焦燥
あの時感じたどす黒い気配。
あれからの数日、学校にいる間の休み時間、昼食、そして放課後にと肌がひりつくそれにため息を吐いてし
まう。
しかしその気配をたぐろうと近寄るとそれを察知して相手は逃げ回っており捕まえることができず、数日が経ってしまった。
(困ったな。校舎はそこまで広くないはずなのに)
最初はすぐに捕まえられるだろうと簡単に考えていたので頭を抱える。
そんな中でも常に暗く粘つきまとわりつくような不快感のある視線を感じ、メンタル的にあまり宜しくない。
それが学校限定なのがまだ救いだがこうもずっと続くとイライラが募ってしまう。
「ねぇねぇ。聞いた? あの威張ってるあの不良グループ、数日前から学校どころか家にも帰ってきてないって」
「聞いた聞いた。なんか警察も学校来てたよね」
「でもいなくなって清々したよね。正直まじウザかったし」
「わかるー。ホント迷惑だっもんね」
放課後の教室では部活動に参加してない生徒たちが例の不良グループの話で盛り上がっていた。
だが普段の行動からか心配する声は少なく、あくまで話のネタに花を咲かせる程度だ。
(あれ以来人が襲われたとか消えたとかの話はないけど……)
今は大人しくしているだろうが何がきっかけでまた起こらないとも限らない。
早いところ解決はしたいのだが、原因が見つからないことにはどうにもならない。
「そういえば、1度憑いた『百鬼』って取り除くことって出来るんだろうか?」
『百鬼』については基本的なことしか聞いていなかったが『百鬼』のみを倒す方法はないだろうかとふと思いたついた。
『百鬼』が憑くと言っていたからもしかしたら引き剥がすことも可能なのではないだろうか。
「そうだ。もしそれが可能なら大蜘蛛だけ倒せば真闇だけを救うって方法も」
「白鐘凛。ぶつぶつと独り言。どうした?」
「うわっ」
あれこれ考えているといつの間にそこにいたのか。
息がかかりそうなほどの至近距離でいつもの無表情の天が俺の顔を覗き込んでいた。
急に現れたものだからびっくりして椅子から転げ落ちてしまった。
「天先輩。いきなり顔を近づけんでください。ビックリするじゃないですか」
「ふふっ。白鐘凛は反応がいつもいい。やりがいがある」
「勘弁してくださいよ」
俺の反応を見てご満悦になったのかふんすと鼻息を鳴らした天先輩を見てため息を吐く。
二重の意味でドキドキする心臓の鼓動を整えながら起き上がり椅子に座り直す。
「てか天先輩はここに来たんすか?」
「ミクが今日2人で帰ると聞いた。私も暇だから一緒に帰る」
「あー……」
前回同様奢らせようと俺を連れて回ろうとしているミクの話を彼女自身から聞いたのであろう。
それで天もご相伴にあずかろうとしてきた、というわけだろう。
(前回でだいぶ使ったのにまだタカろうとするとはこの姉妹、恐ろしいわぁ)
乏しい表情ながらウキウキした雰囲気を醸し出している天に俺は先程とは違う意味で苦い顔をする。
「ところで白鐘凛。さっきはなにか深刻な悩み事?」
「あーいや。ちょっと個人的なことで。そこまで大したことじゃないんですから」
余計な心配をかけさせないようにと俺は天に愛想笑いをする。
そんな俺に彼女はふむとしばし考え事をするが何かを思いついたのか手をぽんと叩き不意に自身に引き寄せ抱きしめた。
「は!?」
突拍子もない行動に変な声を出してしまった俺は顔を真っ赤にさせもがき離れようとしたが、がっちりホールドされて剥がせない。
それどころか動けば動くほど目の前の柔らかい胸に沈みこんでいく。
それはさながら抵抗しもがけばもがくほど深みにはまる底なし沼のようだ。
「よし、よし」
「……はい?」
慌てる俺とは逆に天は片手で抱き留め、もう片方の手で頭を撫でてきた。
「なに、してるわけですか?」
