Last Case そして本編へ①
【女神様視点】
早朝の空気は、まだ少し冷たい。
窓の外から差し込む淡い光が、部屋の中の静けさをやさしく照らしていた。
「人間としての体、調子OK」
自分の声が、やけに軽く聞こえる。
神の声ではない。喉を震わせ、空気を震わせて生まれる、人間の声だ。
制服の布を指でなぞる。
少し硬い生地。新品の匂い。
袖を通すと、肩に重さが乗る。
――ああ、これが「体」なのね。
鏡の前に立つ。
黒い髪を指ですくい、後ろでひとつに束ねる。
ポニーテールが、さらりと背中を撫でた。
イメージしたのは、鉄平にプレイさせたギャルゲーの“委員長キャラ”。
真面目で、少し強気で、でも面倒見がいい。
きっと、鉄平の好みだ。
(……鉄平好みの外見だといいな)
自分で考えておいて、少しだけ頬が熱くなる。
神のくせに、こんなことで緊張している。
私は今日から、女子高生『凛』としてこの世界に入る。
いざ、物語の中へ。
ここは、異能バトルの世界。
妖怪がいて、
それを祓う退魔師がいて、
能力と呪術が交差する世界。
この世界の主人公――白狼。
その攻略キャラのひとりとして、私は自分を配置した。
白狼を利用するみたいで、少し申し訳ないけれど。
でも、その方が鉄平との接点が早くなる。
嫉妬を煽る。
バトル世界特有の吊り橋効果。
計算としては完璧だ。
これで距離を一気に縮める。
ふふふ。
※注意
女神様は自分の恋愛に関してはポンコツであり、立てた作戦の尽くが裏目に出ます。
「しかし……人に成る代償。この世界のルール、厄介ね」
神から人間になる。
それだけで、力には制限がかかる。
そして、もうひとつ。
私は自分から鉄平に正体を明かせない。
もしそれを破れば、
この体はこの世界から弾き出される。
だから必要なのは――
鉄平が、自分の意思で見破ること。
認識阻害の向こうにある真実。
「凛=女神」
それを。
……まるで、人魚姫みたいだ。
ふと、鉄平の言葉を思い出す。
あのファッション回のとき。
彼は少し照れながら、こんなことを言った。
――俺、おとぎ話の魔法ってあんまり好きじゃないんです。
――結局、自分の力じゃないから、いつか消えてしまう。
胸の奥が、少し痛んだ。
鉄平。
この魔法を解いて。
私の名前を呼んで。
――抱きしめてほしい。
「迷ってても仕方ない。初日は大事!いくわよ」
自分に言い聞かせるように、私は教室へ向かった。
♢
入学式。
新しい教室。
新しいクラス。
新しい空気。
私は迷わず手を挙げた。
「学級委員、やります」
視線が集まる。
これで、物語の中心に立てる。
そのとき。
主人公――白狼が自己紹介を始めた。
スケッチブックを掲げて。
話せないのだ。
銀髪。赤い瞳。
身長は180センチくらい。
まさにライトノベルの主人公そのもののイケメン。
……ただし。
(筋肉はそこそこあるけど、イケメンに筋肉あっても唆らないのよね)
やっぱり違う。
フツメンに筋肉。
あの意外性こそ至高なのだ。
脳内で熱弁してしまった。
白狼には本当に申し訳ない。
でも彼はいい人だ。
真面目で、人当たりもいい。
友達としては良好でいたい。
「何か困ったことがあったら言ってね」
白狼は失語症ではない。
彼は“呪言師”。
不用意に言葉を発すれば、それだけで力になる。
だから、話せない。
そのとき。
鉄平が違和感に気づいた。
選択肢が、見えていない。
これまでの試練では、
鉄平には常に“運命の可視化”が働いていた。
行動の選択肢。
正解ルート。
分岐。
全部。
でも今回は違う。
最終試練は――
「選択肢のない恋愛ゲーム」
話せない主人公。
見えない選択肢。
悩みなさい、鉄平。
白狼のことだけじゃない。
あなた自身の恋愛も。
人生も。
現実には、選択肢なんて表示されない。
あなたの最初の人生は、迷うことすら許されなかった。
選択の余地もなく、
ただ虚無を抱えて生きていた。
今度こそ。
意味のある人生を掴みなさい。
……ん?
空気が、揺れた。
嫌な気配。
「あなた、学校に何持ち込んでるの?」
男子生徒がにやりと笑う。
「フフ……都市伝説の呪いの箱ですよ」
「没収」
私は即座に言った。
「職員室で放課後まで預かってもらいます」
箱の中。
気配がある。
……怪異ね。
そして私は少し考える。
(……ちょうどいい)
あの二人が来るタイミングで開けよう。
白狼の力を見せる。
イベントとしては完璧。
♢
放課後。
職員室から箱を受け取り、
空き教室へ入る。
廊下の向こう。
白狼と鉄平が歩いてくる。
タイミング、完璧。
箱を開けた。
(うわー、やっぱりか)
現れたのは、体長二メートルの悪鬼。
空気が重くなる。
鉄の匂い。
湿った息。
でも、問題ない。
私の体は絶対防御の加護に包まれている。
触れられもしない。
もし二人が来なければ、私が祓うだけ。
指先にオーラを集める。
パチパチと光が弾ける。
そのとき。
「凛!大丈夫か!」
来た。
鉄平と白狼。
「……助けて」
(よし、きたーー)
白狼がマスクを外す。
呪言。
『爆ぜろ』
――轟音。
悪鬼が爆発し、教室が揺れた。
瓦礫の匂い。
粉塵の味。
「大丈夫だ。もう終わった」
鉄平が駆け寄ってくる。
肩に手が触れる。
人の体温。
人の重さ。
(うぉー、鉄平と触れてるよ!!)
現世顕現成功ーー!!
体が震える。
表情には出さないけど、
テンションは最高潮だ。
こうして。
能力バトル漫画の導入のような事件とともに、
女神は――
人間として、この世界に降り立った。




