第32話 自分専用の鞄
旅装がある程度決まった次の日、ついに自分専用の拡張の鞄を作ってみることにした。鞄として選んだのは、ライトニングディアの革を使用した焦げ茶色のポーチ。このポーチに《ディメンションプラス》を使用する。私が拡張できる最大の大きさは、1立方キロメートルだ。今まで検証してきた大きさは最大でも100立方メートルだったので大きな差がある。
「やってみるわ。サポートをお願いね……」
緊張気味に本に話しかけた。
『承知しました。今までと同じやり方で問題ないので、落ち着いて魔法を行使してください』
ポーチを作業台に置き、1辺が1kmの広大な立方体の空間をイメージする。緊張で少し震えている手をポーチに翳した。横目で本を確認する。
『イメージは問題ありません。続けてください』
魔力を込めて《ディメンションプラス》を唱えた。
「ディメンションプラス」
ポーチがわずかに光り、私の中の魔力がポーチに移っていく。わずか数秒間だったが、私には永遠にも近い時間に感じられた。ポーチの鈍い光が収まり、辺りは静寂に包まれている。
「どう?」
短く本に尋ねた。
『問題ありません。魔法は成功しています』
「そう、ありがとう」
私は短くお礼を言って大きく息を吐いた。これで完成したわけではないが、私は静かな高揚感を覚えていた。
しばらくポーチを眺めていたが、次の作業を行っていくことにする。まずは状態維持の魔法を使用する。この魔法は何度も使っているので緊張感なく実行できた。
ライトニングディアの革は丈夫であり、状態維持もかかっているので劣化はしない。しかし何かの拍子に物理的な破損が起きてしまうかもしれないので、防御策を施しておきたい。
「何か、物理的な攻撃や魔法攻撃から守る魔法はないかしら?」
『物理的な攻撃から守るのであれば、土属性には《マテリアルガード》という魔法が存在します。ですが、この魔法は一過性の魔法であり、恒久的に物質等に付与することはできません。また、魔法攻撃から守るのであれば、闇属性には《マジックガード》という魔法が存在します。《マテリアルガード》と同様に一過性の魔法になります』
あるにはあるがどちらも一過性の魔法だった。確かに対物と対魔を合わせたシールドを常時展開するには、それ相応の魔力が必要だろう。魔導回路で補うことはできるかもしれないが、魔法の放射回路は作れても魔法を行使する回路を作ることはできない。そしてこれから魔法を行使する回路を解析するには時間が足りない。
「……他の方法を考えてみるわ。ところで、このポーチが使えなくなるのはどの程度破壊されたとき?それと破壊された場合、中に入っているものはどうなるの?」
『物理的な損耗率が8割を超えると破壊されたとみなされ、空間拡張の魔法は解除されます。残念ながら中身を取り出すことは事実上不可能となります』
「消滅するわけではないのね?空間拡張の魔法が解除されてもどこかに存在するということか……」
『おっしゃる通りではありますが……禁忌に触れない程度に説明します。空間拡張はこことは別の次元に構築されます。広大な別次元と現在の空間を結ぶ接点が、空間拡張魔法を掛けられた鞄になっています』
「私が作った空間の場所が分かればアクセス可能だけど、その場所を特定するのが事実上不可能ってことね……さすがに無理ね」
現段階では、これ以上の強化は現実的ではない。この先何か方法が見つかるかもしれないが、それまでは今の状態にしておくしかないだろう。現段階で私の空間拡張の鞄は完成したとしよう。
自分専用の鞄が完成してから数日間、領域にある森で身体強化を使いながら訓練している。今回は革の胸当てや小手、グリーブも装備している。追加の装備品はすべてオブシディアンバイソンという魔物の革で作られている。耐刃性、耐火性、耐魔法性に優れた素材で体を守るには誂え向きだ。もちろんバックパックも背負っている。
軽鎧を身に着けることで全体的に重くはなったが、1.2倍の身体強化魔法でカバーしている。森の中を歩きまわり入口まで戻ってきた。
「ふう、1.2倍の身体強化にも慣れてきたわね……」
『お疲れ様です。ここでは、疲労や筋肉痛を感じません。外に出たときは徐々に慣らすようにしてください。それと、1.5倍以上の出力は緊急時のみとして、最大の出力は2倍までにしてください。意識さえ保てれば魔法で回復できますが、気絶してしまうと回復も難しくなります』
身体強化をしているとはいえ、本来自分が持っている以上の力を出しているので、2倍の出力は火事場の馬鹿力を連続で出しているようなものだ。使ったらぶっ倒れてもおかしくない。
身体強化で全身の筋肉や腱、骨などを意識しているためか、前よりも運動能力は上がっている気がする。効率よく手足が動かせるのだ。ダガーの構え方や振り方を本に説明してもらい、これも練習しているが、最初に動いた時よりは断然良くなってきている。過信は禁物なので、ここを出るまで毎日練習するつもりだ。




