第98話 領主との面会
今、目の前に領主がいる。ヴェニカが会ったのは間違いなく領主の家宰兼執事で、その日のうちに領主館へ連れていかれた。ポーションと薬も作り終わっていたので問題はなかったのだが、午前中は誘拐事件に巻き込まれたので体は問題ないが、精神的には結構疲れている。それなのに、領主と会わないといけないとか……
「私がこの街の領主を務めている、アルベルト・フォン・リデナスタ辺境伯だ。急な呼び出しに応えてくれて、大儀であった」
「辺境伯様、この度はお呼び出しいただき、恐縮に存じます。閣下にお目通りが叶うのは我らにとっては光栄なことでございます」
「急に呼び出しおって、茶番はもうよい。午前中の件か?」
「ヴェンティス様、最初くらい領主としての威厳を保たせてください。ミオ殿も普通に話してもらって構わない」
ヴェニカの顔をうかがうと頷いた。普通に話して問題がないと言うことだろう。まあ、丁寧に話すことには変わりがない。
「わかりました。では普段の話し方で話させていただきます」
「うむ、それでわざわざ来てもらったのは、ヴェンティス様がおっしゃったように、今日の午前中の事件についてだ。闇の奴隷商人を捕縛できたのは僥倖であった。最近違法奴隷が増えているという報告もあったので、それがある程度落ち着くと考えている。今は、関わった者を順次調べているところだ。あと数人の奴隷商人を捕縛することになるだろう」
「お役に立てたのであれば良かったです」
「それから誘拐をした者たちについてだが、被害者のミオ殿から処罰の希望などはあるか?」
「いいえ、王国法およびリデナスタ領法に則り裁いていただければ、私から申し上げることはございません」
「あいわかった。厳正な調査を経て裁くことを約束しよう」
「話は変わるが、ヴェンティス様は今後ヴェニカ様として活動するのですか?」
「この姿の時はヴェニカとして活動する。過度に敬う必要はない。ヴェニカと呼んでくれ。それと冒険者としての活動はせんから面倒な依頼を持ってこぬようにな」
「わかりました。今後はミオ殿と同じようにヴェニカ殿と呼ばせてもらいます。今のような場であれば良いのですが、公式の場では少し態度に気を付けてください。ヴェンティス様であれば許されますが、ヴェニカ殿だと処罰の対象になってしまいます」
「わかった。その時は気を付けよう。それより何じゃあの通路は、完全にそなたが街で遊ぶための物ではないか。わざわざ私に渡した屋敷を使うなど……マリア殿に報告しても良いか?」
「ぐっ、マリアへの報告は勘弁してください。殺されます。ヴェニカ殿も知っての通り妻は苛烈な性格なので……」
「なんじゃ?街娘と浮気でもしとるのか?やましいことがなければ少しの息抜き程度でマリア殿も怒らんじゃろ?」
「浮気なんて、そんなことはあり得ません。私は妻を愛していますし、本当にそんなことをしてれば、間違いなく殺されます。ちょっと息抜きに街の酒場で昔馴染みと飲んでいるだけです」
「あら、あなた、そんなことをしていたの?私に黙って街に遊びに行くなんてずるいじゃない」
突然、とても綺麗な女性がドレス姿で現れた。今、話に出ていた辺境伯の妻マリアだろう。ドレスを着ていてもわかる身のこなしから、かなり武芸を嗜んでいると思われる。辺境伯の言った通り浮気なんかしたら物理的に殺されそうだ。
「マリア……来ていたのか……」
「あら?私がいたら不都合なことでもあるのかしら?お二人を紹介してくださる?」
「妻のマリアだ。こちらは今回の誘拐事件の被害者でもあり解決者でもある。ミオ殿とヴェニカ殿だ」
「ふふふ、そんなに慌てなくてもいいのに。リデナスタ辺境伯夫人のマリア・リデナスタよお二人ともよろしくね。事件の解決はありがとう助かったわ」
「ミオです。よろしくお願いします」
「ヴェニカじゃ。よろしくたのむと言いたいところだが、マリア殿は相変わらずだな、あまりアルベルトをからかうでないぞ」
「あら?貴女がそれを言うの?結婚する前のアルは貴女に夢中だったのよ?」
「それは知っておるが、私は眼中になかったのも知っておるだろ?」
「そうだけど、振り向かせるのにどれほど苦労したか……」
「お前たち、昔の話はやめてくれ……ピンポイントで心が抉られる……」
この3人は昔からの友人なんだろう。私が間に入る必要もない。今は置物のようにじっとしておこう。
「さて、話したいことも話せたしこれで終わりにしよう。ミオ殿とヴェニカ殿は夕食を食べていくか?」
「いや、このまま帰ろうと思う。ヴェンティスであれば問題ないだろうが、ヴェニカがあまり領主館に長居するのもな……その時はヴェンティスで訪れるとしよう。ミオもそれで構わないじゃろ?」
ヴェニカの問いかけに頷く。
「そうね、今度はヴェンティスとして来てちょうだい。ミオさんも一緒でいいからね」
「ありがとうございます。その時は一緒に来たいと思います」
領主夫妻との会談も終わり、別れの挨拶を済ませた私たちは領主館を後にして宿屋に戻った。すでにあたりは薄暗く宵闇に包まれていく時間だった。




