第9話 治療魔法の可能性
なぜ治療魔法の検証でキッチンを選んだかというと、ナイフとかの調理道具があり、水場があることで道具の洗浄や、何かあったときに対応しやすい。それに竈で火を使うことも可能だからだ。問題があるとすれば、治療魔法の対象が居ないということだ。
この『領域』には動物も昆虫も存在しない。微生物は存在するかもしれないが、観察する手段がない。あとは私自身で試す方法もあるが、自傷する趣味もない。痛いのが好きなのはそれこそ特殊な趣味の人たちだけだ。
(やるなら、生肉や生魚、新鮮な野菜が対象よね……)
食料棚から「オニオ」と書かれた麻袋を取り出す。中に入っているのは玉ねぎだ。この世界の野菜は、概ね英語の名前を短縮したような名前になっている。人参なら「キャロ」、トマトなら「トーマ」、キャベツなら「キャベ」といった具合だ。私にとってはわかりやすくて良い。全く同じ種ではなく、味も違う可能性はあるが名前が一致しているだけでもありがたい。
壁に掛けられたナイフラックから小さめの包丁をとる。木製のまな板もあったのでそのうえで玉ねぎを真っ二つに切った。地球の玉ねぎと同じような臭いがする。これなら検証可能だろう。覚悟を決めて切り口に鼻を近づける。独特のツーンとした匂いがして少しだけ涙がでた。
(普通に玉ねぎね……さて、とりあえず鼻の中から成分を除去してみよう)
自分の鼻に手を翳して呪文を唱えた。周りから見たら随分間抜けな姿に映っているだろう。
「キュア」
すっと、鼻の中の違和感がなくなり、涙も止まった。鼻に向けて使ったつもりだが、目からも成分が除去されたのだろう。
実は詠唱をしなくても属性魔法が発動することが分かった。属性魔法を発動するときに発動する魔法のキーワード、これは自分で認識できる物であればなんでも良いのだが、このキーワードを言うことで発動が可能だった。
自身の発動する魔法のイメージとキーワードが一致すれば発動することが出来る。なので「ウォーターボール」と言って《ファイヤーボール》を発動する変則的なことも出来る。
まあ簡単に言うと、イメージした魔法をイメージ通りに発動させる技術だ。キーワードはイメージした内容を口に出すことで、自身にイメージを強固に認識させるための物だ。トリガーともいえる。
この方法で行使される魔法は、【属性魔法】であり違う魔法体系でもある。【原初魔法】というものに分類され、現代ではこの技術が失われており【原初魔法】を使う人はいない。例外的にドラゴンが使っている《ドラゴンブレス》だと本には書かれていた。そもそも人ではないし、ドラゴンが存在するということの方に驚いていた。
確かに私がイラストを担当した小説にもドラゴンは登場していた。この時に4日ぶりにだが小説の世界に居るかもしれないということを思い出した。
次の検証をしてみる。玉ねぎの表面に少しだけ切れ込みを入れる。人であればカッターなどで皮膚を切ってしまったような形だ。そこに向かい治療の魔法を唱えた。
「ヒール」
玉ねぎを観察していると、ゆっくりとだが切れ込みが消えていき、30秒くらい経過した時点で切れ込みは綺麗になくなった。ゆっくりとだが確実に再生しているのがわかる。でも切れ込みを入れた玉ねぎは、切れ込みを入れていない玉ねぎに比べると少し水気がなくなり萎びた感じになっている。
自身の水分や栄養素を利用して再生したのだろう。そうすると人に使えば体力などが奪われて飢餓状態や脱水症状になるかもしれない。同時に体力を回復する手段も考えておかないといけない。
ただ、体力が十分な状態であれば、切断された四肢などの接合も外科手術なしで可能なのかもしれない。もちろん切断された指などが壊死していないことが条件になるだろう。
いろいろな可能性がある。更なる検証を進めるには、どうしても治験が必要になる。この世界の文明で人体を用いた臨床試験や外科手術をやったら異端者扱いだろう。教会の人たちがすっ飛んでくるのが目に見えている。
次は浄化の検証だけど……考えながらだが、すでに手は動いている。食料棚から小麦粉を取り出して作業台に置き、食器棚から深皿と平皿を2枚ずつ取り出した。
最初に深皿の1枚に小麦粉とぬるま湯を入れて指先で攪拌する。ぬるま湯の量は小麦粉の表面に水気が残らないくらいの量だ。作った小麦粉の塊を二枚の深皿に均等になるように分ける。大体同じくらいの量であれば問題ない。
(ぬるま湯はもう冷めてしまったし、もう少し熱を入れたいな……何か良い方法はないかな?)
イメージで発現する【原初魔法】ならいけるかもしれない、2枚の深皿に手を翳してイメージする。水分を減らさずに物質を温める。電子レンジのような振動による発熱ではなくただ温めるだけだ。パッと思いついたキーワードを唱えた。
「ウォーム」
小麦粉の塊から少しだけ湯気が立ち上っている。どうやら成功したようだ。これで準備は整った。結果は発酵でも腐敗でも構わない、浄化魔法をかけたものとの違いがわかればそれでいい。




