代償

 俺は真闇の言葉に少しだけ冷静さを取り戻す。

『百鬼』に関してはヴァンとるな以外と出会うこともないため、感情が爆発しやすくなることや食欲の異常な増大以外のデメリットを知らない。

 そのため他の『百鬼使い』の話には興味がある。

 そんな俺の思いなどをもちろん知る由もない真闇は笑いながら返答する。


「先輩、さ、最近苛立つこと多くない? あとは食欲が増したとかさ」

「それは知ってる。教えてもらってるし実感しているからな」

「ひひっ。そ、それだけで済んでるならま、まだ先輩は初期でと、止まってるってことだ、だな」

「初期症状?」


 その言葉の真意がわからず聞き返す。

 そんな俺にニヤニヤと下卑た笑いを貼り付けたまま話を続ける。


「食欲増進と感情爆発がだ、第1段階。と、特に闘争心や怒りといった感情が、ね」


 指を1本立てて俺に説明する真闇。


「た、ただ感情爆発にか、関してはまだ抑制でき、できる部分があるしじ、時間が経てば治まる」


 俺は黙って真闇の話を聞き続ける。

 奴もこちらの反応に気を良くしているのかどんどん言葉を紡いでいく。


「た、ただ第2段階になるとそ、そうはいかない」


 そして2本目の指を立てる。


「第2段階になると力にお、溺れていき『百鬼』を出していなくてもふ、負の感情がずっと蓄積さ、されてイライラしやすく、なル」


 話してテンションが上がってきているのか真闇の呼吸が荒くなっていっている。


「で、でもそのデメリットに見合うめ、メリットもアるんだダよね」

「メリット?」


 俺が聞き返すもすぐに返答はせず、真闇は後ろを振り向いて何かを千切って頬張っていく。

 何度か咀嚼し飲み込むと恍惚な表情を浮かべる。


「浸食が進むとよりぼ、ボク自身も強くなれるし、さ、サラサラに『百鬼』も特殊能力を使えるん、だだよね。そのためにももっとモット食べないとな、なぁ」


 口から滴るナニカを手で拭いながら話す真闇。

 それよりさっきから鼻につく鉄サビのような匂いも相まり不快感が増し、沈めかけていた苛立ちの感情がまた蘇ってくる。


「ひ、ひひっ。ぼ、ボクはまだだよ。マダ足りない。もっと食べなイと……ヒヒッ」

(ん、なんだ?)


 だが、真闇の口調に少し違和感を覚え冷静になれた。

 奴の身体が小刻みに震えだし、笑い声も先程とは違ってきて目も虚ろになっている。

 そしてなにより肩に乗っている本体の蜘蛛がギーッと鳴くのに共鳴するように小蜘蛛たちも鳴き始めた。

 真闇の変化に嫌な予感を感じ、後ろに数歩下がりながらも左手の『百鬼』に力を込める。


「あ、アれ。おおおかシいぞ。サムい……いや、ああツイ? お腹もスクし参ッたたな」


 小刻みだった真闇の身体の震えがガタガタと大きく震えだす。

 彼は再度後ろにあるものに手を伸ばしたが目当てのものが見つからないようで途端に駄々をこねるようにその場に足踏みする。


「あ、あぁもう。もうないのカ、かよ。ハヤ、早く食べなキャ」


 真闇は頭を掻きむしりながら辺りを探す。

 そして上空を見るとにやりと口を三日月状に歪める。

 そして目の前にある繭をひとつ掴む。


「ひひっ。こ、こコにあったヨね」


 真闇はしゃがみこんで繭を破くと顔を中に近づけた。

 そして骨が砕ける音、その後に先程から臭っていた強烈な鉄のニオイが鼻についた。


「なにしてやがる……っ、お前まさか!?」

「う、うまっ。あぁ、コレこれこれぇ〜〜〜」


 体を震わせ喜びの声を上げる真闇の足元には赤黒い水溜まり、血の海が地面に広がっていく。

 それと細い女性の腕を視界に映した瞬間、俺のなかで何かが弾け飛んだ感覚に襲われ、一足飛びで左手を振り抜く。

 それを予想していたのかまた真闇は小蜘蛛をかき集めて壁にしガードした。

 だが先程とは違い真闇が話している間に力を溜め込んでいた分パワーが加わり目の前にいた小蜘蛛たちが一撃ですべて吹き飛ばしその勢いのまま拳が真闇に迫る。


「はぁっ!?」

「ぎいぃっ!」


 流石に真闇も予想外だったのか驚愕の表情と声を上げたが、肩に乗っている蜘蛛が糸を真後ろに吐き出しやつを引っ張ることでなんとかギリギリ避けることが出来たようで俺の拳は届かなかった。


