第3話 この小屋は素晴らしい(武具室・水回り)
下着のチェストは一旦置き、別のチェストを開けてみる。各引き出しにはワンピースやシャツ、スカート、ズボンなどが種類ごとに収められていた。本を見ると、この部屋にあるものはどれを着用しても問題ないらしい。色も生成りや枯草色のような自然な色合いが多いし、後々試してみればいいだろう。
衣服については問題ないので、次は『武具室』と書かれたプレートのかかっている部屋だ。扉に手をかけて中を覗いてみる。小屋の大きさからは想像できないような広さの部屋があった。
たくさんの武器や防具が並んでおり、すべてを見ることは不可能に近いだろう。この中から自分に合った武器を探すとか無理ゲー以外の何物でもない。
(戦う気はないから、最低限身を守れる装備で良いから後回しね……)
武具室を後にして次の部屋に向かう。今度は寝室の正面にある部屋だ。もう今の状態に慣れてしまったので遠慮せずに扉を開ける。その部屋はキッチンになっていた。大きな竈と作業台、他には食料棚と食器棚が置かれている。調理道具も壁にきちんと並べて掛けられている。
(竈か……上手く使える気がしない……フライパンはあるけど、材料を焦がす未来しか見えない)
確か食料棚に材料があるって書いてあったので開けてみた。中には大小の麻袋が並んでおり素材が入っているようだ。『小麦粉』と書かれた麻袋を取り出して中を確認してみる。日本で見たことがある真っ白な小麦粉だ。
(ああ、またこの世界にあってはいけないものな気がする……外に持ち出すわけではないから使う分には問題ないか……てか空腹がない空間だからそもそも必要ないし)
食料棚に小麦粉をしまい、扉を閉める。空腹も喉の渇きもないので、やっぱりキッチンは必要ない。まあ後学のためにこの世界にある食材を確認しておくのも悪くない。これも後回しにする。
キッチンを出て隣の部屋に移動する。扉を開けると洗面所のような場所だった。洗面台があり鏡があった。水場には蛇口のようなものもついている。洗面台の前に立って自分の顔を確認してみる。黒目、黒髪、肩上で切り揃えられたショートボブ、いつもの自分の姿が映った。若干肌ツヤが良くなっていて若返っているようにも見えた。
(スッピンでこれなら特に化粧は必要ないかも……乳液くらいは欲しいけど……)
もしかしたらと思い、洗面台の横にある小さな棚を開けてみた。中には洗顔料、化粧水、乳液などが収められている。ラベルが日本語で書かれていた。
棚の奥の方にはリップクリームや口紅らしきものまである。見なかった事にして静かに棚の扉を閉めた。反対側にも小さな棚があったので開けてみる。こっちには不透明な白い瓶が入っていた。多分こちらの世界の化粧品に当たるものだろう。中身を確認するとクリームのようだ。
(匂いがキツい、動物性の油脂が使われているっぽいな……香油で誤魔化してるけど)
これでも薬剤師の端くれだ、大体の成分は予想ができる。ここに居る間はさっきの化粧品を使おう。さすがにこれを使う気にはならない。
この蛇口のようなものはどうやって使うのかな?ひねったり、レバーがあるようには見えない。考えていると突然鏡に文字が浮かんだ。ビクッとして後ずさってしまった。
『水栓に触れてください。水が出ます。止める時は再度水栓に触れてください。(飲用可能)』
(マジでビビった。突然鏡に文字とか何のホラー映画だよ。心臓に悪いわ!)
少し深呼吸をして落ち着いてから水栓に触れてみた。ジャーという音とともに水が流れだす。日本の蛇口と何ら変わりない様子に見える。少し水を手にとり臭いを嗅いでみる。特に金属臭や不快な臭いはしない。少しだけ舐めてみるが、舌が痺れるといった違和感もない。一口分口に含み臭いや味をもう一度確認して排水口へ吐き出す。
(飲用可能って書いてあるし大丈夫だと思うけど、確認は必要よね)
キッチンにも水場と水栓があったが同じ仕組みだろう。水分をとる必要のない空間だとしても、飲料として使用できるかの確認は必要だ。顔くらいは洗いたいから綺麗な水であるに越したことはない。
洗面所の確認はこれくらいで良いとして、次はトイレとお風呂を確認しておこう。すりガラスの扉はお風呂だろうから、もう一つの扉がトイレになっているはずだ。
トイレの扉を開けて私は膝から崩れ落ちた。そこには温水洗浄便座トイレが鎮座していた。こんな世界だからよくて汲み取り式便所、最悪ならただの穴を想像していた。まあ異世界ならスライム式トイレとかもあるだろう。
そもそも「生理現象が存在しない=排泄も必要ない」空間で文明の極致である温水洗浄便座がなぜ存在するんだ?使う必要がない。
そういえば排泄は必要ないってことは月の物もないって認識でいいのだろうか?まあ苦しまずに済むのであれば特に問題にもならないか。トイレの仕組みはどうでも良いと思えた。普通に動いたところで使わないし、動いたら動いたでツッコミどころしかない。私はそっとトイレの扉を閉めた。




