●27
「嘘でしょう!?」
翌日、キッチンからホールを覗いたらしいダイアナが、驚いた声を上げてホールから隠れるようにキッチンの端へと移動した。
「どうかしたか、ダイアナ?」
「あっ、えっと、なんでもない、ですわ」
ダイアナは誤魔化そうとしたが、ダイアナが何から隠れているのかはすぐに分かった。
店内にいる他の客とはまるで装いの違う人物が、ちょうど店内に入ってきたところだったからだ。
「いらっしゃいませ」
「君が従業員か……すごい格好だな」
店にやってきたのは、一目で貴族と分かる装いの男と、男の護衛のようだ。
男たちは、自分に近付いてきたエヴァンの制服を見て、顔をしかめた。
この店に来るのは男の娘が好きな客ばかりだから、そうではない人が男の娘を見てどのような顔をするのかを忘れていた。
エヴァンは男たちの表情に頬を引きつらせたものの、笑顔を貼り付けながら対応を続けた。
「この制服が店の売りなんです。ええと、二名様ですねえ。こちらのお席へどうぞ」
「はあ。そんなことより、従業員の中に金髪に茶色い目をした少女はいないか?」
「えっ」
エヴァンはどうしたものかと、キッチンにいる俺に視線を向けた。俺の指示を仰ごうと思ったのだろう。
しかしエヴァンのその様子を見た男たちは、ずかずかと店内を進んだ。
もしも該当人物がいないのなら、上司に指示を仰ぐ必要が無いと気付いたからだろう。
「あの、ちょっと待ってください!?」
エヴァンの制止を聞かずに店内を進んだ男たちは、まっすぐに俺の元へと歩いてきた。
だから俺の方からも、キッチンの前まで歩み出た。
「君がこの店の店長か」
「その通りです。失礼ですが、どちら様でしょうか」
「わしは、子爵家のアンソニー・スー・マーシャル。ダイアナの父親だ。ダイアナがおかしな店で働いているという報告を受けて、この店に来た。飲食店のようだが、確かに珍妙な店だな」
やはりダイアナの関係者だったか。
現在ダイアナは、キッチンの奥で隠れている。
それにしても。
「珍妙な店、ですか」
「ああ。性接待をする店ではなさそうなことには安心したが、珍妙な店ではある。間違っても出入りしたいとは思えん場所だ」
「この店は、いわゆる隙間産業ですからね。大勢の人間に認められるとは思ってません。この世界には男の娘という概念すらありませんでしたから。仕方の無いことです」
「何を訳の分からないことを言っている。そんなことはどうでもいい。ダイアナはどこだ!?」
大声を出しながら、マーシャル子爵がキッチンの中を覗こうとしてきた。
それを俺の身体で押し戻す。
「申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になりますので」
「ダイアナ! 出て来い、ダイアナ!」
マーシャル子爵は俺の言葉になど聞く耳を持たず、ついには叫び始めた。
「お客様、店内で大声を出されるのは……」
「ダイアナ! お前が出てくれば騒ぐ必要も無いんだぞ!? 早く出てこい!!」
「……お父様、お店に迷惑を掛けるのはやめてください」
自分が出て行かないとこの騒ぎが収まらないと判断したのだろうダイアナが、観念した様子でキッチンの奥から出てきた。
するとエプロン姿のダイアナを目にしたマーシャル子爵は、ショックを受けたように頭を抱えた。
「やはり報告は正しかったのか。ダイアナ、どうしてこんなところで働いているのだ!? お前の欲しいものは、わしがすべて買い与えているだろう。働く必要などないはずだぞ!?」
「お父様。わたくしは、何も出来ない自分が嫌なのです。洗い物や料理、掃除など、そういったことの出来る自分になりたいんですの」
「ダイアナ。お前がそのようなことをする必要はない。うちだけではなく、嫁ぎ先にも使用人がいるのだから」
マーシャル子爵の隣に控える護衛らしき男も、子爵の言葉に何度も頷いている。本当に子爵はダイアナにすべてを買い与えているのだろう。それは満たされ過ぎてハングリー精神を持たないダイアナを見ていても感じる。
「嫁ぎ先と言えば、婚約話も停滞したままではないか。先延ばしにせずに早く婚約をしなさい」
「わたくし、お父様の勧めるあの方とは婚約も結婚もしたくありません。わたくしはあの方が苦手なんですの」
「何故だ。彼はお前と年齢が近い上に、身分も申し分ない。理想的な相手ではないか!」
「けれど、彼には恋人がおりますわ。無理やり愛する恋人と別れさせて結婚をするなんて、わたくしには耐えられません!」
「貴族の結婚に愛は必要ない。恋人と別れさせるとお前が悪者になるのなら、妾として認めればいいだろう。それだけで良い暮らしが出来るのだから、お前としても悪い話ではないはずだ」
なんだか貴族のドロドロとした話が繰り広げられている。
平民には縁の無い話だからか、それとも他人の恋愛のもつれは見ていて楽しいのか、今や店内の全員がダイアナとマーシャル子爵の会話に注目している。
「お父様。実はわたくしにも恋人がおりますの。彼ですわ!」
「…………へっ?」