「き、聞いてないぞ。あいつの力だったらボクの小蜘蛛の障壁で完封出来るって言ってたのに」

「うらぁぁぁぁっ!!」

「ひっ!?」


 狼狽える真闇に俺は雄叫びを上げながらもう一度拳を振るう。

 それをまた間一髪で避けると、放たれた拳が地面に当たり破砕音とともに深いクレーターが出来上がった。


「ちっ。で、でもこれでいいんだよな。あいつの言う通りにしたし、さっさとーーー」

「ねぇお兄ちゃん。るなとも遊んでよ?」

「はひぃっ!?」


 悪態をつきながら撤退しようとする真闇の頭上から不意に声が聞こえ、上を向くと赤鬼の巨躯が彼目掛けて拳を振り下ろしているところだった。

 間抜けな声を出すも、またも蜘蛛の緊急回避の糸に引っ張られ事なきを得た。

 コンクリートが砕ける音ともに赤鬼の肩になっていたるなはすとんと降り立ち自身のツインテールをふわさと掻き上げる。


「ちぇっ当たんなかったや。まいっか」


 真闇を一瞥するが、興味なさそうに振り返りるなは俺を見る。


「ふしゅうぅぅぅぅぅっ」

「ふふっ。いい感じに染まってるわね。いまの凛、るな結構好きだよ」


 殺気を漲らせこちらに相対する俺の表情にるなは子供らしからぬ妖艶な笑みを返した。


「ヴァン、凛を発見したよ。けどなーんかキレて一歩手前だけどどうする?」


 るなはポケットから棒付きキャンディーを取り出し口に含みながらスマホでヴァンに連絡を入れた。


『嫌な予感が当たってしまったようだな。ひとまず凛を無力化することを最優先で頼む。蜘蛛は後回しだ』

「それってぇつまりぃ?」

『私が到着するまで凛を足止めしてくれ。多少であるなら傷つけても構わん』

「おーけー♪」


 ヴァンの指令にるなは悪魔の如き笑みを浮かべると凛を指差した。


「あっきー。ヤっちゃって」

「ごがぁぁぁぁぁぁっ!!」


 彼女が赤鬼に命令を下すと咆哮を上げ、その巨体を弾丸のようなスピードで凛に突撃する。


「ぐるるらぁぁぁっ!」


 俺は突っ込んでくる赤鬼に臆することなく左手を振り抜きぶつける。

 両者がぶつかると耳をつんざく破裂音が辺りに衝撃波となって周りのホコリや蜘蛛の糸を吹き飛ばす。


「ひっ、ひひっ。べ、別にいいさ。もう要は済んだしな」


 ホコリが舞い真闇の姿はかき消えてしまったがるなと俺はお構いなしに殴り合う。


「あっはははっ。もっと、もっとやろうよ♪」

「がるぁっ!」


 二人の殴り合いは理性あるそれではなく、もはや獣の本能に近い。

 二人の『百鬼』の特性も相まって近接ぇの攻撃しかできないからこそ原始的な殴り合いになるのでもあるが。


「あははははっ。楽しいねぇ、あっきー、りん!」

「ごがぁぁぁぁぁっ!!」


 るなの喜色に彩られた声に反応するように赤鬼もさらに攻撃のスピードとパワーが増していく。

 そして俺もそれに負けずギアをどんどんと上げていく。


「ヤっちゃえ、あっきー♪」

「怪我をさせてもいいとは言ったが殺す許可は与えてないぞ、るな」


 いつからそこにいたのか赤鬼と俺の間に穏やかな口調でヴァンが二人の手を掴み地面に叩きつけた。


「ごがぁっ!?」

「がっ!?」


 苦悶の表情を浮かべ息を吐き出す二人に彼はさらに畳み掛けるように何度となく持ち上げ地面へ落とす。

 次第に二人は声すら出さなくなり、ピクピクと痙攣して

 動かなくなってしまった。


「君も落ち着こうね」

「もがっ!?」


 ヴァンはそう言うとるなの口の中に掌大の大きさのチョコの塊を無理やり入れた。


「もがっ、もがぐもぐもががぐっ」

「喋るか食べるかどっちかにしなさい」

「……もぐんぐ、ごくっ。あっきーはともかく凛、死んでないわよね?」


 チョコを食べ終えたるなは先程までの狂気は収まっておりヴァンに問う。


「安心しなさい。『百鬼使い』はそう簡単にくたばらんさ」


 ニッコリと笑うヴァンに、るなはなんとも言えない苦笑に留めた。

 下手に歯向かうと今度は自分が俺たちと同じ目に合うと理解"させられて"いるからだ。

 ヴァンはうんと頷くと繭を回収していき一つずつ開けていく。


「……また逃がしちゃったかな?」

「凛を放って置くわけには行かないだろう。るなも彼が心配だったから私の指示に素直に従ったんだろう?」

「るな、しーらないっ」


 るなはヴァンの言葉にぷいっと顔を背けたたたっと俺に近づきしゃがみ込み顔を覗き込んだのを薄れゆく意識の中で見えたが、視界が暗くなり気を失ってしまった


「……ふーん、だ」


 そんな彼にるなは唇を尖らせ頬をツンツンと突いたのだった。


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