天の行動が分からず戸惑いの声を上げるが、彼女は聞こえていないのかただ「よしよし」と声を出しながら撫で続ける。
「ねぇ、あれって」
「うわぁ、だいたーん」
「ちっ。死ねばいいのに」
放課後の帰り道であるここは当然学生たちがこの時間通るわけで。
キャーキャー騒ぐ女生徒と怨嗟の声をあげる男子生徒と様々な反応だ。
「あの先輩。人の往来があるんでそろそろ離していただけると嬉しいんですが」
「やだ。白鐘凛が素直になるまで続ける」
「いや、素直も何も……」
(俺の周りの女性って人の話聞かないのばっかだな)
先生と言い天と言い、どうも押しが強く自由な人ばかりで困る。
されるがままになっている俺だが、ふと視界にノイズが走る。
「っ!?」
それは糸を束ねた槍が天もろとも自分を串刺しにしている映像。
「天、こっちに!」
「わっ」
その光景にぞわっと毛穴が開く感覚とともに天の腰を抱き寄せ横に飛んだ瞬間、先程の映像と同じように幾重もの糸の槍がコンクリートの床から飛び出してきた。
「くっそこんな大勢がいる中で。天、大丈夫か!?」
「わ、私は平気。白鐘凛は大丈夫か?」
ひと通り彼女を見るが怪我らしい怪我はなくホッとする。
キャーと叫び声とともに教室に残っていた生徒たちが慌てて教室から飛び出していく。
「天、すぐにミクと一緒に帰ってくれ!!」
「言っている意味がわからない。ちゃんと話せ」
「いいから言う通りにしてくれ!」
「……わかった」
状況を聞こうとする天に有無を言わせない語気で俺は彼女を黙らせると抱きしめていた彼女を解放し背中を押して教師を出ていかせた。
彼女が見えなくなるのを見届けてから俺は左手の『百鬼』を発動させ身構える。
「真闇、いるなら出てこい!」
声を上げ真闇のの名前を出すがしばらくしても彼どころか大蜘蛛も姿を見せない。
「何がしたいんだ?」
俺は辺りを探るが、当然気配なども消えており後を追うことが出来ずにいた。
俺は警戒を続けつつスマホをポケットから取り出しヴァンに連絡を取る。
「……ヴァンか? あの蜘蛛もう動き出して襲われた。いや、見失っちまった」
『承知した。すぐに我々も向かう。それまでは無理に戦わないようにして欲しい』
それだけ言うとヴァンからの連絡は切れた。
すぐに来てくれるとのことで少し安心していると今度はスマホのバイブが鳴った。
液晶画面を見ると先程別れた天からだった。
「もしもし?」
『凛っ。そっちにミクいる!?』
普段の天からはありえない焦った声が耳を打った。
「いや、こっちには来てないけど。どうかしたのか?」
『ミクがいない。部室に行ったらみんな怯えててそれで、それでっ』
「落ち着け天。ミクがなんだって?」
『え、なにあれ。蜘蛛?……キャーッ!?』
「おい、天!? どうした返事しろっ!!」
天の悲鳴とともにスマホが落ちる音がして電話口が静かになった。
俺は何度か大声で彼女の安否を確認するが返事はなかったが、スマホを拾い上げる音が聞こえた。
『・・・・・・・・・』
「……誰だ?」
しかしふと微かな音と漏れ出る吐息に緊張しながら声を掛ける。
だが相手からの返答はなく沈黙が続いた。
「真闇……だな?」
『クックックッ』
確認するような口調で話すとこもった笑い声が返ってきた。
「ミクと天は無事なんだろうな?」
『それはあ、あんた次第さ。場所はく、蜘蛛を追ってきな。もちろん、一人で、でな』
言うだけ言って通話は切れてしまった。
真闇の言い方だとひとまず死んでいる、ということはないだろう。
ふと足元を見ると小さな蜘蛛が数匹、俺の周りを彷徨いたあとこちらを伺いながら窓から飛び降りて行った。
恐らく真闇の『百鬼』の大蜘蛛の一部なのだろう。
「……悪い」
本来ならヴァンたちを待っていったほうが確実だが、人質を取られている以上一刻を争うだろう。
俺はぽつりと未だ来れない二人に謝り蜘蛛を追いかけていった。




