●21
エヴァンは店内にある一つの椅子に腰かけていた。
エヴァンの正面の椅子に、俺も腰かける。
「休みの日に来るなんて、もしかして深刻な話か?」
仕事を辞めたいという相談だったらどうしようかと不安に思ったものの、エヴァンの話はそういったものではなかった。
「俺がしたい話というのは、ケニーのことなんです」
「ケニーのこと? もしかしてケニーとギクシャクしてるとか?」
「いいえ。ケニーとはギクシャクする以前に、仕事内容以外の話をしたことがねえんです」
ああ、そういえばまだエヴァンとダイアナの歓迎会をしていなかった。
忙しすぎてすっかり忘れていたが、店が忙しいからこそ、歓迎会は必要だったかもしれない。
営業中に従業員同士で雑談をするような暇は無いから、歓迎会でもしなければ、仲を深める機会が無かったのだろう。
近々みんなで予定を合わせて、歓迎会を開こう。
「ギクシャクしてないなら良いが、それならケニーのことで相談って何だ?」
俺が尋ねると、エヴァンが店のドアをちらりと見た。ドアの向こうではケニーが筋トレをしている。
「実は……町で見ちゃったんです。ケニーが町の子どもたちにいじめられてるところを」
「いじめっ!?」
「大声を出さねえでください。ケニーは知られたくねえかもしれませんから」
思わず復唱をした俺の口を、エヴァンが身を乗り出して押さえた。
「でも店長には伝えておいた方が良いと思ったんです。店長はカイルとケニーの保護者なんでしょう?」
「その通り、俺はカイルとケニーの保護者だが……ケニーがいじめられる要素なんてあるか? ケニーはほとんどの時間、この店にいるのに?」
「そりゃあこの店に来たことのある大人が子どもに伝えて、それが子どもたちの中でうわさになったんだと思いますよお。ケニーは店でフリフリの変な衣装を着てるって」
「変じゃない! 男の娘だ!」
「問題なのはそこじゃねえですよ。理由が何であれ、ケニーがいじめの対象になっちゃったってことです」
いじめ、か。
俺は運の良いことに、この世界でも、以前の世界でも、いじめられたことはない。
それに子どもを持ったこともないから、こういう場合にどうするべきか、正しい答えが分からない。
「下手に保護者が介入すると、いじめが陰湿になっていく可能性がある……よな?」
「俺に聞かれても分からねえですよ。でも度が過ぎるようなら介入もアリだと思いますよ。店長に怒られたら、子どもは絶対にビビりますから」
「うーん……とにかく教えてくれてありがとう。あとはこっちで何とかするから、エヴァンはケニーとこれまで通りに接してくれると助かる」
「俺としてもいじめっ子はムカつくんですが、ケニーといじめっ子との事情を知らないのに勝手なことも出来なくて、店長に報告をしただけです。ケニーをいじめるな!って割って入るほどの関係性もねえですし」
「そうか、うん。分かった」
やはり早いうちに歓迎会を開いた方が良さそうだ。
* * *
「なあ、カイル。一緒に散歩でもしないか?」
「散歩って言っても、もうだいぶ暗いけど」
「そうなんだが、最近ケニーとトレーニングばっかりしてるからさ。カイルとも交流をしておきたいって言うか……」
「ふーん? まあいいけど」
カイルは俺の意見に了承すると、一緒に家の外に出てくれた。
そのまま夜風を浴びながら、二人でひたすらに歩く。
そして家からだいぶ離れたところで、カイルが口を開いた。
「それで、オレに何の話があるんだよ?」
「あっ、やっぱり気付いてた?」
「気付くって。ケニーには聞かれたくない話なんだろ?」
あまりにも察しが良すぎる。
それとも俺の散歩の誘いがわざとらしかったのだろうか。
俺は意を決すると、カイルにケニーのいじめ問題を相談してみることにした。
「今日、ケニーが町でいじめられてるかもしれないって話を耳にしたんだ」
「耳にした? ケニーから直接聞いたわけじゃないのか?」
「ケニーは何も言ってない。言ってくれてない」
俺はそんなに頼りない保護者なのだろうか。悩みを相談できないほどに……。
しかし俺がしょんぼりとしていると、カイルがあっけらかんとした調子で言った。
「そりゃあケニーは言わないだろうな。自分で解決しようとしてるんだから」
「自分で解決しようとしてる?」
「いじめを見つけたオレがケニーを庇おうとしたときに、言われたんだ。これは自分で解決するべき問題だから手を出さないでくれ、って」
カイルもケニーのいじめ問題を解決しようとしたことがあるのか。
……それはそうか。カイルはケニーのことを、実の家族のように大切にしているから。
「でもケニー自身で解決できる問題なのか? いじめって深刻な問題だと思うぞ」
「何を不思議そうな顔してんだよ。最近、フェリックスとトレーニングしてるだろ、ケニーは」
「まさか……あのトレーニングは、いじめ問題を解決するためのものだったのか!?」
「普通、いじめの話とトレーニングの話を結び付けて考えられると思うけど」
結び付けて考えられなかった……。
しかし、そうか。ケニーはいじめに立ち向かおうとしているのか。
「ケニーって意外とガッツがあるんだよ」
「うん、知ってる。トレーニングもすぐにやめると思ってたのに、続いてるからな」
「ランニングに筋トレなんて、よくやるよな。全然楽しくなさそうなのに」
「あのさ、カイルは大丈夫なのか? ケニーは男の娘カフェでの制服が原因でいじめられたんだろ? カイルも同じ制服を着てるから……俺があの制服を着せてしまったから……」
俺が急に心配になって尋ねると、カイルが可愛らしくウインクをした。
「オレは『女みたいな服を着てて変。キモイ』って言われたら、『オレはその辺の女よりずっと可愛いから、ああいう服が着れるんだよ。不細工のお前らには着こなせないだろ。何でも着こなせる選ばれし人間だから、オレの勝ち!』って言い返してる。事実だから、みんな悔しそうな顔をして去っていくよ」
あまりにも強い。
これだけ口が達者なカイルをいじめるのは、簡単なことではないだろう。
「それでも突っかかってくるやつには、『オレはこの可愛さで金を生み出してるけど、お前は? うんこしか生み出せない分際で偉そうな顔をするなよ。今度町でお前を見たら「おーい、うんこ製造機」って呼びかけるな!』って言う。これを言うと、大抵のやつは二度と近寄ってこないんだ」
うんこ製造機なのは、人間なら誰しもがそうだと思うが……。
それにしても、子どもは「うんこ」が好きだな。
こういうところは、この世界も前の世界も変わらない。
この世界と日本との意外な共通点を見つけて、俺は一人で吹き出してしまった。




