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第7話 居場所をなくした令嬢

「アンジェ!!」


リンデン伯爵邸へ戻った瞬間、メリナ夫人の声が飛んだ。

アンジェはびくっと肩を震わせる。


「は、はい!」


「護衛もつけずに一人で出歩くなんて何を考えているの!」


「すみません……」


素直に頭を下げる。

さすがに今回は反省していた。


市場での騒ぎのあと、野次馬が集まり始めたところを、エドワードが半ば強引に連れ帰ったのである。


「君、自分がどれだけ目立つ立場か理解していますか」


伯爵邸までアンジェを送ったエドワードも珍しく少し呆れた顔をしていた。


「……そこまでですか?」


「事故物件公爵の縁談相手ですよ」


「自分で言うんだ……」


「事実ですので」


しかもアンジェはまだ王都の土地勘がない。

イーゼルトで行ったことのある場所など限られている。


「リンデン伯爵家からあなたが訪ねていないか連絡を受けました。ふらっと外に出てまだ戻らないと。もしやと思い先日案内した港へ行く途中でした」


淡々と言っていたが、つまり探していたらしい。


「すみませんでした…」


アンジェは恐縮した。


「ここはミゼルカではありませんよ」


メリナ夫人はまだ小言が言い足りないようでこんこんと危険を説いている。

ジェームズ伯爵も厳しい顔だった。


「君は既にリンデン家とアーチャー家の身内として見られている」


「……はい」


しょんぼりするアンジェ。

 ちなみに父アダムと母イヴリンは商会の仕事で不在にしていた。

母がいれば小言はこの倍になっていただろう。

 ヒューは扉の影からこっちを見ている。その目がうわぁと呆れた目をしている。

 ちゃっかりものの末っ子をアンジェはギロリと睨んだ。


 その時。


「……奥様」


控えていた侍女が、おずおずと声をかけた。

市場でアンジェが助けた女性だった。

包みを抱えたまま、どこか落ち着かない様子で立っている。

そして。

ちらり、とエドワードを見る。

その視線は複雑だった。

恐れ。

戸惑い。

そして少しの嫌悪。

アンジェは首を傾げる。


(なんだろ)


その空気に気づいたメリナ夫人が、静かに言った。


「サラ、お前はもう持ち場へ戻りなさい」


「……はい、奥様」


侍女――サラは小さく頭を下げた。

だが部屋を出る直前、もう一度だけエドワードを見る。

その顔は、どこか苦しそうだった。

アンジェはますます不思議になる。


「知り合いなんですか?」


少しだけ、空気が静まった。

答えたのはエドワードだった。


「……彼女は元々、アーチャー子爵家に縁のある令嬢でした」


アンジェは目を瞬く。


「令嬢?」


「十年前の騒動で家が没落しました」


静かな声だった。


「父親が王太子派の不正に関わっていたため、爵位を失った」


また、あの事件。

アンジェは小さく息を呑む。


「サラの家は、アーチャー家の分家筋だったのよ」


メリナ夫人が静かに続ける。


「だから放っておけなくてね」


家を失った元令嬢。

だがイーゼルト貴族社会では、一度落ちた家が這い上がるのは難しい。

縁談は消える。

親戚は離れる。

使用人ですら冷たくなる。


「この家で侍女として雇っているの」


アンジェは黙った。

市場で見たサラは、慣れた様子で働いていた。

けれど本来なら、“働く側”ではなく“仕えられる側”だったのだ。


「……公爵閣下のこと、怖がってるみたいでした」


アンジェがそっと言うと、エドワードは少しだけ目を伏せた。


「当然でしょう」


淡々とした声。


「彼女の家が没落した原因の一端は、私ですから」


まただ。

アンジェは眉を寄せた。

この人は本当に、全部自分の責任にする。

確かに発端ではある。

だが。


(でも、この人自身が爵位を奪ったわけじゃないでしょうに……)


サラの父親は不正に関わった。

処罰したのは王家。

エドワード個人ではない。

なのに彼は、“被害者の前に立つ加害者”みたいな顔をする。


「……サラはね」


メリナ夫人が静かに言った。


「まだ公爵閣下への気持ちを消化できないみたいね」


アンジェは黙って聞く。


「でも、公爵閣下は毎年、没落した家の子女たちの就職先を密かに斡旋しておられるのよ」


アンジェが目を見開く。

エドワードは露骨に嫌そうな顔をした。


「夫人」


「事実でしょう」


「……大したことではありません」


「大したことよ」


メリナ夫人はぴしゃりと言った。


「自分のせいだと責任を感じて、十年も後始末を続ける人間なんてそういないわ」


エドワードは何も言わなかった。

ただ少し居心地悪そうに視線を逸らす。

アンジェはなんだか妙な気持ちになった。

事故物件。

社交界ではそう呼ばれている。

厄介で、面倒で、関わると損をする男。

でも。


(この人、本当にそんな人なのかな)


少なくとも。

困っている人間を見捨てられない性格なのは、よく分かった。

おそらく十年前からずっと。

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