第25話 領域と状態維持
ここにたどり着いてから180日が経過した。ここで製薬できるものは、だいたい作り終わっている。大量の在庫はすべて保管庫に仕舞ってある。もうこの領域から出ても問題はないだろうが、コミュ障の私にはハードルが高い。それに本と話すことで孤独感もないのでそのことが大きな要因にもなっている。
空いた時間が多くなった私は、薬草園に生えている薬草の世話や、畑、果樹園の世話もやっている。玄関に農具などがあった理由が今ならわかる。この領域の薬草園は世話などしなくても最善の状態が保たれている。
薬草は採取しても30分後には元の場所で同じ薬草が元気に揺れているのである。野菜や果物を採取しても、薬草と同じく30分後にはまた実っている。本当に不思議な領域であり、この領域の居心地が私に安心感をもたらしてくれている。
「今日もいい天気ね……」
如雨露を片手に私は呟いた。この領域はいつも快晴で、温度も適温である。半袖のワンピースだが暑くもなく、寒くもない。当初はがむしゃらに魔法や製薬を頑張っていたが、今ではこの緩やかな時間がなんとも心地よい。
「でも、あと半年でここから出なければならないのね……」
すでに相棒と言える本と別れるのもつらい。本はそんなこと言わないけれど、表紙にある経過日数が私にその事実を伝えてくる。私は如雨露を静かに置くとラボへの扉を開いた。
製薬がひと段落した私は、状態維持の魔法《ステイシス》について研究している。研究とは言っても本に質問をしながら考察や簡単な実験を行っているだけだ。実際に状態維持がされているかの確認は難しい。
「ねぇ、この《ステイシス》って、大きな倉庫とかに掛ければ穀物とかが腐ったり、古くなったりするのを防げるんじゃないの?」
『理論上は可能です。しかし、大きな物体への魔法行使は術者に大きな負担になり、体内の魔力をすべて使用してしまいます。その結果、昏倒したり最悪の場合は死亡してしまうこともあります』
「なるほど、そういう危険もあるのね……でも小さな倉庫で実験した人もいるんじゃない?」
『おっしゃる通り、そういった記録もあります。ですが状態維持は成功したのですが、使用することが出来なかったのです。状態維持の魔法は空間にあるもの全てを固定してしまいます。中に入った人も同様です』
「そうか、固定されるということは、生命活動も固定される……すべてが止まってしまうということね。だとしたら、実験した人って……」
『推測通りです。死亡しました。生命活動の停止、それは死を意味するものです』
そうなると大量の穀物の保存などは、容器単位で行うしかない。膨大な数の容器すべてに1つずつ魔法を掛けて回るのは、土台無理な話である。
この領域の保存庫には状態維持の魔法が掛けられている。でも私が入っても死ぬことはなかったし、異変を感じることもなかった。何か決定的な違いがあるはずだ。
「さっき言ってた実験をした倉庫とここの保存庫は何が違うの?」
『状態維持が掛かった空間に生物を入れるためには、その生物に保護をかける必要があります。これ以上は禁忌に触れるため、お答えすることは出来ません』
「そう、これ以上深くは聞かないわ……保護ね、私には思いつかないような方法なんでしょう。質問を変えるわ。武具室のような内部だけ拡張された鞄を作ることは可能?」
『理論上は可能です。ですが決まった空間を広げるイメージは大変難しいものです。失敗してしまえば、膨大なエネルギーにより空間が破綻して、マイクロブラックホールが発生し、術者を含め、周辺一帯が消滅してしまいます。規模によってはこの世界そのものの消滅につながる可能性もあります』
確かに空間を拡張しろと言われてもどうやってイメージすればいいのかわからない。アニメやファンタジー小説でいとも簡単に使っているのが恐ろしくなるが、それはそれ、その世界の都合があるのもわかる。
「なら、この世界に中が拡張された鞄は存在しないの?」
『いいえ、存在します。古代文明ではそのような鞄を作成する手順が確立されており、一部の人たちの間で利用されていました。拡張の鞄と呼ばれています』
「あるのね……もしかしてここにもある?」
『魔道具庫に保管されています。用意いたしましょうか?しかしながら、この領域からの持ち出しは禁止です』
用意してもらった鞄を魔道具庫から持ち出してきた。見た目は普通の肩から斜めに掛けるタイプの鞄で、何らかのやわらかい革で出来ており使い勝手は良さそうだ。革紐の長さを調節して肩にかけてみる。私の体にいい感じにフィットしている。
「中に何か入ってるの?」
『いいえ、中身は空です。実際に使用することも出来るので、利用してみて下さい』
近くにあったキム〇イプの箱を手に取り、鞄の蓋を開けてみる。中を覗き込んでみたが、至って普通の鞄の底が見えるだけで、外見と何ら差がない。箱を鞄に入れてみると、手を離した瞬間にそれは姿を消した。再度、手を鞄に入れると頭の中に先ほど入れたキム〇イプの箱のイメージが浮かんできた。




