●28
客と一緒にボーッと二人のやりとりを見ていた俺を、急にダイアナが話に巻き込んだ。
俺が素っ頓狂な声を上げながら目を丸くしていたのに、マーシャル子爵はダイアナの言葉を信じてしまったらしい。みるみるうちに顔を真っ赤にして怒り始めた。
「お前! うちのダイアナをたぶらかしたのか!?」
たぶんこのやりとりを見物している客の大半は、俺の反応を見て、今の言葉がダイアナの嘘だと気付いているだろう。
きっとマーシャル子爵の隣に控えている護衛も気付いているはずだ。しかし護衛は子爵の言葉に頷く以外のことはしないらしく、ただ黙って立っている。典型的な子爵のイエスマンのようだ。
「こんなイロモノの珍妙な店の店長が、ダイアナに釣り合うはずがないだろう!? 大規模デパートの経営者ならまだしも、このような小さな店の店長風情が、身の程を知れ!!」
マーシャル子爵は俺に詰め寄ると、唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。
店の経営者としては、穏便に退散してもらえるよう笑顔を浮かべつつ下手に出るべきだろう。
しかしここまで言われて、黙っているわけにはいかない!
「……さっきから黙って聞いてれば」
俺は大きく息を吸い込むと、子爵に負けないくらいの大声で叫んだ。
「珍妙、珍妙と! そのような陳腐な言葉でこの店を語らないで頂きたい!!」
「……フェリックス、さん?」
俺のことを巻き込んだ張本人であるダイアナが、聞き間違いかと戸惑った声を出した。
大丈夫だ。聞き間違いではない。
俺のことは何と言われようと、どうでもいいのだ。そんなことは旅の間に何度も言われてきたから慣れてしまった。
だが、男の娘カフェをけなされることはスルー出来ない!
「男の娘について意見したいのなら、もっと言葉を尽くしてください。珍妙珍妙と同じ単語を何度も連呼するのではなく! いやまあ俺も普段可愛い可愛いと連呼してるわけだが、あれは鳴き声のようなものだから……とにかく。男の娘には、女の子とは別種の可愛さがあるんです。可愛らしい服を着て恥ずかしがる姿も、自分の可愛さに自信満々な姿も、パンケーキにシロップで乙女チックな絵を描く姿も、みんな違ってみんな良い。珍妙なんて言葉でひとくくりに出来るものではありませんッ!!」
俺は一度言葉を切って空気を吸うと、男の娘の魅力を畳みかけるように語った。
「それに『男の娘』関連の仕事は、この世界ではブルーオーシャンです。つまり誰も注目してない男の娘を店として打ち出すことで、商売として勝機がある! 実際にこの店はまだオープンして三か月なのに、この繁盛具合です。町にある店じゃないんですよ? 町から離れてるのに、この人気なんです! 潜在的な男の娘好きはたくさんいるんです。男の娘の概念が無いから気付いてなかっただけなんです。だから俺は、この世界に男の娘の魅力を伝えたい! 男が可愛い服を着ても良いんだと叫びたい!!」
俺の言葉を聞いたマーシャル子爵は、客で埋まった店内を見渡した。
客の中には俺に向かって拍手をしている者すらいる。ここにいる客はみんな同志だからだ。
「……ふむ。小さな店の店長ではあるが、どうやら商才はあるようだな」
「そうです。男の娘には、世の中の人間を引き付ける魅力があるんです!」
「しかし! ダイアナとの交際は認めん!!」
「俺も恋人持ちの男の娘よりはフリーの男の娘の方が良いです!!」
「なんだか二人とも、微妙に会話が噛み合っていないような……?」
熱くなりながら会話をするマーシャル子爵と俺を見たダイアナが困惑した目を向けている。
そんなダイアナの腕を、子爵が引っ張って自分の近くに引き寄せた。
「どうしてもダイアナとの交際を認めてほしいのなら、うちまで挨拶に来い! そのときにあらためてお前のことを審査してやる! そしてダイアナ。お前は自宅謹慎だ! そこの男がうちに来るまでは一歩も外には出さん!」
「お父様っ!?」
「いいから来い!!」
「ちょっと待っ」
俺がダイアナを連れ戻そうとすると、俺とダイアナの前に護衛が立ちはだかった。
護衛くらい格闘術でどうとでもなるが、この状況でそれを行なうのは悪手だろう。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。フェリックスさん、みなさん」
店を出る直前、マーシャル子爵に連行されつつ、ダイアナが店内に向かって謝罪の言葉を口にした。
それから少しすると、馬車が出発する音が聞こえてきた。
「嵐のような人でしたねえ。貴族ってみんな、ああなんですか?」
店の外を確認しつつ、エヴァンが尋ねた。
「貴族によるが、マーシャル子爵はまごうことなき嵐だったな」
「念のため聞きますが、店長とダイアナは付き合っ」
「付き合ってない!!」
「ですよねえ」
苦笑したエヴァンがもう一度、去っていく馬車を眺めた。
* * *
交際をしていると言うのはダイアナが咄嗟に吐いた嘘だが、このまま俺がマーシャル子爵邸に行かないとダイアナはずっと外出禁止のままだ。
それは可哀想だし、ダイアナの洗い物が早くなった今、ダイアナがキッチンにいる日といない日の俺の疲労具合は段違いだ。それに紅茶の味も段違いになっている。
だから、ダイアナには一刻も早く職場復帰をしてもらわないといけない。
そのため今日は店を臨時休業とし、俺は単身マーシャル子爵邸に向かっている。
なおエヴァンに「勤務日が減ることで給料が減るのは困る」と言われたため、今日は今後のために文字の読み書きの勉強をしてもらうことにした。
先生役にカイルとケニーを任命したが、上手く教えられるだろうか。
……まあ、喧嘩さえしなければいいか。どうせ文字の習得は、店を閉めたまま出来る仕事を探した結果見つけた作業というだけだから。
俺は頭を振って男の娘たちのことを脳内から追い出すと、大きく息を吸った。
今日はダイアナを連れ戻すことだけを考えなくては!




