●20
「おはようございます! フェリックスさん、特訓よろしくお願いします!」
翌朝、ケニーは俺と合流する前から気合い満々の様子でストレッチをしていた。
俺が店の外に出ると、俺の姿を見つけたケニーは、パッとストレッチを止めて俺の元に駆け寄ってきた。
「お、おう。そうだな、まずはストレッチだな。すでにやってたようだが、あらためて一緒にやってみよう。こうやって身体を捻るとここの筋肉が伸びる。ここを曲げると、今度はこっちの筋肉が伸びるんだ」
俺はいくつかのストレッチを実践しつつ、ケニーにも同じストレッチを促した。
そして俺のストレッチを模倣するケニーの身体を押して、より効果的な形に整えてやる。
「あっ、ちょっとこのストレッチは痛いかもです」
「じゃあケニーはここの筋肉が強張ってるんだな。寝る前にでも、このストレッチを毎日続けると良いぞ」
「分かりました!」
しばらくストレッチをしてから、俺は森を指差した。
「じゃあ次は森まで走るぞ。ランニングだ」
「えっと、強くなるための、組手みたいなものは教えてもらえないんですか?」
「あはは、ケニーに組手はまだ早い。森まで走って、また店まで戻ってきても、ケニーがぐったりしなくなってからだな」
そう言って、俺はケニーの前に立つ。
「じゃあ、俺についてくるんだぞ。森まではノンストップで走るからな」
「はいっ!」
こうして始まったランニングに、ケニーは思ったよりも頑張ってついて来ていたが、森に着いたところで倒れ込んでしまった。
「ゼエゼエ……フェリックスさん、早いですよ……」
「俺は走るどころか早足だったんだがな。まあ歩幅が違うから仕方ない。少し休んだら店まで戻るぞ。その前に水は必要か?」
俺が持って来ていた水を取り出すと、すぐにケニーが手を伸ばしてきた。
「ぷはあっ……生き返りました!」
「そうか、良かった。それなら店に戻ろうか」
「まさか、また店まで走るんですか……?」
「最初に言っただろう。それにこのままここにいても仕方がないからな」
「強い男になるのって大変なんですね」
トレーニング内容に衝撃を受けている様子のケニーが、可愛面白い。
もしもケニーが俺の実家で生まれていたら、衝撃の連続すぎて気絶をしてしまうことだろう。
「何を言ってるんだ。これは朝食前の軽い準備運動だぞ。ケニーがこれを軽い運動だと思えるようになった頃に、組手を始めよう」
「これが、軽い、運動……?」
ケニーは一気にげっそりとした。
まだ特訓が始まってもいないとは思わなかったのだろう。
「やめるならそれでもいいぞ。ケニーは格闘家じゃなくて男の娘カフェの従業員なんだから、強くなる必要はない。現にカイルは家でのんびりしてるしな」
「い、いいえ! 続けます!」
ケニーの目に再び生気が宿ったのを見て、俺はまたランニングを開始した。
* * *
すぐに諦めると思っていたケニーだが、予想に反して定休日のたびに森までのランニングをしている。
なお俺もケニーに付き合って一緒に走っている。最近は店の運営ばかりであまり走っていなかったためか、適度に身体を動かすことの心地良さを思い出したのだ。
「最近は走り終わってもぐったりしなくなってきたな、ケニー」
「でも疲れるのは変わりません。もっともっと頑張らないと」
今日はすでにランニングを終えて、朝食を食べた後に、筋肉トレーニングをしている。
「あはは。向上心があるのは良いが、無理はするなよ。筋肉は一朝一夕で付くものでもないから、負荷をかけ過ぎずに適度なトレーニングを長期間続けるのが一番だ。負荷をかけ過ぎると怪我をするからな」
「そうなんですか? 僕は早く強くなりたいんですが……」
「そんな方法があったら、誰もトレーニングなんてしないさ。俺だって旅に出るまで二十年間ずっと鍛えてたんだから」
「フェリックスさんは旅をしていたんですか? そういえばロジーナさんとそんな会話をしていたような気もしますね」
「そうだな。あれは過酷な旅だった」
俺は勇者たちとの旅を思い出して苦笑した。
旅の間はトレーニングをするまでもなく、自然と身体を鍛える毎日だった。
「過酷な旅……フェリックスさんは冒険者だったんですか?」
「冒険者と言うか王命で」
「おうめい?」
「あっ、あーっ! カイルは今日、どこに行ったんだろうな!?」
口を滑らせた俺は、急いで話題を変えた。
「カイル君は今日、町で買い物をするって言っていました。せっかく給料が入ったので」
「買い物か。何を買うんだろうな」
「髪留めを買うと言っていましたよ。髪を伸ばして結びたいんですって」
「カイルはカイルで向上心がすごいな」
カイルはいつの間にか、立派な男の娘になっている。
カフェの営業中だけの「営業男の娘」だったはずなのに。
「あっ! 店長、おはようございます!」
「おはよう、ってエヴァン? 今日は定休日だぞ?」
なぜか休みにもかかわらず店にやって来たエヴァンを見て、目を瞬かせる。
「ちょっと店長に話がありまして……お時間はありますか?」
「分かった。エヴァンは店内に入っててくれ。ケニー、エヴァンとの話が終わるまで一人で筋トレしててくれるか?」
「はい!」
「きちんと水と休憩を摂りつつやるんだぞ。無理はするなよ」
頑張りすぎるところのあるケニーにそう忠告をしてから、俺は店の中へと入った。




