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妄想

「またここか」


 小蜘蛛の後をついて行った先はるなたちと初めて会った廃墟街。

 この前の廃ビルは粉々に倒壊しているが、他にも手を付けられずに残っているものはある。

 目の前にある廃工場もその1つだ。


「つくづく縁があるな」


 こんな状況でも一瞬だけ苦笑した俺は気を引き締めて中に入っていく。

 廃工場に入るとそこは小蜘蛛たちが張り巡らせた蜘蛛の糸で出来た白いカーテンだらけとなっており、迂闊に触れると粘着性のある糸に絡まれて動きが制限されてしまうだろう。


「真闇、お望み通り来てやったぞ。ミクに天先輩を返してもらうぞ!」


 俺は工場中に響き渡らせるように大声をあげる。

 その声に反応してか蜘蛛たちは作業を止め、無数の目がこちらを見つめてくる。

 しばらくの静寂の後、夕闇の影になっている奥の方からゆっくりした足取りで真闇が現れた。


「ひ、ひひっ。き、来てくれて嬉しいよせせ、先輩」


 引き攣ったような下卑た笑いを顔に張り付け、真闇はこちらに近づいてくる。

 前から吃音が多かった印象だったが、今は前よりもその傾向が酷く、身体も左右にゆらゆら揺れて不気味さが増しているように感じた。


「そこで止まれ。そっちの要望には応えたんだ。さっさと捕らえた3人を開放しろ」

「ひひっひ。こ、怖いなぁ。言われなくてもこの人たちは返してやるよ」


 手で制して猫宮姉妹の解放を伝えると、真闇はパチンッと指を鳴らす。

 すると蜘蛛の糸で上空にある一際大きな蜘蛛の巣カーテンが引かれた。

 その先には繭状になっている物体が2つ吊るされているのを確認した。

 完全に繭にくるまれているためどれが誰なのか判別できない。


「あ、安心しなよ。ちゃ、ちゃんと彼女たちは生きてるからさ。ひひひっ」

「……ひとつ聞かせてくれないか。なんで2人を襲った?」


 俺が怒気をはらませた声音を乗せ睨むと、一瞬真闇はビクッと身を竦ませたがそれもすぐにいつものニヤケ顔に戻した。


「な、なんでってそりゃむ、ムカついたからに決まってるじゃん」

「ムカついた?」


 彼の言っていることが理解できず、俺は真闇の言葉をオウム返しで返す。

 彼はひひっと引いた笑い声を上げながらもごもごとどもりながら口を開く。


「あ、あぁそうさ。あんたやあ、あんたと一緒にいた女たちも。毎日ハーレムラノベみたいな青春とかこっちを蔑んでるような目つきで見てくる気持ち悪い陽キャを見てると い、イライラするんだよね」

「つまりはくだらない妄想と私怨、か。ふざけやがって」


 あまりに身勝手な言い分の真闇に苛つき、俺は『百鬼』を開放する。


「ひひ。や、やっぱりあんたもこっち側なんだ。し、しかもヤクザのビルの時のやつだよね?」

「うるせえよ。とりあえず2人を解放しろ。そうすればお前を半殺しで済ましてやる」


『百鬼』の影響もあるだろうが感情が増幅され今までにない怒りが身体を支配しそうになるのをギリギリで押しとどめながら真闇に話す。


「こ、こわいなぁせんぱーい。と、ところで2人って言いましたけどーーー」


 そう言って真闇はまたぱちんと指を鳴らすと蜘蛛の糸のカーテンが所々でさらに開かれた。


「なっ!?」


 俺はその光景に驚愕した。

 繭は2つだけではなく他にもいくつもあったからだ。


「2人って、誰のことですかね? わ、わかるかなぁ」


 繭はどれも同じ大きさ、形になっておりひと目見ても中に誰が入っているかわからない。


「てめぇ、他にも誘拐してっ」

「ぼ、僕の蜘蛛は最近だ、誰かさんのせいで回復するために大量に喰うんだよね。おかげで僕もつられて食べちゃうんだけどね」


 そう言って真闇はポケットからチョコバーを取り出しひと齧りする。

 だが、数回咀嚼すると顔をしかめて食べたものをペッと吐き出した。


「まっず。最近味覚が変わったのかこんなんじゃ満足できないんだよね」


 真闇は後ろを振り向き何かを取り出した。

 それは棒状のものだが薄暗くて判別ができない。

 真闇は俺の目の前で齧り付き美味そうに咀嚼をする。


「へ、へへっ。もうこの味知っちゃうと他が食べられないよね」


 くちゃくちゃと音を立て食べている様子は何か薄ら寒いものを感じる。

 だが今は彼女たちを早く安全な場所に置くことを優先するため俺は思考を切り替え、心を深く冷たく尖らせ足に力を込める。


「っ!?」


 そしていざ踏み込もうとする直前、視界にノイズが走る。

 それは天井にいる小蜘蛛たちが一斉に口から毒液をこちらに発射し俺が溶けていくシーンだった。

 その場面が見えた俺は前に進めようとした体を止めバックステップで離れた。

 するとその瞬間見えた映像通り小蜘蛛たちが一斉に紫色の液体を吐き出すと床が溶けていった。


「チッ。な、なんでわかったんだよクソッ」

「勘、とだけ言っとく、よっ!」


 悪態をつく真闇に今度こそ彼の方へ走り出し、拳を振りかざした。

 だがその拳は小蜘蛛たちが束になって盾となり真闇自体には届かなかった。


「うわ、蜘蛛の体液ついた。気持ち悪っ」


 潰した蜘蛛の体液が腕につき腕を振って払う。


(溶解液出す割には体液に触れてもなんともないんだな)


 先程の光景を思い出しながらも気を引き締め直して真闇に再び拳を振るう。

 だが、先程と同じように小蜘蛛に阻まれ本人にはダメージがいかない。

 それを何度も繰り返すのだがその度にどこから湧いて出てくるのか小蜘蛛が身代わりになり真闇にまで届かずにいる。


(小蜘蛛をいくら攻撃してもダメージはないか。やはり本体か宿主を叩かないとダメか)


 恐らくはこの小蜘蛛たちは親蜘蛛から生まれた分体のようなものであろう。

 分体をいくら傷つけても本体は痛くも痒くもないということだろう。

 すべてを一撃のもとで消せば流石にダメージを与えられるだろうが今の俺にはその術がない。


(るなの赤鬼ならいけるだろうが今はこれしかないっ)


 力がダメならと素早く何度も拳を叩き込み続ける。

 実際飛び道具などがなく、殴りつけるしかない俺にはこの戦術しか取ることができない。

 一撃で小蜘蛛が何十匹と潰れていくがそれでも数は圧倒的に向こうが多く、いくら攻撃しても本体である真闇まで通らない。

 思うように攻撃できず、次第に苛立ちが募っていく。


「ひ、ひひっ。せせ、先輩。あんたこの能力を手に入れてま、まだ時間そんなに経ってないでしょ?」

「あぁ? いきなりなんだってんだよ」


 蜘蛛たちの間から真闇の引いた笑いが聞こえる。

 今はその笑い方が小馬鹿にしているふうに聞こえ内心イラつきながらも殴ることを止めず彼の言葉に返事をする。


「しし、知らないんならぼぼくが教えてあげるよ。こ、こいつら『百鬼』は人外の力をボクらに与えてくれるけど逆にリスクもあるんだよ」

「リスク?」


 唐突な『百鬼』についての話に怒りに血が上りかけていた頭ががすっと治まった。

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