●32
案内されたエヴァンの家は、聞いていた通りの財政状況が垣間見える様相だった。雨の日には家の中が雨漏りで大変なことになっているに違いない。
俺たちが到着すると、エヴァンの母親は俺たちをすんなり家の中に入れてくれた。エヴァンがあらかじめ話を通しておいてくれたおかげだろう。
「エイプリル。兄ちゃんがお世話になってる人たちが、お前のお見舞いに来てくれたぞ」
エヴァンについて行くと、簡素なベッドで寝ている一人の少女がいた。年齢はカイルやケニーよりも幼いだろうか。エヴァンと同じ黒色の髪をベッドの上に投げ出している。
しかし何よりも目を引くのはその顔色だ。あまりにも血色が悪く、肌が真っ白に見えるほどだ。
「これは……」
ロジーナが眉間にしわを寄せながら少女を見つめている。
「どうだ、ロジーナ」
「病気じゃないわ。この子には、強い魔法が掛けられてるわね」
「魔法ですか!? そんな、それならエイプリルは薬じゃ治らな……」
「問題無いわ。ここには、天才魔法使いのあたしがいるんだから!」
不安いっぱいの表情を浮かべたエヴァンに、ロジーナが懐から杖を取り出しながら告げた。
そしてロジーナは杖を少女に向けつつ、長文の詠唱を始めた。
魔王討伐の旅をしている最中にロジーナが言っていたことだが、魔法は掛けるよりも解く方がずっと難しいのだそうだ。なぜならどのような魔法が掛けられたのかを正しく解析し、正確に解かないといけないから。たとえば同じ体調を悪くする魔法でも、胃を悪くする魔法なのか、肝臓を悪くする魔法なのかで、掛ける魔法の種類は変わってくる。それを正しく見極めないと、魔法を解くことは出来ない。
しかしロジーナは即座に詠唱を始めている。さすがは天才魔法使いだ。
「……よし。これでもう大丈夫」
しばらくすると詠唱を終えたロジーナが、杖を懐に仕舞った。
「これで、エイプリルは元気になるんですか!?」
「無事に原因は取り除いたわ。ただし、掛けられてた魔法を解いただけで回復魔法を掛けたわけじゃないから、あとの回復は自己治癒力頼りだけどね。回復系は苦手なのよ、あたし」
回復系の能力を使うには、ルシアのような慈悲深さが必要になってくる。ロジーナも慈悲深いところがゼロと言うわけではないから応急処置的な治癒魔法は使えるが、ずっと寝込んでいた人間を元気いっぱいにすることは出来ない。
ロジーナは、慈悲深い心ではなく、自分の興味関心や好奇心を刺激されたときにだけ動きがちだから。
回復魔法には愛されていないが、実のところ俺としてはロジーナのそういうところは人間らしくて割と好感を持っている。
「う、ん……」
俺がベッドに横たわる少女から目を離している間に、少女の口がわずかに動いていた。
「エイプリル!?」
エヴァンが名前を呼びかけると、少女の目がゆっくりと開いた。少女はエヴァンと同じ澄んだ青色の目をしている。
「お兄、ちゃん?」
「よかった、エイプリル!!」
エヴァンが感極まった様子で少女の身体を抱きしめた。
* * *
「どう思う、ロジーナ」
エヴァンの家からの帰り道、隣を歩くロジーナに尋ねる。
ロジーナは腕を組みながら難しい顔をしている。
「あの魔法を掛けるにはかなりの魔力を消費するから、イタズラ目的で掛けるのは割に合わないわ。そもそも魔法をイタズラに使うような低級の魔法使いじゃ魔力が足りないでしょうし。でもあんな小さな子がイタズラ目的以外であの魔法を掛けられるなんて……」
そこまで言ってから、ロジーナは大きな溜息を吐いた。
「ねえ、フェリックス。子どもが寝込んで一番儲かるのは誰だと思う?」
「……医者を調べる必要がありそうだな」
先日のエヴァンの話でも、とある医者しか持っていない高価な薬、と言う怪しい単語が出ていた。
どう考えても、一番の容疑者はその医者だろう。
「フェリックス、悪者退治をするときは呼んでよねー。最近そういうのご無沙汰だったから、久しぶりに暴れたい気分なの。ストレスも溜まってるし」
「忙しいんじゃなかったのかよ」
「楽しいことに割く時間は無限にあるの、あたし」
悪者退治を楽しいこと換算するのは、善いことなのか、悪いことなのか。
……やりすぎなければ悪者退治は世の中のためになるから「善いこと」かもしれない。
たぶんロジーナはやりすぎるだろうが。
「そうだ。この機会に勇者パーティーを再結集するか!? パーティーを解散してから、勇者とルシアにはまだ会ってないんだよな」
「あー、それは無理かも。勇者は今、王宮内のごたごたに巻き込まれて大変らしいから。それにルシアは悪党側にも情けをかけちゃうからなー。今回の犯人は子どもに危害を加えてて情けをかけるような人じゃなさそうだから、ルシアはいない方が都合が良いかも?」
ルシアの慈悲深さが裏目に出る……確かにそうかもしれない。ルシアはまた別の機会に呼ぼう。
勇者は悪者にはきちんと制裁を加えるタイプだが、気軽にここへ呼べる状況でもないらしい。王宮内の権力争いにでも巻き込まれているのかもしれない。
「……あれ? 流れで一緒に歩いてるが、ロジーナはこれから王都に帰るのか?」
ロジーナは移動魔法を使えるから、帰ろうと思えばエヴァンの家から王都までひとっ飛びだったはずだ。
そうしなかったのは、こうして歩きながら俺と今回の事件について話すためだろうか。
「ううん。今日は魔法を使いすぎたからフェリックスのところで一泊して、王都に帰るのは明日にするわ。移動魔法は魔力を大量消費しちゃうのよー。魔法を解くのにも魔力を相当使っちゃったしねー」
「俺の家に泊まることを勝手に決めるなよ!?」
「余ってる部屋が大量にあるくせにケチケチしないの。いいじゃない、魔力が回復したらすぐに帰るから」
「いや、勝手に決めないでくれってだけで、泊まること自体は別に良い。今日はロジーナに助けてもらったし、ロジーナのことは俺がここに呼び寄せたんだし。空き部屋はいくらでも自由に使ってくれて構わない」
俺の言葉を聞いたロジーナが、ニヤリと口の端を上げた。
「せっかく泊まるから、男の娘たちと一緒にお喋りをしちゃおっかなー。フェリックスが魔王幹部を倒した話って、してもいい?」
「それはやめてくれ」
俺はあの町では「元勇者パーティーの格闘家」ではなく、ただの「男の娘カフェの店長」として過ごしたいのだ。
魔王討伐のご褒美として、どうかスローライフを満喫させてほしい。
「じゃあ代わりに恋バナでもしちゃおっかなー。店の中で痴情のもつれでも起こってたら面白いんだけど、どうかなー?」
「店内をギスギスさせるような真似はしないでくれよ……」
あの可愛い男の娘だらけの店内で痴情のもつれなんて無いとは思うが、楽しそうにスキップを始めたロジーナに俺は恐怖を覚えるのだった。
* * *




