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「お待たせ。テーブルクロスとカーテンを買ってきたぞ。小高い丘の上にある一軒の男の娘カフェなんて乙だと思ったが、買い出しは厄介だな」
「それは乙なんでしょうか……僕にはよく分かりません」
「ケニー、やめとけ。ここはオレたちの常識外の空間だ。深く考えるだけ時間を無駄にする」
真面目に答えるケニーに、カイルが何とも言えないアドバイスをした。
「常識ねえ……日常から離れるって意味では良い場所なんだよな、ここ。買い出しは不便だが」
町まで歩いて行ける距離ではあるが、材料を頻繁に買いに行くことを考えると、やはり自分で入手できるものはこの場で入手できるように環境を整えるべきだろう。
「それではさっそくテーブルクロスとカーテンを……」
「いいや。その前にやるべきことがある。日が暮れる前にな」
「やるべきこととは何でしょう?」
「畑を作る!!」
俺は町でテーブルクロスとカーテンだけではなく、花と野菜の種も大量に購入してきたのだ。
野菜が育てば畑で採れた野菜をサラダとして提供することが出来るし、花が育てば一輪挿しにしてテーブルの上に置くことが出来る。きっと可愛い。
「二人にはまだ庭を見せてなかったな。店の裏にあるんだ。一緒に来てくれ」
俺たちは店の裏にある庭の前にやって来た。
二人を引き取る前に、畑を耕す作業は俺一人で終えている。だからあとは、種を蒔いていくだけだ。
「種の蒔き方を見せるな。こうやって土に指で穴をあけて、穴の中に種を置いて、上から優しく土をかける。出来そうか?」
「はい!」
「分かった」
「じゃあカイルは畑のこの列の担当な。種はこれ。種と種の間はこのくらい空けてくれ。ケニーはこっちの列に、この種だ」
二人は俺に指示された通り、次々に畑に種を蒔いていく。
同時に俺も種を蒔く。三人で種まきをしてもそこそこの時間が掛かるくらい、大きな畑を作ったからだ。
「わあっ!?」
小さな叫び声が聞こえたため顔を上げると、ケニーがこちらへやって来るところだった。
どうやら俺の元へ来る途中で転んでしまったらしい。
「おーい、大丈夫かー?」
「は、はい!」
俺の問いかけにケニーは何度も頷いてから、慎重に畑の中を歩いて俺の元へとやって来た。
「早いな。もう終わったのか?」
「いえ……あの、フェリックスさん。途中で種が無くなってしまいました」
「あれ、おかしいな。あの列に足りるだけの種があったはずなんだが」
「もしかして……僕がミスをしてしまったんでしょうか」
「あー、何個かまとめて蒔いちゃった、とかかな。初心者だから仕方ないさ」
「申し訳ありません」
ケニーは必要以上に恐縮しているように見える。
俺に仕置きとして殴られるとでも思っているのだろうか。
初めて行なう種まきを失敗したくらいで殴るほど俺は狭量ではないと言うのに。
「じゃあ余った部分には今は何も植えないでおいて、芽が出たときに間引いた分を植えることにしよう」
「僕のことを怒らないんですか?」
「このくらいで怒らないって。むしろ間引くことを考えてなかったから、間引きを思い出させてくれて助かったくらいだ」
「間引く、ですか……?」
「そう。苗と苗が近すぎると栄養を奪い合っちゃうから、適度に苗を抜くと残った苗がよく成長するんだ」
ケニーは納得したように何度も頷いていた。
きっと手元にメモ帳があったら、俺の言葉を残らず書き記していることだろう。
「気を取り直して。ケニー、次はあっちの列にこの種を蒔いてくれ。カイルは今の列が終わったら、そっちの列にこの種だぞ」
そう言ってケニーに新たな種を渡す。
俺とケニーのやりとりを心配したのか俺たちの近くにやって来ていたカイルにも、新たな種を渡す。
しばらくすると、また落ち込んだ様子のケニーが俺の元へとやって来た。
「申し訳ありません。また種が足りなくなってしまいました」
「あれれ。もしかしてケニーは種まきみたいな細かい作業が苦手なのか?」
「すみません。種を一粒ずつ埋めたつもりだったんですが、また失敗をしてしまったみたいです」
「ふむ。一粒ずつ埋めたつもりだった、か」
それなのに種が足りなくなると言うことは、一粒ずつ埋められていないということだ。
これが意味することは……。
「もしかしてケニーは目が悪いんじゃないか?」
「えっ」
「物が見えづらくはないか? さっき転んでただろ。昨日だって階段を踏み外して転んでたし。それって足元がよく見えてないからじゃないかと思うんだ」
「確かに見えづらいと感じることはあります。ですが他の人の見え方が分からないので何とも……」
今世での俺はかなり目が良いが、前世での俺は近視だった。
だから分かる。
眼鏡を掛けないと足元がぼんやりとしか見えずに転んでしまう。老眼ではなくても種のように小さなものはたとえ近くにあっても見えづらい。
そういえばフリフリの制服を見せたとき、ケニーは短パンを見てスカートだと言っていた。あの距離で短パンであることが分からないのは近視の証拠だ。
「よし。眼鏡を作りに行こう」
「えっ、眼鏡って高価なものなんじゃ……」
「俺を誰だと思ってる。金なら山ほどあるんだ」
「フェリックスさんは何者なんだよ」
ふと見ると、カイルが近くにいた。またケニーが心配でやって来たのだろう。
なんだか兄弟みたいな二人だ。
「何者って、俺はただのフェリックスだ。なんか知らんが金持ちのフェリックス。あはははは」
「…………」
元勇者パーティーの一員が「男の娘カフェ」というイロモノ飲食店を開店したなんて話がバレたら、きっと勇者の名誉に傷が付く。
俺自身は男の娘が恥ずかしいものだなんて思わないが、この世界の価値観はそうではない。この世界では、男は男らしく、女は女らしくという、いわゆる前時代的な価値観を持っている人が多いのだ。だから男の娘に対して否定的な人が大半だと思われる。
それゆえに俺は、王都から離れたこの町にカフェを作ったのだ。俺が元勇者パーティーだったことを知らない人ばかりの、この町に。
王都では凱旋パレードを行なったから、覚えている人は俺の顔も覚えているかもしれないと思ったからだ。
……まあほとんどの人は勇者の顔ばかりを見ていて俺の顔なんか見ていなかったとは思うが、念のため。
「ただ今から町へ行くと帰りが遅くなりそうだな。眼鏡は明日でも良いか?」
「あっ、えっと、僕はいつでも……あの、本当に良いんですか?」
「もちろん。その代わり、きっちり働いてくれよ」
「はいっ!」
こうして無事に種まきを終えた俺たちは、畑に水を撒いて種が無事に芽を出すことを祈った。そしていつかこの大きな畑いっぱいに花が咲いて野菜が実ってくれることを願って…………畑、大きく作りすぎたな。
俺はとても家庭菜園とは思えない規模の畑を見て苦笑した。




