●14
二階にある空き部屋にやってきた俺たちは、小さな机を囲んで三人で座った。
男は先程までの興奮が収まったようで、静かに俺とカイルをにらんでいる。
「ええと……お客様はうちの従業員とどのようなご関係でしょうか」
「俺は、こいつに何度も商品を盗まれた店の主人だ」
「失礼ですが、どこのお店でしょうか」
「町にあるパン屋だ。俺は工房にいることが多いから兄ちゃんが知らないのも無理はねえが、俺はうちの店で買い物をする兄ちゃんを何度も見てる」
あのパン屋か。いつもうちで使うパンを買っている……そしてこの前カイルが入店することを嫌がっていた、あのパン屋。
ふとカイルを見ると、カイルは小さな身体をさらに縮こまらせていた。
きっとこの男の言葉は事実なのだろう。
「カイル、彼の言葉は本当か? お前はパン屋でパンを盗んでたのか?」
「…………うん」
カイルは消え入りそうな声で、パンを盗んだ事実を肯定した。
俺はカイルが奴隷商に捕まった経緯を知らない。それ以前の生活も知らない。
あまり良い生活をしていなかっただろうことは感じ取っているが、パンを盗んでいたとなると、明日食べるものにも困っていたのかもしれない。
「そうか。それなら、彼に言うべき言葉があるよな?」
「……パンを盗んでごめんなさい」
カイルが恐々としながらパン屋の主人の目を見つつ、謝罪をした。
怖いだろうにきちんと目を見て謝罪が出来たことは称賛に値する。
しかし、そのことと許されるかどうかは別の話だ。
「お前が何度うちの商品を盗んだと思ってる!? 盗む際に何個のパンを床に落としたと思ってる!? お前は、俺が丹精込めて作ったパンを何個無駄にしたか覚えてるのか!?」
「……数えきれないほど、たくさん、です」
「そうだ! それだけのことをやっておいて、謝罪一回で済むとでも!? そもそもちゃんと反省してるかも怪しい!」
パン屋の主人はまた激高した。
きっとパン作りに誇りを持っているのだろう。
だからこそ、丹精込めて作ったパンを盗まれたこと、床に落とされたことが、我慢ならないのだ。
「カイルは何か他に言うことがあるか?」
「オレ、反省はしてます。しました。ものすごく。前はよく分かってなかったけど、大切に作ったものが他人に盗まれること、めちゃくちゃにされることの悔しさを、学びました」
カイルはたぶん、畑のことを言っているのだろう。
畑が動物に台無しにされたことで、大事に作ってきたものをダメにされる悔しさを学んだのだろう。
それゆえに自分がやってしまったことの罪についてもきちんと理解をしたのだろう。
「だけど、自分がやったことの残酷さを知って、怖くなったんです。あんなことをしてたオレを、パン屋の人が許してくれるはずはない。もしも俺だったら、絶対に許せない。謝られたって許さない。だからオレ、怖くて、謝りに行けなくて……」
「だが怖いからと言って、逃げちゃダメなときもあるよな?」
「……うん。オレは逃げるべきじゃなかった。きちんと自分からパン屋に謝りに行くべきだった……ぐすっ」
カイルは自身の目から零れてくる水を、手の甲で拭った。
そんなカイルのことを、パン屋の主人は黙って見下ろしている。
「今さらではありますが、カイルが盗んだパンの代金は俺がすべてお支払いします。落としたパンの代金も」
「ハッ! そんなものはいらねえ。悪いことをしても大人が解決してくれると思われるのも、金で解決できると思われるのも、癪だからな」
「それなら、どうしたら……」
パン屋の主人はカイルのあごを掴んで顔を上げさせると、殴られると思ったのか怯えた表情をしているカイルに向かって言い放った。
「俺のパン屋で働け! お前がダメにしたパンの代金分、全額働いて補填しろ!」
「…………へっ?」
パン屋の主人の言葉は相当意外だったのだろう。カイルが素っ頓狂な声を出した。
「パン屋で働くって……オレのことが憎いんじゃないんですか? オレが近くにいたら嫌じゃないんですか?」
「ああ、嫌だね! だがお前が本当に反省をして心を入れ替えたのか、間近で見ないと信用できねえ。だから、うちで働かせるんだ!」
声が大きくて威圧感はあるが、このパン屋の主人は悪い人ではないのだろう。
だからこそ金ではなく、カイルを更生させることを優先している。
カイルにきちんと罰を受けさせることで、罪を償わせようとしているのだ。
「……ありがとう、ございます」
カイルもパン屋の主人の心意気に気付いたのだろう。
目からぽろぽろと涙を零しつつ、パン屋の主人と握手を交わした。
「ここがどうかは知らねえが、うちは厳しいから覚悟しろよ! ちゃんと反省してるなら、途中で音を上げずにやりきるんだぞ!」
「はい!」
どうやらこれでカイルの問題は解決したと思っていいだろう。
畑を荒らされたことで自身の罪を理解したカイルは、きっとパン屋での仕事を投げ出さない。
「フェリックスさーん! そろそろ店に戻ってきてくださーい! もう限界ですー!」
そのとき、階下からケニーの悲痛な叫びが聞こえてきた。
さて、そろそろパンケーキ作りを再開しないと!




