第88話 ゲス野郎
冒険者ギルドを出て、リデナ砦から領都に戻ることにした。リデナ砦の城門に向かって歩いていると、昨日、冒険者ギルドで遭遇した男性冒険者が、女性冒険者2人を連れて歩いていた。私をちらっと見て通り過ぎたが、声をかけてきた。
「なあ、そこの人、ちょっといいか?」
「ん?私ですか?何の用でしょうか?」
振り向いて答えると、不躾な視線が全身に向けられているのを感じる。その男性冒険者の横にいる女性冒険者2人にも見られている。
(……なんなのこいつら?)
「ちょっとだけ聞きたいことがあるんだが?」
「なんでしょう?」
「”あんた、日本人か?”」
(……日本語で話しかけてきた。こいつが小説の中の主人公?)
「はい?なんて言いました?共通語ではない感じですけど……」
聞き取れないふりをして、聞き返す。こんな失礼な奴と同郷だというつもりはない。それに何か嫌な感じする。
「やっぱ、違うのか?お前のような髪や目をした奴が他にもいるのか?」
「なんでそんなことを知り合いでもないあなたに答えないといけないのですか?」
「いや、いい。それより俺と遊ばないか?可愛い顔をしてるし、楽しませてやるぜ?そこの美人のお姉さんも一緒にどうだ?何ならパーティを組んでやってもいいぜ」
2人の女性冒険者にたしなめられてはいるが、言うことを聞く気配はない。この感じだと仲間と見ているよりは自分の欲望のはけ口として見ているのだろう。
「いえ、お断りします。それでは」
そう言って踵を返した。ヴェニカは黙っているが、怒りが伝わってくる。
「あ、待てよ、もう少し話そうぜ」
男がそう言って私に手を伸ばした瞬間、ヴェニカから強烈な威圧が男に叩き込まれた。男は白目を剥いて気絶し倒れた。ズボンに濃いシミが広がり、失禁しているのがわかった。
「仲間の男に伝えておけ。これ以上私たちに関われば次は容赦しない。いいな」
ヴェニカが女性冒険者2人に告げた。2人は必死にコクコクと頷いている。その様子を見てから私たちは城門に向けて再び歩き出した。倒れた男は野次馬に囲まれて笑われているが、自業自得だ。
「たまにああいう輩がおるのう。自分が強くて魅力的だと勘違いをしておる。獣人の女は何か訳があって一緒にいるように見えたが、魔法使いの人種は完全に入れ込んでおるな、あやつはチヤホヤされて調子に乗ってる愚か者だ。ああいうのは早晩死ぬことになる」
「まあ、ただのゲス野郎ね、私の一番嫌いなタイプですね」
『途中で知らん言語を使っとったが、ミオは理解できてたんじゃないか』
『ええ、わかりましたよ。詳しくは城門を出てからにしましょう』
『わかった』
リデナ砦の城門から外に出た。リデナスタまでの道は荷物を運ぶ馬車や冒険者たちが通るので、少し離れた草原を歩くことにした。
「さっきの話だけど、2人とも私が異世界からここに来たのは知ってるよね、特にフェシーは私が日本という国に住んでいたことも……あいつ、その国で使われている言葉で話しかけてきたのよ。
目的が何かは知らないわ。帰る方法が聞きたいのかもしれないし、ただ単に私の体が目的だったのかもしれない。まあゲス野郎だから後者の可能性が高いだろうね。異世界で孤独だろうから俺が慰めてやるぜ、みたいな?実際は欲望のはけ口にしたいだけでしょうね。
私は、この世界に来る前に薬師でもあったんだけど、絵も描いていたのよ、物語の挿絵ね。問題はその作中の主人公がさっき会ったゲス野郎だってこと、そして隣にいた獣人の娘がヒロインだったのよ……彼女の絵も描いたわ。ただその物語の中では、主人公はパッとしないけど優しい人柄だったの、だからヒロインに助けられながら冒険をする、そんなお話しだったの……
でも実際は、ゲス野郎で獣人の娘も何を考えてるかわからない。顔は似ているけど性格が真逆だから違和感しかなかったのよね……」
「なかなか、難解な話じゃのう。要はその物語の世界にミオが来たということじゃろ?」
「そうだと思う。物語を全て読んだわけじゃないけど、領都や砦の名前まで一緒だから間違いないと思う。それにフェシーと出会った場所も私は描いていたわ。あの部屋も、本の色や装丁まで全部一緒だったから……」
『でも、既に物語と違う主人公になっている。そしてミオさんという存在が、この世界に何らかの影響を与えている可能性はあります。ですが、それを気にしたところでミオさんの何かが変わることはありません。私が出会ったミオさんは、誠実でどんなことにも一生懸命な可愛い人です。そして自分をしっかり持って前に進んでいます。それを忘れてはいけません』
「そうじゃな、そんなことは些細なことじゃ。ミオはミオ。それでええじゃろ。何かあればその都度対応すればよい。あやつらもここまでやった私たちに突っかかって来るなら今度は容赦せんさ。私がさっき言ったようになるまでじゃ」
「そうね、2人ともありがとう。どのみちあの男と関わるつもりはないわ。しつこいようなら考えもあるしね……」
私は2人の言葉に救われた気がする。特に日本に帰りたいとも思っていない。この2人と一緒に暮らしていけるのなら、それで十分幸せだと思う。




