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溺愛してくる領主様は前世の宿敵でした  作者: 二階堂まりい


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8話 追放と死

 予想をはるかに超える裏切りに、ルトレフは愕然とした。

 しかし気を取り直し、大事なことを聞く。

「エイカの人々の様子は」

「神殿が封鎖された他は、被害はありません」

「そうか……」


 ネツァーリクは国全体を支配する気でいる。

 だから反感を高めないために、民にまで手を出すつもりはないらしい。

 あくまでも宗教周りを己の都合のよいように作り変えて権威を示すだけのようだ。

 巫女——例えばルトレフの母のリマも、殺されはしないと思う。


 エイカとラケルに政略結婚や移住といった交流が起きていたのも、ネツァーリクが撒いた融和作戦の下地だったのだ。



 そこまでは安心したが、ではルトレフ自身はどうなる?

 大陸侵攻が中止になった今は用済み。王の近くに長く居すぎた。


 無駄な足掻きをすれば、王都に居るリーフらエイカ人が人質としてどんな目に遭わされるか分かったものではない。



 数日間を屋敷で過ごしたルトレフたちにネツァーリクからの使いが知らせたのは、王都追放の命令であった。


「そうか……案の定といったところだな」

 呟くルトレフに、マッティたちエイカ人は喚く。

「追放されて、どこへ行けば良いんです!? エイカにはもう有力な将軍が布陣している! 私たちは殺されに帰らねばならないんです」


「無論! 追放されて行くはエイカ、果てはマキのお膝元よ」

 そう言って笑うルトレフを見て、皆が思い出した。

 ルトレフを支えるために付いてきたのだということに。


「俺は今、エイカをまとめる象徴だ。

 それが将軍なのだ。

 戦死したあかつきには、俺は英雄というエイカの遺産になる。それはきっと、これから逆境に立たされるエイカ人の心を救い続ける糧となるだろう」


 言い放つルトレフに、皆の士気は上がっていく。


「では私はこの命を使って、この戦いを終わらせられないか王に直訴いたしましょう」

 側近らしくマッティが言った。


 ルトレフとマッティはがっしりと握手する。


「海の宮殿で会おう」

「おう!」




 海路でエイカに戻ろうとしたルトレフたちに、早速の試練が待ち受けていた。

 エイカの戦艦がラケルの官僚に奪われていたのだ。

「これはどういうことだ!」

「この船にはエイカの海の女神の紋章が刻まれている。国教に反する不適格な装飾だ。

 それに、認可登録に改めて時間がかかる」


 これも罠だ。

 仕方なく、ラケル人から買った普通の大船で一行はエイカへ北上した。



 しかし案の定、エイカの港は侵攻してきた将軍によって封鎖されており、食糧だって買い占められていた。



 戦艦ならば多少の家畜は飼っていたのに、と思いつつ、ルトレフは銛を手にしていた。

「この程度のことは覚悟の上!」

 ルトレフは小舟で沖へ繰り出すと魔物を狩り、魚を釣り、それを兵士全員で分け合う。


 徐々に近付く最後の晩餐。それは明日かもしれないし、これかもしれない。


 だがこうして待っていれば、同盟領が助けに来る可能性だってある。



 淡い希望を抱いた日々は一週間、二週間と過ぎて、やがて同盟領は来ないことを悟った。




「なあ、エイカを占拠しているのってグラーリド・リンドート様だよな。今、旗印が見えた」

「げ、まじかよ……」

 兵士の言ったことに、ルトレフは苦々しく反応した。


「俺あいつ嫌いなんだよなあ」

「有能そうですし、悪い噂は聞きませんし、ルトレフ様と気が合いそうですけどね」

「合うものか。顔を見たら喧嘩ばっかり」

「喧嘩するってことは、お互い興味はあるんですよ。

 本当に嫌いだったら無視するでしょ、無視」


 兵士のたわごとは無視しつつ、ルトレフも旗印に目を向ける。

 エイカに来たのがグラーリドで良かった一面もある。

 グラーリドとは一度、本気で争ってみたかった。それは本音だ。

 どちらが強いか、純粋な好奇心として知りたかった。








「……陸戦に出るか」


 ルトレフ・ヴィオレツクとその隊は、とうとう決断した。



