Last Case そして本編へ②
【女神様視点】
悪鬼の一件をきっかけに、私と鉄平は――否応なく、この世界の裏側へ足を踏み入れてしまった。
白狼の紹介で案内されたのは、退魔師連合の訓練施設。
今後のために護身術を教えてくれるらしい。
鉄の扉をくぐった瞬間、空気が変わった。
コンクリートの匂い。
乾いた埃の味。
高すぎる天井が声を吸い込んで、やけに静かだ。
体育館より広く、
病院より落ち着かない。
人間の世界の施設なのに、
どこか戦場の匂いがする。
(私はなんとかなるけど……鉄平には必要かもね)
隣に立つ彼を横目で見る。
まだこの世界の危険を、完全には理解していない顔だ。
――守らなきゃ。
そんな感情が胸の奥で静かに芽生える。
そのとき。
「――はじめまして」
静かな声が空気を切った。
振り向くと、
ブレザーの上から白衣を羽織った少年が軽く会釈していた。
黒髪。整った顔立ち。
眼鏡越しの瞳は理知的で、声は柔らかい。
「僕は勇。退魔師連合・科学異能研究所で見習いをしてる。同じ高校だよ」
白狼の次ぐらいにはイケメン。
……ただし。
(筋肉がイマイチね。もっと鍛えなさい)
思わず心の中で辛口採点してしまう。
その瞬間。
背後から、空気を裂くような足音。
「おにい」
振り向く間もなく、赤髪の少女が白狼に詰め寄った。
サイドテールが揺れている。
翠鳥。
小柄な体。
身長差は三十センチ以上あるはずなのに、不思議と白狼が小さく見える。
「秒で正体バレてるじゃん。もう隠さなくてよくない?」
白狼は少し困ったように、こくりと頷いた。
「まったく、おにいは」
(……何この子、かわいい)
胸がきゅっとした。
小動物みたいだ。
私は昔から、こういう“かわいいもの”に弱い。
勇が、金属の棒を持ち上げる。
白灯の下で、冷たい光が反射した。
「これは特性スタンロッド。霊能者じゃなくても呪霊にダメージを与えられる。護身用だね」
差し出されたそれを手に取る。
ずしり、と重みが手に伝わった。
金属の冷たさ。
握ると、かすかな振動。
(……ゴツいわね)
私は無くても平気だけど。
でも皆の前では――
(これが私の主力武器ってことにしましょ)
勇の声が少し低くなる。
「ただし――」
静かな警告。
「明らかに強そうな妖怪は、即逃げて。リスク3以上は……命を落とす可能性がある」
「昨日の悪鬼は?」
鉄平が聞く。
勇は少し考えてから言った。
「……リスク2、かな」
(まあ、そんなものでしょうね)
ちなみに神である私は――
制限付きでも、この世界で言うならリスク5相当。
……とは言わないけれど。
「じゃ、訓練開始ね」
翠鳥が軽い調子で言った。
「私が陰陽術でリスク1の眷族を呼ぶから」
鉄平と私はスタンロッドを構える。
(あくまでも鉄平の訓練。私はサポート)
お手並み拝見、といきましょうか。
翠鳥が手を掲げる。
「出よ――水霊」
空気が揺れた。
湿った匂い。
水気を含んだ空気が肌に触れる。
クラゲのような半透明の存在が、ふわりと浮かび上がった。
「雑魚だけど、本物のクラゲみたいに刺してくるから油断しないでね」
(やだなぁそれ)
まあ、加護があるから刺されないし問題ないけど。
「……それっ!」
私は踏み込む。
床を蹴る感触。
腕を振る。
スタンロッドが水霊に叩き込まれた。
バチッ。
青白い火花。
だが――
背後。
「危ない!」
鉄平が割り込む。
(……良いフォロー)
合格。
私は鉄平に対しての判定、だいぶ甘いと思う。
……だって好きなんだから。
えこひいきしたくなるじゃない。
鉄平は水霊にスタンロッドを差し込んだ。
手応え。
反動。
水霊が弾けるように散った。
「……助かった。ありがと」
自然と、手が上がる。
パチン、とハイタッチ。
(これこれーーー!!)
これがやりたかったの!!
掌の温度。
乾いた音。
思わず顔が綻ぶ。
「ほらイチャつかない!まだいるよ!」
翠鳥の声で我に返る。
……おっと。
内心テンション上がりすぎていた。
「……これで終わり!」
スタンロッドを振るう。
水霊が霧のように消えた。
翠鳥が拍手する。
「合格。白狼おにいのこと、よろしくね」
白狼が少し照れたように鼻歌を奏でる。
「フフン♪ フッフッフーン♪」
聞き覚えのある旋律。
某ハンバーガーチェーンのCMのイントロ。
――なるほど。
鼻歌は言葉じゃないから、セーフね。
思わず笑ってしまう。
「ね? おしゃべりでしょ」
翠鳥が肩をすくめる。
「じゃ、ハンバーガー行こっか」
張り詰めていた訓練所の空気が、
ふっと緩んだ。
……悪くない。
人間の世界。
人間の空気。
人間の笑い声。




