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第21話 共に歩む約束

「――これはどういうことですか!?」


 翌朝。

 アンジェは勢いよく離宮の扉を開け放った。

 応接間にいた使用人たちが一斉に固まる。

 そんなことには構わず、アンジェはずかずかと中へ進んだ。


 右手には新聞。

 左手にはタブロイド紙。

 そして顔は真っ赤だった。

 執務机に向かっていたエドワードが、静かに顔を上げる。


「おはようございます、アンジェ」

「おはようございますじゃありません!!」


 ばんっ、と新聞が机へ叩きつけられた。

 そこには大きくこう記されている。


『エドワード・イーゼルト公爵とアンジェ・マルス嬢、婚約を公示』


 さらにタブロイド紙には、もっと酷い見出しが躍っていた。


『埠頭の救出劇!』

『海に落ちた令嬢を公爵が命懸けで救出!』

『密輸船の上で愛を誓い合った!?』


「なんなんですかこれ!!」

 アンジェは真っ赤な顔で叫ぶ。


「“将来を誓い合った”って何ですか!? しかも船の上での出来事まで書いてあるんですけど!?」


 記事には、

“濡れた令嬢を公爵が強く抱き締め、二人は未来を語り合った”


 などと、妙に雰囲気たっぷりに書かれていた。

 ぼかされてはいる。

 だが、どう考えてもあの時の会話だった。


(なんで!?)

 二人きりしか知らないはずなのに。


 アンジェは羞恥で頭を抱えそうになる。

 一方エドワードは、新聞を一瞥すると実に落ち着いた声で言った。


「弟の仕業です」

「……はい?」


 アンジェはぱちぱちと瞬きをする。

「弟って……王太子殿下ですか?」

「ええ」

 エドワードは淡々と頷いた。


「私と違って、弟は周囲を固めるのが得意なんです」

「周囲を……?」

「既成事実を作り、自分の思い通りの展開へ持っていく」

 さらりと言う。

「今回もおそらく、記者を先回りで動かしたのでしょう」

「ええぇ……」

 アンジェは絶句した。


 救出劇は国中の話題になる。

 そこへ婚約公示を重ねれば、一気に祝福ムードが出来上がる。

 今さら覆すのは難しい。

 恐ろしく計算されていた。

 アンジェは恐る恐る尋ねた。


「もしかして王太子殿下って……ちょっと腹黒いですか?」

 エドワードは一切顔色を変えずに答えた。

「割と真っ黒です」

「割とで済むんですか!?」

 思わず叫ぶ。


 アンジェの脳裏に浮かぶのは、公太子の柔らかく穏やかな笑顔だった。

 いつもにこにこしていて、優しげで、気遣い上手で。


(あの笑顔で外堀を埋めるの……!?)

 ぞわり、と背筋が震える。

「怖……」

 思わず本音が漏れた。


 エドワードは耐えきれないように吹き出した。

「ふっ……」

「笑わないでください!」

 アンジェが抗議すると、エドワードは肩を震わせながらも言った。


「安心してください。婚約は、無かったことにもできます」

「……え?」

 アンジェは目を瞬かせた。

 エドワードは穏やかな声で続ける。

「相手の了承も得ず、一人で突っ走る真似はしません」

 その言葉に、アンジェは少し息を呑む。


 以前の彼なら、きっと違った。

 感情のまま突き進み、自分だけで抱え込んでいたはずだ。


「私は、相手を尊重したい」

 エドワードは真っ直ぐアンジェを見る。


「その上で、貴方の意見を聞きたい。これからを、一緒に考えたいんです」

 低く落ち着いた声だった。


「貴方を幸せにできるかわからない。また失ってしまうことが怖い。でも…」

 少しの不安を湛えた声で、ひたとアンジェを見つめる。


 アンジェの心臓が跳ねる。

「もう、一人で突っ走らない」

 エドワードは静かに言った。


「貴方が危険に晒された時は、命を賭して守りたい」

 その瞳には迷いがなかった。


「アンジェ」

 彼はゆっくり問いかける。

「私と、結婚してくださいますか」


 アンジェは目を見開く。

 胸がいっぱいになる。

 この人は、変わった。

 過去ではなく、今を見ている。

 自分一人ではなく、共に歩こうとしている。


 だからアンジェも、ちゃんと応えたかった。

 アンジェは大きく息を吸い、エドワードを見上げる。


「……一人で突っ走る時は」

 エドワードが瞬く。

「殴ってでも止めるので、任せてください」


 一瞬、沈黙。

 次の瞬間、エドワードが堪えきれないように笑った。

「ははっ……」

「わ、笑い事じゃありません!」

「いえ、実に貴方らしい」


 アンジェは頬を膨らませながら、それでも続ける。

「それに、貴方が危険に晒されたら、私も全力で守ります」

 真っ直ぐな声だった。

「だから、一人で背負わないでください」

 アンジェはそっと笑う。

「二人で助かりましょう」

 エドワードは目を見開いたまま、しばらく動かなかった。


 やがて静かに目を細める。

 その表情は、ひどく幸せそうだった。

「……ええ」

 エドワードはアンジェの手を取る。

「共に生きましょう」


 重なった手は、もう離れなかった。

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