第26話 拡張の鞄
私は、魔道具庫にあった拡張の鞄に物を出し入れしている。薬品や実験器具など、どう考えても入り切らないはずの量が鞄に仕舞われている。取り出すときも出したいものを意識すれば、鞄の中ですぐに手の届く位置に現れる。持ち出すことは出来ないのに、何度も繰り返してしまう。
「すごい鞄ね……この鞄の入口より大きな物をしまうことも可能なの?」
『可能です。収納したいものに手を触れて収納するイメージをしてください。鞄の中に収納されます』
試しに小型冷蔵庫程度の大きさがある結合の魔導具に触れて、収納するイメージをしてみた。すっと、結合の魔導具が目の前から消えた。鞄に手を入れてみると、結合の魔導具が収納されていることを感じるが、手が触れている感じはない。
「どうやって出すの?」
『取り出す位置を明確に定めてイメージしてください。取り出すときは、方向や高さなどにも注意が必要です。不用意に取り出すと器具の破損だけでなく、術者の怪我にもつながります』
さっきの場所に戻すイメージをしてみる。方向や高さにも注意して、ズレなくまったく同じ場所に出すイメージだ。
「出ろ……」
収納前と寸分違わない場所に結合の魔導具が現れた。本に言って移動してもらった時と同じだ。
「すごいわね……何か制限はあるの?」
『はい、当然ながら相応の制限があります。まず生物を入れることは出来ません。微生物と呼ばれるものは入りますが、中で活動が停止してしまいます。それと大きさにも制限があります。一般的な平屋の住宅程度の大きさが限界となっています。この小屋を想像していただければ問題ないかと思います。他には、空間を拡張したもの、例えば他の拡張の鞄などを入れることは出来ません』
「あれ?入る量は?全部でどれくらい入るの?」
『この鞄に容量の制限はありません。特別な拡張の鞄です。ゆえに持ち出し禁止なのです』
それはそう。こんな代物が外に出てしまい、何かの拍子に人目に触れてしまえば大変なことになる。物流バランスなどが崩れ、利権を巡る血で血を洗うような争いが必ず起こってしまうだろう。
「わかったわ、ありがとう。でも無限ではないにせよ、適度な大きさの拡張の鞄は欲しいわね……」
拡張の鞄を作る方法はある。でも本は、「決まった空間を広げるイメージ」が難しいと言っていた。確かに倉庫などをイメージすれば作れそうではあるが、正確にイメージできるかと言うと難しいものだ。
「そうね、最低限でも一辺がどの程度の長さであるかをイメージできれば……」
あれ?この世界に長さの基準となるようなものはあるのだろうか?気になって、本に書いてある【単位】の項目を開いてみた。
【単位】
距離:1リグ ≒ 1メートル
国により定義が異なる。概ね同様ではあるが、厳密には誤差が存在する。
重さ:1ルグ ≒ 1グラム
一般的には1キルグ ≒ 1キログラムが使用されている。
距離と同様、国により定義が異なり、誤差が存在する。
厳密な定義があるわけではないようだ。もしかして難しい理由はこれだろうか、厳密な広さの定義だ。ここでは体積だが、これが定義できないゆえに「決まった空間」というイメージが難しいのではないだろうか。
「一応聞くけど……体積、縦、横、高さの指定ができれば、拡張の鞄は作れるんじゃ……」
『おっしゃる通りです。現在この世界には、正確な長さの基準や、重さの基準がありません。古代文明が崩壊した際に失われています。単位はその名残として残りました。
そして、空間を拡張する魔法《ディメンションプラス》は、厳密な長さの基準を用いて体積を表す必要があります。そのため貴女が使用している1mという単位は、その厳密な長さの単位になります』
「でも、私は1mという単位を使っているけど、それを正確に表したりすることは出来ないわ。単位が重要なのはわかるけど、この世界はどうやって厳密な長さを定義しているの?」
『貴女の記憶からラボを作ったとき、備品類をこの世界に持ち込みました。備品類の中には非常に精度の高い30cm定規があります。そこから1mの長さを定義しています』
確かに備品にある定規はステンレス製で±0.15mmの精度を誇っている。この世界の定義に比べれば、その精度は遥かに高い。
《ディメンションプラス》、本は魔法名を教えてくれた。それは私がこの魔法を使っても問題ないということだろう。ならば検証だ。私は備品棚からプラスチック容器を取り出して、作業台の上に置いた。
「大丈夫だと思うけど、さすがに危険だから手伝ってほしい。」
『承知しました。空間を拡張する定義をわたくしに教えてください。問題がないか精査させていただきます』
「ありがとう。最低限にするわ。容量が分かりやすいように、1リットル。だから空間の大きさは、1辺が10cmの1立方デシメートル。それをこの容器の中に作り出す。これで大丈夫?」
『その定義に問題はありません。今のイメージを保って、その容器に《ディメンションプラス》を使用してください』
「ディメンションプラス」
私は小さく空間拡張の魔法を呟いた。