 「リンデバル」なるツンドラの地で、両軍はぶつかる。


 矢と槍が交差する戦場。

 数多の屍を生み出し、超えて、ルトレフは敵本陣へと迫っていく。

 その身には、甲冑を貫通して矢が突き刺さっていた。



 グラーリドの姿が見えてくる。

 下知を聞いてくれる部下もほとんど失ってしまい、ルトレフが発するのは喉が裂けんばかりの叫びだけであった。


 乱戦の末に、とうとうルトレフとグラーリドの剣が交わる。

 本来、大将同士の一騎討ちなど有り得るものではない。

 しかしリンデバルではそれが起こってしまったのだ。




 あえて力を抜いたルトレフの流れるような剣、俊敏なグラーリドの剣。

 本来どちらも互角なはずだったが、今回決着をつけたのは港を封鎖されたことによるルトレフ側の疲弊であった。


 グラーリドの剣が、ルトレフの腹を斬りつける。

 元々刺さっていた矢の矢尻が、上から叩きつけられた剣によって甲冑の深くまで押し込まれ、ルトレフの肌を突き破る。


 それがルトレフ・ヴィオレツクの死であった。


『母さん……親父殿にリーフさん……みんながこれからも問題なく過ごせれば良いけどなあ』

 ツンドラの短い草に倒れ込み、グラーリドに見下ろされながら、ルトレフはそんなことを考える。


『グラーリド……最後までむかつく野郎だったが、実力は確かだ。

 こいつに殺されたのなら、納得……か……』





 長い夢を見ていた気がする。

 それも、自分がルトレフだった頃の夢だったような。


 ルリウスは起き上がると、今日も中庭の井戸に水を汲みに走った。



 さて、今度こそ冴えた「嫌われ作戦」を考えなくてはならない。

 何としてもジェミールに嫌われたいのだ。

 そしてルリウスはまたも一計を案じた。




「あー、疲れたー。肩と腰が痛い」

 天守の廊下で、ルリウスはイオとだべる。

「あはは、新入りはひ弱だなあ。

 ま、そのうち俺くらい要領良くなるさ」

 イオは笑っている。


 そこに、部屋を移動してきたジェミールが近付いてきた。

 今だ!


「いやでも本当疲れました、ジェミール様みたいなご飯も風呂もおねんねも手伝ってもらえるご身分が羨ましい!」

 ジェミールに絶対聞こえたであろう声量で言ってみる。

 するとイオに頭を軽く叩かれた。

「め、滅多なこと言わないの! 俺らは侍従、ジェミール様はあんたのご主人様だろ!?」

「だって~」



 ジェミールが二人の前を通り過ぎていく。

 誤魔化すように、イオは苦笑した。



 これもルリウスの作戦だ。

 わざと愚痴を聞かせて嫌われる作戦!






 その夕方。

「今夜の夕食は私室で摂りたい」

 ジェミールがルリウスに言った。

 確かに今日の夕食は衆議や他領主との会食ではないので、自由なのだが。


「はい。では料理長やメイド、あとはご家族にもそうお伝えしておきますね」

「頼む」



 夜になってメイドがジェミールの私室に夕飯を運んでくる。

 メイドが出て行くと、ジェミールはルリウスを椅子に座らせた。


 ジェミールは上品な手付きで肉を切り分けると、ルリウスの口元に差し出してくる。


「どうぞ」

「……? はい?」

「どうぞ、ルリウス様」


 意味が分からない。



「どうしてそんな赤ちゃん扱いみたいなことするんですか!?」

「昼間言っていただろう、私が羨ましいと」

「聞いてたんですね」

 正確には聞かせていたので、これは演技だ。


「わがままな侍従で幻滅なさったでしょう?

 そんな意地悪なさらなくても、分かっております。

 私めをさっさと解雇してくださいませ」

「いや、幻滅はしない。

 むしろ労わりたいと思った。それだけだ」


 ジェミールは身分差も愚痴も、全てを受け止めてくれる。

 それが嬉しくて、気付いた頃にはジェミールの手から食事をもらっていた。



 食事が済むと風呂だ。

 いつも通りにルリウスがジェミールの服を脱がせると、今度はいきなりジェミールがルリウスの服を脱がせてきた。

 お陰で二人とも全裸だ。


「何をなさるんです!?」

 貞操の危機を感じ、ルリウスは浴室の隅に逃げようとしたが、ジェミールの腕の中に捕まった。

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