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太陽の光の届かない暗くてじめじめとした場所。薄暗い倉庫にはいくつもの牢屋があり、何人もの人間がその中に閉じ込められていた。
「さあさあ、旦那様。お好きな奴隷をお選びくださいませ」
前世を日本で過ごしてきた俺にとっては嫌悪感を抱いてしまう光景だが、勇者も憤りを感じていたようだからそのうち状況が改善されるに違いない。何と言っても勇者は王の娘、この国の姫と結婚をしたのだから。
俺としても奴隷市場については何とかしたいが、だからと言ってただ奴隷商人を捕まえても、その後の生活が出来なければ奴隷たちは野垂れ死んでしまう。奴隷たちには長期的の支援が必要なのだ。
だから今の俺に助けられるのは、俺が養える人数だけ。
「子どもの奴隷はいますか?」
「子どもですね。もちろんですとも。現在は……ああ、二人ですね。申し訳ございません。先日子どもを大量に買われたお客様がいますので」
案内された牢の中には、二人の男の子が座っていた。
赤髪の少年と、亜麻色の髪の少年だ。薄暗いため瞳の色はよく見えない。
「こんにちは。君たち、俺のところに来るつもりはないか? カフェで働いてもらうことになるが、衣食住は保証する。あー、あとカフェでは可愛らしい服を着てもらうことになる」
「ヒッヒッヒ。そういう用途ですかい、旦那様」
奴隷商の男が良からぬ笑みを浮かべているが、たぶんこの男の想像している「可愛らしい服」ではない。
「……オレたちをいかがわしいことに利用するつもりってことか」
奴隷商のせいで何かを勘違いしたらしい赤髪の少年が軽蔑の視線を向けてきた。
こんの奴隷商め! いきなり嫌われちゃったじゃないか!
「違うよ。普通に接客をしてもらうんだ。飲食物を運んだり、店内を掃除したり」
「そういう接客を『可愛らしい服』を着てするってことか」
「その可愛らしい服って言うのも勘違いだ。フリフリした正しい意味での『可愛らしい服』だよ」
「ハッ! どうだかな!」
「おい! 主人になるかもしれない相手に何という言葉遣いだ! 申し訳ございません。こいつは躾の途中でして。おかげで売れ残っておりまして……躾が行き届いておらず恥ずかしい限りです」
俺たちの会話を聞いていた奴隷商が俺にペコペコと頭を下げてきた。
「君はどうかな。可愛い服を着て働くのは嫌かな?」
俺は奴隷商の言葉を無視して、もう一人の亜麻色の髪の少年に尋ねた。
すると亜麻色の髪の少年は怯えた目で俺のことを見つめた。
「……殴りませんか?」
「殴る!? なんで!?」
「……前のご主人様はすぐに殴る人でした」
ああ、なるほど。
この少年は一度どこかの家に売られた後、奴隷に逆戻りをしたのか。
「君が悪いことをしたら叱るかもしれないが、主に口で叱る。悪いことの度合いによってはお尻ペンペンをするかもしれないが、悪気の無いミスならそんなことはしない」
俺は赤髪の少年と亜麻色の髪の少年に向かって手を伸ばした。
「少なくとも、ここにいるよりは良い生活を保障するよ。どうかな?」
「……買いたいなら勝手に買えば良いだろ」
「カイル君が行くなら僕も行きたいです。どっちか一人だけですか?」
「いいや。二人ともだ!」
俺は奴隷が売れてにっこり笑顔の奴隷商に金を渡すと、二人を家に連れ帰った。
* * *
「まずは風呂だな! 徹底的に洗うから覚悟しておけよー!」
二人を家の風呂場まで連れてきた俺は、そう言って指をポキポキと鳴らした。
太陽の光の下に連れ出した二人は、想像以上に汚れていた。
何度洗えば綺麗になるのだろう。腕が鳴る。
少年たちはカイルとケニーという名前らしい。
赤髪に黄色の目がカイルで、亜麻色の髪に緑の目がケニーだ。どちらも年齢は十歳程度だろうか。
日本での価値観で考えるならまだまだ働くような年齢ではないが、この世界の基準で考えると働いていてもおかしくない年齢ではある。まあそれも家庭の経済状況によるだろうが。
「二人はここでちょっと待っててくれ。着替えとタオルを取ってくるから」
二人が頷いたのを見た俺が一旦風呂場を離れて着替えとタオルを持って戻ってくると、二人は風呂場にはいなかった。
汚れていたせいで付いたのだろう足跡を追うと、二人は階段を駆け下りているところだった。
「あっ、おい!? お前ら、洗う前に走り回るなよ!?」
「チッ、気付かれたか。急げ、ケニー!」
「待って、カイル君……うわっ!?」
急いで走ったせいだろうか。
階段の最後の数段で、ケニーが派手に転んでしまった。
「ケニー!? ……くそっ!」
ケニーが転んだことに気付いたカイルが、悔しそうな顔をしながら戻ってきた。
二人の様子を見るに、どうやら二人はこの家から逃げ出すつもりだったようだ。
……逃げ出したとしても、無一文の子ども二人で暮らしていけるほど現実は甘くない。一瞬二人を自由にすることも考えたが、大人としてはきちんと面倒を見てあげることが優しさだろう。その上で成長した二人が改めて家を出たいと言うなら、そのとき自由にしてあげよう。
「はいはい、走り回るのは身体を綺麗にしてからにしてくれよ」
俺はカイルとケニーを小脇に抱えると、二人を再び風呂場へと連れて行った。
「うわあ、水が真っ黒」
連れ戻されたカイルとケニーは、嫌がることもなくお互いの身体を洗いっこした。
二人は逃げ出そうとした罰を少しでも軽くしようとしているのか、一転して従順な態度だ。
二人が身体を洗いっこしている間に、俺は二人の頭を洗ってやる。
「あの、えっと……ご主人様」
「ご主人様ってのはカフェの客に言ってくれ。いや、うーん。コンセプトがブレるからお客様の方が良いかな? まあそれはのちのち考えるか。とにかく俺のことは、フェリックスでいい」
「フェリックス様?」
「うーん、敬称を付けるなら『さん』が良いかな。俺は様付けに慣れてないんだ」
「あの、フェリックスさん。お風呂場を汚してしまってすみません」
ケニーが自分たちから流れる黒い水を眺めながら謝罪を口にした。
「気にするな。悪いのはあの奴隷商だ。子どもを劣悪な環境で暮らさせるなんて。ここでは頻繁に風呂に入らせてやるからな」
俺はカイルの頭を洗い流し、今度はケニーの頭を洗い始めた。
「服も用意してあるが、君たちを見る前に適当に買っておいたものだから、多少サイズが合わないのは許してくれ」
頭を振って、垂れてくる水を払ったカイルが、俺のことをにらんだ。
まだ奴隷商の言った、俺がいかがわしい服を着せるつもりだ、という言葉を信じているのかもしれない。




