●15
閉店後の店内。
ぐったりした様子のカイルとケニーを呼び出した俺は、二人に初任給の入った封筒を見せた。
「少ないが、今月分の二人の給料だ」
「給料!? そんなものは受け取れません。衣食住を負担して頂いていますし、僕たちは奴隷ですし」
「奴隷……そんなこともあったな。何だか毎日が忙しすぎて遠い昔の記憶のようだ」
俺は一か月前のことを思い出しつつ、呟いた。
きっと俺の顔も、二人に負けず劣らずやつれていることだろう。
「待ってよ。昔のことのように思ったとしても、事実は変わらないだろ。オレたちは奴隷だ」
「いいや、二人は奴隷じゃなくてうちの従業員だ。奴隷だったことはもう忘れていい。と言うか、すでに忘れてると思ってた」
「確かに奴隷であることを忘れるような好待遇でしたが……」
「店を営業してるからには、店長は従業員に給料を渡さなければならない! だから給料を払わない選択肢は無い!」
俺はそう言い放つと、ケニーに無理やり片方の封筒を握らせた。
そして次にカイルの手にも封筒を押し付けようとしたが、カイルが勢いよく首を横に振った。
「オレはパン屋で働いてる日もあるんだ。ケニーと同じ額はもらえないよ。パン屋ではここの定休日に働くって言ったのに、フェリックスさんが定休日は休めって言うから」
「定休日に休んでこれなんだ。定休日にまで働いたら過労死しちゃうぞ」
「いやいやいや。ケニーと同額なんておかしいってば」
カイルに封筒を押し付けようとすると、再度受け取りを拒否された。
カイルは封筒に名前が書かれていないのを見て、どちらの封筒にも同じ額が入っていることに気付いたのだろう。
カイルの予想通り、二つの封筒には同額が入っている。金額を変えたことで二人が喧嘩にならないようにするためだ。
「この封筒に、カイル君と同じ額が入っているんですか!? 僕は眼鏡を買ってもらったので、その分は減額して頂かないと!」
カイルの話を聞いて、封筒の中身が同じことを知ったケニーが慌て始めた。
しかし減額になどする必要は無い。なぜなら。
「眼鏡は制服のオプションとでも思ってくれればいい。眼鏡萌えのお客さんもいるからな」
ケニーにそう伝えつつ、カイルに無理やり封筒を押し付けると、俺はふらふらしながらテーブルに手を付き、そして全員が思っていることを口に出した。
「忙しすぎる!!!!!」
ありがたいことに口コミが広がり、この男の娘カフェには毎日たくさんのお客さんが来るようになった。
しかし従業員は三人のみ。限界だ。
「新しい従業員を雇おう。会計の出来るホールスタッフと、キッチンスタッフが欲しい」
「また僕たちみたいな奴隷を連れてくるんですか?」
「今は即戦力が欲しい。お金の計算が出来たり、オーダー表の文字が読めないと困る」
あの劣悪な環境で暮らしている奴隷たちは数人だけでも助け出したいところだが、今奴隷を教育する余裕は無い。悠長に奴隷を教育していたら、カイルとケニーが潰れてしまう。ついでに俺も限界だ。
「店に、従業員募集の張り紙を貼ろうと思う。一人くらいは応募してくれるはずだ」
「忙しすぎるこの店を見て働きたいって思うやつは訳アリなんじゃない?」
「訳アリだとしても、店員が増えるなら僕は大歓迎です。忙しさのせいにしてはいけないんでしょうが、最近配膳ミスをすることが多くなってしまって」
「それは、まごうことなく忙しさのせいだろ」
カイルとケニーが可愛いためか、まだ配膳ミスで激怒した客はいないが、いつトラブルが起こってもおかしくない。
そして配膳ミスをしているのは店側なのだから、その件での怒りは正当なものでもある。
とはいえカイルとケニーに謝罪をさせるのは忍びない。二人が配膳ミスをしてしまうのは、忙しすぎる状況を作ってしまった俺のせいだ。
忙しくなり過ぎないように客の数を制限したいところだが、大は小を兼ねると思って店を広くしすぎたため、座る場所があるのに満員だと断ることも出来ないのだ。
「どうか新たな従業員が見つかりますように」
俺は店の外と中に従業員募集の張り紙を貼り、アルバイト希望者がやってくることを祈るのだった。
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