Case9 ハロウィン③
【鉄平共闘パート/鉄平視点】
衣装制作に取り掛かる。
机の上に布、メジャー、ハサミ、メモ帳。
ミシンの油の匂いと、切り取った布の柔らかい感触が指先に残る。
「ところで、テーマは何で行くんだ」
俺が聞くと、咲也は少し照れくさそうに頭をかいた。
「俺はアニメ『天下無敵のサムライ、魔界剣士として魔王を目指す』の主人公のサムライでいこうかと」
「ああ、あれか」
頭の中でキャラクターの姿を思い浮かべる。
割れた鬼の面で片目を隠す様にしている。
鎧はない。動きやすい服装の剣士だ。
「このキャラ、鎧とか着てないしな。甚兵衛を改造して袴で合わせれば、それっぽくできそうだ」
低コストでいける。
学生の予算でも十分再現できる。
「お!私も同じアニメのキャラにするよー」
紗理奈が机に肘をついて笑う。
「主人公のライバル女戦士?面白そうじゃん」
咲也が言うと、紗理奈は小さく笑った。
「ふふふ、お楽しみに」
その笑い方が、妙に意味深だった。
◇
数日後。
紗理奈が、俺の机に身を乗り出してきた。
「そういうわけで、メイクは本気モードでお願い!!」
両手を合わせて、勢いよく頭を下げる。
「自分でやるより鉄平の方が上手いし」
「ははー」
俺は大げさに礼をしてみせた。
「でも、紗理奈はそのままでも十分映えると思うけどな」
そう言うと、紗理奈はむっと頬をふくらませる。
「違うの。ギャップが大事なの!」
その時だった。
咲也が椅子を引いて立ち上がる。
「……飲み物、買ってくる」
「あ、俺も――」
言いかけた俺を、紗理奈が目だけで制した。
「鉄平はいい。ちょっと相談あるし」
咲也は一瞬だけ足を止めたが、すぐに「そう」とだけ言って部屋を出ていった。
扉が閉まる。
さっきまでの勢いが少しだけしぼんで、紗理奈は机の上の紙束を抱え込んだ。
「……ねえ、鉄平」
「ん?」
「本気で、可愛くしてくれる?」
珍しく弱気な声だった。
俺は少しだけ目を丸くする。
「そりゃ、やるなら全力でやるけど」
紗理奈は視線を落とし、指先でデザイン画の端をなぞった。
「きっかけがほしいんだよ」
「きっかけ?」
少し間があってから、紗理奈は小さく息を吸う。
「……咲也に、ちゃんと見てもらえるきっかけ」
その言葉で、ようやく全部つながった。
ただ仮装をするだけじゃない。
ただ可愛くなりたいわけでもない。
咲也に、“いつもと違う自分”を見てほしいのだ。
「私の衣装、咲也には最後まで見せない方向でいきたい」
「徹底するなあ」
「中途半端に見られたくないの」
そう言って、紗理奈は抱えていたデザイン画を胸元に引き寄せる。
「当日、最初の一目で見てほしいから」
少しだけ声が小さくなる。
「……ちゃんと、“おっ”て思ってほしい」
その言い方で十分だった。
俺は「見せてみ」と手を差し出す。
紗理奈は一瞬ためらったあと、そっとデザイン画を俺に渡した。
目を落として、思わず頷く。
「なるほどね。意外性狙いか」
紗理奈が選んだのは、ライバルの女戦士じゃなかった。
――魔界の姫君。
黒いドレス。
悪魔の意匠。
魔王の娘らしい、ゴシックで妖しい姫。
普段の紗理奈はショートカットでスポーティーだ。
バスケ部で、ジャージ姿が似合うタイプ。
だからこそ、この衣装は強い。
ギャップがある。
しかも、かなり本気だ。
「メイクも衣装も、全部込みで勝負したいの!」
さっきまでの弱気を打ち消すように、紗理奈は言い切った。
俺は思わず笑った。
「あー、なるほどな」
それなら話は早い。
「任せろ。咲也の腰、抜かせてやる」
紗理奈が吹き出す。
「そこまでは求めてない!」
そう言いながらも、耳は赤い。
その時だった。
扉の向こうに、かすかな気配があった。
閉まりきっていない扉の隙間。
廊下の角に、ほんの一瞬だけ見えた制服の袖。
(おいおい)
戻ってきたのか。
それとも、最初から気になって足を止めてたのか。
どっちにしろ――聞いてる。
俺は気づかないふりをしたまま、小さく息を吐いた。
(似たもの同士だな、ほんと)
「わかったよ、協力する」
そう言うと、紗理奈はほっとしたように笑った。
その笑顔は、いつもの勝ち気なやつじゃなくて、少しだけ少女っぽかった。
そして俺は続けて言う。
「……あと、途中で俺、先約あるから抜けるよ」
紗理奈がすぐ反応した。
「おおー、鉄平も隅に置けないねえ」
ニヤニヤした顔で肘をつついてくる。
「別に、そんなんじゃないって」
「はいはい。で、誰と?」
「恩人にハロウィン案内するだけだよ」
そう言い切った瞬間、紗理奈の目がますます面白がる色になる。
「ふーん。“だけ”ねえ」
嘘は言ってない。
けど――
なぜか、顔が少し熱くなった。
◇
そして、ハロウィン当日。
商店街は人で溢れていた。
子供の仮装、かぼちゃの飾り、甘いお菓子の匂い。
笑い声と音楽が、秋の空気に混ざって広がる。
その中で――
サムライ姿の咲也。
そして、
魔界の姫君の姿をした紗理奈。
黒いドレスに赤い装飾。
角のアクセサリー。
普段のショートカットの少女が、まるで別人のように見える。
咲也が息を呑んだ。
「……めっちゃ良いよ」
紗理奈は少し視線を逸らしながら言う。
「……お、ありがと」
その声は、いつもより少し小さい。
咲也が一歩近づく。
「あのさ……」
▶︎好きだ
…………やっぱ恥ずい
喉が鳴る音が、ここまで聞こえそうだった。
そして、決意するように言った。
「……好きだ、紗理奈」
空気が一瞬止まる。
「……ほんとは、ずっと前から」
咲也は笑った。
「きっかけが欲しかっただけなんだよ」
紗理奈は少しだけ目を丸くして――
そして、小さく笑った。
「……私も」
遠くからその光景を見ていた俺は、静かに頷く。
二人の距離が、ようやくゼロになった。
「……今度は俺の番かな」
そう呟くと、秋の夜風が少しだけ冷たく頬を撫でた。




