●16
「たのもーっ!!」
「ここは道場じゃないぞ?」
とある定休日、店に黒髪青目の少年がやって来た。
男の娘店員として有望だが、第一声から察するに目の前の少年は従業員希望ではなさそうだ。
「知ってる、いや、知ってます。従業員募集の張り紙を見たんです!」
「従業員希望者!?」
まさかの、待ちに待った従業員希望者だったらしい。
えっ、絶対に欲しい。この子にフリフリの制服を着せたい!
新たな従業員は最低でもお金の計算や文字が読めることが最低条件だと自分で言っていたにもかかわらず、少年の姿を見た途端に雇いたくなってしまった。
待て、落ち着け。
今回の従業員集めの結果次第では、カイルとケニーが過労で倒れてしまうかもしれない。新たな従業員は慎重に選ばなければ。
「じゃあ君のことについていろいろ聞きたいから、とりあえず店の中に入ってくれ」
「はーい!」
少年を店内に招き入れようとしたところで、物陰からものすごい勢いで一人の少女が俺たちの前に飛び出してきた。
「あ、ああ、ああああの! わたくしも従業員に立候補したいですわ!」
「君も? じゃあ君も中に入って。一緒に面接をした方が効率的だから」
俺は二人を店の中に招き入れると、一つのテーブルに座らせた。二人が横に並び、俺が二人の正面に座る形だ。
「まず自己紹介からかな。俺はこの男の娘カフェで店長をやってるフェリックスだ。それで、黒髪の君の名前は?」
「エヴァンです」
「ふむ。じゃあ金髪の君の名前は?」
「ダイアナ・スー……ダイアナですわ」
「エヴァンにダイアナだな。じゃあさっそくだが、二人に確認しておきたいことがある。二人はお金の計算か文字の読み書きは出来るかな? 文字に関しては書けなくても読めればいいが」
俺の質問に対し、先に口を開いたのはダイアナだった。
「文字の読み書きなら、問題なく出来ますわ。計算も多少は出来ますけれど、実際にお金の計算はしたことがありませんわね」
「俺は、文字の読み書きは出来ねえです。でもおつかいはよくしてるから、お金の計算は出来ると思う、思います」
なんと! 二人ともが条件をクリアしているなんて!
これは奇跡と呼んでもいいかもしれない。
「じゃあ文字の読めるダイアナは、オーダー表を読む必要のあるキッチンスタッフ。お金の計算が出来るエヴァンは、会計業務のあるホールスタッフ。これで採用しよう」
「ちょっと待ってください!?」
大満足している俺に、エヴァンが焦った様子で待ったをかけた。
「俺はキッチン希望なんです! だってここのホールスタッフって、フリフリ衣装じゃねえですか! 俺には無理です、あの衣装は!」
「わたくしは逆にあのフリフリ衣装が着たくて応募したのですけれど、キッチン担当にされてしまうんですの?」
どうやらエヴァンはキッチン希望で、ダイアナはホール希望だったらしい。
なかなか上手くいかないものだ。
……いや、ここが男の娘カフェである以上、ダイアナの希望はおかしいのだが。
「エヴァンはさておき、ダイアナはここが男の娘カフェだって理解してるか? それとも……もしかして少女に見える君は、実は男の娘だったりする?」
もしもそうならダイアナをホール担当にするのもアリだと思ったが、ダイアナは首を横に振った。
「わたくしは正真正銘、女ですわ。けれど、もしかしてと思ったんですの。お店が忙しそうなので、誰でも採用されるのではないか、たとえ女でもあの可愛い制服を着られるのではないか、と」
「うーん。制服を可愛いと言ってもらえて嬉しいが、男の娘カフェというコンセプトをブレさせるわけにはいかない。それに今は文字の読めるキッチンスタッフが必要なんだ。さすがに俺一人でキッチンを回すのは限界だ」
「どうしてキッチンスタッフなのに文字を読む必要があるんですか!? 文字は読めねえですが、俺はキッチンで働く気があります!」
「うちはオーダー表を使ってるんだ。オーダーが多すぎて口頭じゃ覚えられないから」
俺は店で使用しているオーダー表を手に取ると、二人に見せた。
「これがオーダー表だ。この紙に注文が入ったメニュー名とテーブル番号を書いて、キッチンの端に置いてもらうんだ。そしてオーダー表を見ながら俺が料理を作っていく。ピーク時にはオーダー表が五枚くらい溜まってたりする」
「確かに五人分の注文は、文字で書いておかないと覚えきれませんわね」
「ちょっと待ってください! それならホールスタッフの方が文字の読み書きが出来ないとダメなんじゃねえですか!?」
「それに関しては問題ない。メニューとテーブル番号を俺に伝えてくれれば、俺が代わりにオーダー表に書き込む。今うちにいるスタッフも、文字が書けるようになるまではそうやってたんだ」
今ではカイルとケニーは自分でオーダーを紙に書くことが出来る。
とはいえ二人は、まだすべての文字の読み書きが出来るわけではない。
この店のメニューに特化した読み書きのみを習得しているのだ。
子どもの学習速度は教えているこちらが面白くなるほどで、この店のメニュー以外の文字も教えたいのだが、如何せん忙しすぎてそこまでは手が回っていないのが現状だ。
「こういう事情で、読み書きの出来るダイアナにはキッチンスタッフ、お金の計算が出来るエヴァンにはホールスタッフを頼みたいんだ。お金の計算も大事で、今は俺がやってるが、会計のたびにキッチンを離れるから効率が悪くてな。会計の出来るホールスタッフもぜひ欲しいんだ」
「もし俺が、キッチンスタッフじゃねえならこの店では働かねえ……って言ったら、どうするんですか?」
「残念だが、今回は断るしかないだろうな。ダイアナがホールスタッフじゃなきゃ働かないって言っても同じだ。本当に残念だが」
俺の言葉を聞いたエヴァンの顔色がサッと蒼くなった。
一方でダイアナはガッカリした顔をしているだけだ。
きっとエヴァンにはどうしても働かなければならない事情があり、ダイアナはエヴァンほど切羽詰まっているわけではないのだろう。
「どうする? やめておくか?」
「……やります。ホールスタッフ。他の店では断られてるんです。俺はここで働くしかねえんですよお」
「ダイアナはどうする?」
「可愛い制服が着られないのは残念ですけれど、この店は内装も可愛らしいですし、可愛らしい従業員に囲まれながら仕事が出来るのですから、キッチンスタッフで働きますわ」
ああ、神様ありがとう。
これで過労死せずに済む。
……ところで。
「ダイアナはいつから店の近くにいたんだ? 俺が店から出て来たときにちょうど到着したわけでもないんだろ?」
「定休日だからどうしようかと迷ってしまいまして、小一時間ほど」
「小一時間も店の近くで様子を窺ってたのかよ!? 馬鹿じゃねえの!? ……って、痛っ!?」
明らかにエヴァンよりも年上のダイアナを馬鹿にする彼の足を、ダイアナが力いっぱい踏んだようだった。




