第71話 高級宿の夕食
部屋に案内された。一言で言えば、ビジネスホテルのツインルームが正しいと思う。ベッドが2つと簡単な作りのテーブルとイス、そして荷物置きの小部屋、小さな洗面台。以上が部屋の作りだ。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ。何かございましたら、いつでもお気軽にお申し付けください」
そう言って案内をしてくれた従業員が退室した。私はここでやっと一息付けた。テーブルの上に止まり木を作った。シェルターであればテーブルと一体型だったが、今回はテーブル上に置けるよう台座も込みで作っておいた。すっとフェシーがそれに止まった。
「ヴェニカ、確実に正体がバレてますよ?」
「ん?そんなの違うと言い続ければよい。それで十分だ」
私は旅装を解いて、着替えを行う。外した胸当てなどの装備と、脱いだシャツやズボンに《クリーンウォッシュ》をかけていく。少し埃っぽかった装備が綺麗になった。バックパックにそれらをしまい、下着とワンピースを出す。私も神経が太くなったものだ。フェシーがいるのを気にせず素っ裸になり水で濡らしたタオルで体を拭いている。当の本人は首を回して壁を見ているが……ヴェニカも同じように素っ裸になっていた。見事な爆乳だ。いつかもいでやろう。
部屋着に着替えてベッドに座る。治癒ポーションと体力ポーションを取り出し、身体強化を切る。少し痛みが減っているので筋力もついてきているのかもしれない。2本のポーションを飲み干し、今日の移動が終わったことを実感した。
「どうする?食事はできるようだけど……」
「そうじゃな、食べに行くとするか。それなりの冒険者も泊まる宿だ。マナーは気にしなくていい。私もマナーはわからん。食べ散らかさなければ文句を言われることはない」
部屋に鍵をかけ、ヴェニカと一緒に食堂へ向かった。ちなみに部屋は2階だった。食堂は広々としており、いろいろな人たちが食事をしていた。手前は比較的ラフな格好をした人たちがおり、奥に向かうにつれて衣服が上質にそしてフォーマルになっていく。ある程度部屋のランクで分かれているのがわかる。
食堂の入口にいる従業員に鍵を見せると、席に案内された。一番奥だった。テーブルの上に止まり木を置いていいかと聞くと、快い返事が返ってきた。
「これ、支配人が絶対なんかやってるよね」
「そうじゃろうなあ、私はいつもここで食べてるから気にしてなかったが、そういうことじゃろう」
しばらくすると料理が運ばれてきた。どうもコース料理のようで、オードブルとスープだった。仕方なくカトラリーに手を伸ばし料理を食べ始める。
素朴な味わいであるがきちっと調理されており、ハーブや塩の加減も丁度いい。ヴェニカの食事姿を見てみるが、多少雑ではあるものの汚い印象はなかった。あの程度であれば私にもできるだろう。
「美味しいわね、こちらの世界の調味料やハーブにあまり詳しくないけど、豊富にあるものなの?」
「いや、種類は少ないぞ。他でも同じような料理は出てくるが、ここまで味に奥行きがあるのはここの料理だけだ」
「料理長の腕がいいんですね、プロの料理人の意地を感じるわ」
次に肉料理とパン、サラダが運ばれてきた。肉料理はブラッドディアのステーキ香草添えというらしい。
肉にナイフを軽く入れるとスッと切れた。よほど柔らかいのだろう。香草と一緒に口に入れると、香草の香りが鼻を抜け直後に爆発的なうま味が口全体に広がった。香草と塩のみの単純な味付けが、ステーキの凝縮されたうま味を引き出していた。サラダはシンプルにレタスとトーマにオリーブオイルと塩を掛けたものだ。口の中がさっぱりする。
「すごく美味しいんだけど……これに慣れたらダメだよね?」
「そうじゃな、今日は特別だと思った方がいいじゃろう」
紅茶と果物が運ばれてきた。果物はオレジだった。紅茶もポットから注ぐ前なのに良い香りがしている。オレジを食べながら紅茶を飲み、贅沢な時間を過ごした。食器を下げる従業員にヴェニカが声をかける。
「すまんが、支配人を呼んできてくれ。文句などではないから心配するな」
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらくすると支配人が現れた。
「ヴェニカ様、ミオ様、お待たせいたしました。……いかがなさいましたか?」
「いや、私の部屋でこの料理は少しな……支配人の気持ちはありがたいが、明日から通常のものに戻してくれるか?あとこの食事代は払う」
「いいえ、滅相もございません。このお食事は、ヴェニカ様とミオ様にお会いできた私共からの、ささやかな真心でございます。ご要望通り、明日の朝からは通常の食事にさせていただきますが、今夜のお代はご無用に。お二方との出会いの記念として、どうかそのままお納めいただけないでしょうか」
「わかった。これ以上、私に気を使う必要はない。今夜の食事については感謝する。ミオに良い物を食べさせることができた。ありがとう」
「恐悦至極に存じます。そのお言葉こそ、私共にとって何よりの報酬でございます。ミオ様にもお喜びいただけたのであれば、料理人も本望でしょう」
そういうと支配人は、深く一礼をして去っていった。私はボーっと眺めることしかできなかった。




